欲 3 もし、もっと考えて行動していたら…もっと気持ちを考えていたなら…こんな風にはならなかったかもしれない。 「お前それはマズイっしょーーー!」 要はファーストフード店の中で、声を大にした。 弘樹は苦虫を噛み潰したような表情で、ポテトを食べている。 学校帰り、実に情けない顔をしている弘樹に、なにかあったのだと感じ取って、強引に話を聞きだした要は、その内容に思わず吹き出してしまった。 弘樹に睨まれ、肩をすくめる。 当事者としては、笑い事でないのだから当たり前だが。 「悪ぃ悪ぃ……。」 「なあ、僕どうしたらいいんだよ…。」 「…ってもなぁ…謝るしかないんじゃないか?」 「やっぱりそうだよな…。」 弘樹がうなだれる。 謝りたいと思う、凄く。 自分の浅はかな行動が、を怖がらせたり傷つけたりしたのだから。 …けれど―――謝ればいいというものでもない事もまた、弘樹は承知していた。 謝ってその場は収まっても、また同じ行動をしないという確証は全くない。 第一、謝るということは――自分のおこした行動を否定するということに他ならない。 弘樹は確かにあの時思った。 を≪欲しい≫と。 その気持ちまで否定したくなかったし、否定できる訳がない。 自分は男であり、人並みに性欲もある正常な一般男子なのだから。 「…なぁ要…相手を…を欲しいって思う気持ちは善くないものなのかな…。」 「――いや、どうだろうな。男の俺としては別に問題ないように思うけどさ…女子はどうなんだろうな。」 「ってゆーか、最悪よね。」 「うわっ!!泉さん!?」 突然背後から杉浦泉が現れ、会話に加わった。 自分で買ったジュースを飲みつつ、弘樹に睨みを効かせながら同じ席についた。 ちぅーとジュースを吸い、ごくんと飲んでからテーブルに肘をついた状態のままで弘樹と要に向き合う。 ふぅと溜息をつくと、弘樹に向かってピッ、と指をさした。 「“欲しい”に流されるなんて、相手の事ちゃんと考えてあげてないってことじゃないの?」 「そっ、そんなことー!」 泉にジロリと睨まれ、弘樹は口をつぐむ。 「“欲”っていう時点で、相手を尊重してないっていう風に私は感じるんだけどさ。」 「そんな事ない!」 弘樹のいきなりの強い声に、泉も要も驚いた。 声を荒げてしまった事に気付き、少し恥ずかしそうに肩をすくめる。 「…泣かせたくないって思ってる、今だって…大切にしたいって…。」 「……。」 要も泉も、弘樹の言葉を待った。 多分、答えも最善の策も、彼の言葉の中にあると思ったからだ。 「でも、僕さ…の中ではずっと変わらない存在で…どうにかして、位置を変えたかったんだと思う。」 幼馴染の延長ではない存在に。 確かに…あの場での自分の行動を考えたなら、とても相手を尊重してるなんて思えないと弘樹は自分でも思っているし、お世辞にもいい判断だったとは思わない。 好きな人が出来て、その人に受け止めてもらえた、それは凄く幸せなことだが…。 そのせいで、自分でも抑制が効かなくなるぐらいに理性が飛んでしまうなんて、思いもしなかった。 余りに弘樹がマジメなため、泉も要も神妙な顔つきになっている。 茶化せるような事態ではないと、改めて思う。 コレは真剣に返さないと、と、泉は頭をひねった。 「…まあ、さっきの話だけどさ、がその弘樹の…”欲しい”っていう気持ちに同調できるかどうかよね。」 「?」 要と弘樹が顔を見合わせる。 泉は、深く溜息をついた。 これなら、占いでもしてやったほうが楽に事が進んだかもしれないと、ちょっと後悔しながら。 「あのねぇ…があんたと同じ気持ちなら、別に問題ないワケよ。もし同じ気持ちだったとしても、男と女じゃ構え方が違う。ちゃんと相手の呼吸にあわせてあげるの。」 相性云々の問題ではない。 相手に、ちゃんと伝えることができるか、相手を知ることができるか…相手を思いやり、時には合わせてあげられるか。 それが、成功するか失敗するかなのだと、泉は今までの占いで恋愛相談されてきた中で感じ取っていた。 まあ、付き合う以前…告白の段階だと、コレは適用されないのだが。 「…杉浦って…なんか…。」 女の子の気持ちをちゃんと分ってるんだな、と言おうとした要の口を慌てて弘樹がふさぐ。 白々しく微笑む弘樹と要にちょっと不信感を抱きながら、続けた。 「ともかく、まずアンタの気持ちを素直にに話すのね。…あ、一つ言っとくけど…男の欲を理解してもらおうなんて思わないでよね。」 