麗しきバイター



「…ふぅ…。」
 は、今月の生活費の残高を見て溜息をついた。
 このままでは、もしかしたら足りなくなるかもしれない。
 それもこれも、全部、茂のせいだったりする。
 酒を買ってこい、の一言で、自分が買出しに出たはいいが、お金は、茂叔父さんの給料日まで待って欲しいと弘樹に懇願されてしまったのだ。
 結構な量だったため、の軍資金が少しばかり足りなくなってしまった。
「…しょうがない…期間限定でバイトでもするか…。」
 バイトの達人、といったら、思い浮かぶのは一人しかいない。


「あれれ、、どうしたんだ?」
 学校の帰りに、捕まえにくいことこの上ない要をなんとか捕まえることに成功した
 急いでるんだけど、と急かされつつも、要に用件を伝える。
「あのね、割のいいバイト知らないかな、期間限定で。」
「へ?バイト??…そりゃまた何で…っと、深くは突っ込まないけど…うぅーん、割のいいバイトねぇ。」
 うーんと考え込むような素振りを見せつつ、に希望職種を聞いてみる。
「なにがいい?」
「割がいいっていっても……さすがにホステスとかは嫌だよ?」
「そんなの、お前がいいって言ったってやらせな…」
 言いかけて、慌てて自分の口をふさぐ要。
 その行動に訝しげな顔をする
「…い、いや、えーと…そうだなぁ…んじゃぁ、これから俺と一緒に来る?」
「え?何のバイト?」
「来れば判るって」


 そういって、要がつれて来たのは、いつも皆でお茶しに来る喫茶店だった。
「ここがバイト先なの?」
「そうだよ、客は楽だけど、仕事する側は結構忙しいから覚悟しておいた方がいいぜ。」
 そういえば、いつも混雑しているなあ、と、ぼーっと考えているを引っ張り、裏方に回る。
 裏へ回り、店長に挨拶する。
 一応言っておくと、ここの常連であるは顔見知りである。
「店長、もう一人雇ってくれないかな、期間限定。」
 顔の前で手を合わせてお願いする要。
 うーん、と神妙な顔をする店長。
「期間限定かぁ…どうせなら、限定じゃなくてやってほしいんだけどなぁ…。」
 確かに、バイトは持っていた方がいいかもしれない。
 今まで、は殆どバイトしなかった。
 学業がおっつかないというのも理由の一つではあったが、親が残してくれたお金があったからだ。
 茂も一緒には住んでいないが、家族の一員として扱ってくれているし、食うに困ることはない。
 親が残してくれた財産もある。
 だが…いつまたお金の面で問題が出てくるかわからない。
 それに、仕事はした方がいい、今後の為にも。
「…限定じゃなかったら、雇ってくれます?」
「あぁ、こっちからお願いしたいぐらいだもんな…出来るかな?」
 かくて、のバイトは決定したのだが…。
 さすがに時給1000円は伊達じゃない。
 仕事内容は中々ハード。
 普通のウェイトレスのような仕事だが、お茶の入れ方やコーヒーの入れ方はどの人もプロ並。
 これだからここの茶は美味しいんだ、と感慨にふけるを要が叱咤する。
「こらこら!ちゃんと注文とって来いって!」
「はいっ!」

 不慣れながらも、なんとか無事に一日終わろうとしていた矢先…どこにでもいるんだな、こういう類の人間は。
 が注文をとり、去ろうとしたその時……なにやら、お尻に嫌な感覚が。
「っきゃ!」
 慌ててその場からとびのくと、柄の悪いお客がのお尻を見てピューと口笛を吹く。
 とたん、不機嫌になるだが、さすがに一般人に大技をきめる訳にもいかない。
 第一、そんなことをしたら一瞬で職を失う。
 ぐっとこらえるをあざ笑うかのように、その柄の悪い客はの腕を掴み、
 すとん、と自分の隣に座らせた。
「あ、あの〜、お客様?」
 顔が引きつっているのはわかっているが、なんとか営業スマイルを維持する。
 だが、その客は、とても柄の悪い人だったようで、その手がの胸を触ろうと上がってくる。
「………。」
 これ以上なにかされたら、問答無用で攻撃してしまうかもしれない、などと考えていた所で…は腕をつかまれた。
 あれっと思っている間に、は要の腕の中にいた。
「…要?」
「お客様、うちの従業員に手を出さないで下さい。」
 笑顔でやわらかく丁寧に言っているが、一皮むけば怒り沸騰状態。
 いつでも攻撃出来そうな…いや、すでに攻撃しようとしてるのかも。
 男店員の出現に、少しばかりひるんだのか、あっさりと大人しくなる柄の悪い人。
 とりあえず、店の裏方へ戻る二人に、店長が『大変だったね』と、少し早い休憩をくれた。


「ほら、店長が夕飯くれた。」
「ありがとう。」
 従業員専用の部屋は使わず、店の裏にある公園で店長からもらったお弁当を食べることにする。
「美味いな。」
「うん。」
 二人とも、ご飯を食べている時は静かである。
 まぁ、食事をしながら口にご飯を入れてもそもそ喋る、というのは中々無作法であるが。
「はぁ〜、ご馳走様!」
「…元気、出たか?」
 要の言葉に、首をかしげる
 ちょっと考え、ぽんっと手を打つ。
 まるで、思い出したかのようにけらけら笑う彼女を見て、要は少なからずビックリした。
 最初の最初であんな客で、結構ショックを受けていると思っていたから、かなりの驚き。
「ああ、あれぐらい、なんてことないよ。」
 案外あっさりといわれて、拍子抜けしてしまう。
「だって、要から色々バイトの話聞くけど、こんなの序の口じゃない?」
 くすくす笑う彼女を見て、結構たくましいんだなぁ、なんて考えてしまう要。

 は、要のバイトの話が好きだった。
 自分の知らない世界を覗いているようで、たびたび要に話をさせていたりしている。
 要が好きとか、そういうことではないが、生活費を自分で稼いでいる彼が、凄くたくましいと思える。
「…要って、好きな子とかいるの?」
「へ!?」
 ただ純粋な好奇心。
 普段バイトをしてる要なら、出会いも沢山あろうというもの。
 だから、聞いてみただけなのだが…。
「な、なんでそんな事聞く?」
 いつもの要なら、笑って冗談言って誤魔化す所なのになぁ、なんて思いつつ、話を続ける。
「いや、好奇心。」
「…一言だなぁ。」
 苦笑いを浮かべ、ふぅっと溜息をつく。
 そういう要を始めて見たは、なんだか悪いことをしている気分になる。
「…いるよ。」
「え?」
 にっこり微笑まれる。
「好きな人、いる。」
 …一瞬、は聞かなきゃよかった、と後悔した。
 やばい…なんか、ショック……私ってもしかして、要好きだったりするの…かな。
 いやいや、尊敬はしてるけど、そんな―――

「俺さー、が好き。」
 要が赤くなりながら言う。
 はその言葉に反応出来ず、暫くの間ボーゼンとしていた。
「…?」
「…ほ、ほんと?」
 ホントだよ、とだけいい、微笑むと、を残してバイト先へと戻っていく。
 なんだか、呆気に取られているも、慌てて店へと戻った。
 帰りには、告白の返事しようと思いながら。






2001/6/7

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