「う、うん…ありがとう。」 泉はよろしいというと、微笑んだ。 「要も、ありがとな。」 「後でおごってくれればいいぜ〜v」 弘樹が去った後、要はかなり心配そうな顔をしていた。 「弘樹大丈夫かなぁ…、ちょっとぐらい手加減してくれればいいんだけどさ。」 「あの二人なら大丈夫よ。」 なんの根拠があるのか、泉は心配の欠片も見せていない。 要が根拠を聞くと、占い、とだけ答えを返された。 「占いって…杉浦がやるヤツ?」 「そう。前占ってやったことあるんだ。」 「へぇ…。」 まだブルージェネシスが崩壊前、一度だけ弘樹とを占ってやった事があった。 配置はあまり良くはなく、困難、挫折、等、余りありがたくないものが並んでいたのだが。 「それじゃ駄目なんじゃねーの?」 「大丈夫なんだってば。」 キーカード、大本命の位置に、ラヴァーズ(恋人)があった。 困難や挫折に打ち勝つ事のできる恋愛。 それが、弘樹との恋愛だと泉はカードから読み取った。 エッセンスが多少なりと必要な恋愛という要素に関していえば、かなりの相性だといえよう。 「後は、当人同士の問題だからね。…あ、なんか進展あったら教えてね」 「…意外と野次馬根性あるのな。」 当人の苦労は置いておいて、外野は中々楽しそうである。 クラスに戻った弘樹は、考えをめぐらせていた。 とにもかくにも、の心境を聞いてみない事には動きのとりようがない。 運がいいのか悪いのか、今日は叔父は残業で話をするのには丁度よかった。 …まあ、いたとしても干渉してくる事はないのだが。 一応それなりに気を利かせてくれているらしいので。 「、今日の夕飯なんにする?」 「そーだねー…叔父さんいないんでしょ?めんどくさいからレンジ食でいいよ。」 一見すると、そんな…ケンカという程でもないが、問題が起こったようにはとても見えないのではなかろうか。 変にギクシャクすることもなく、いつもと同じような態度。 少しでも意図的に自然にしようと思うと、かえって不自然味が増すものだが、さすがに長年一緒にいるだけあってか…なんの意図もなく、元の関係に戻れる。 ケンカの経緯や程度にもよるが。 今回のはケンカというより、行き違いという感が強い。 ごく普通に夕食を買い、家に戻る。 いつきり出そうかと悩みつつ、時間は刻々と過ぎて行き、結局就寝前に話すことになってしまった。 の部屋に、顔を出す。 「ー…ちょっと話あるんだけど、いいかな。」 「ん?別にいいよ。」 素直に部屋に招き入れてくれるに、今日ほど感謝したことはない。 話の内容はなんとなくわかっているのだろうけど、嫌な顔一つしないのもありがたかった。 言わなくてもいいじゃないかという心を抑えて、口を開く。 「あのさ、この前の事なんだ…けど。」 途端に空気が重くなる。 世の中のこの部屋だけが、重力異常にでもなったかのような気分。 それでも、続けない訳にはいかない。 「…ごめん、急だったのは確かだし…謝るよ。ごめん。」 「……。」 「でも―…“欲しい”と思ったのは本当だから…その思いは否定しない。」 弘樹の、今の気持ち。 今まで弘樹の話に耳を傾けていたが、口を開いた。 「…やっぱり、あの…そういうこと…したいんだよね?」 「……そりゃ…そうだよ…男だから。―は?」 言った後で、ちょっと愚問だったかなとも思った。 が“したい”なんて言うはずもない。 勿論、答えはその通り『思うわけないでしょ』だった。 ――沈黙が訪れる。 次になんて言ったらいいのか、見当がつかない。 三十秒程の沈黙が、やけに長かった。 「弘樹、なんで…したいの?」 なんで、と言われても困ってしまう。 を欲しいと思うから、……なんて理由にはならなかろうし、触りたいから、なんてのも問題外だろうし。 大体、触ってるだけなら手だっていいだろうが、と自分で自分に突っ込みを入れてしまう。 悩む弘樹に、は首をかしげた。 そんなに悩む程難しいんだー…と、一種感心すら覚える。 散々悩んだ結果、弘樹が弾き出した結論は、実にシンプルだった。 「だから、かな。」 「なにそれーー!」 そこらの小説に載っているような、凄く簡単な結論だったが、実際自分で言うとなると結局ここに辿り着いてしまった。 美麗な言葉より、素直な自分の気持ちを、言葉を。 どんな美辞麗句も、相手に伝わらなければ意味を成さない。 「幼馴染のじゃなくて、女性のを知りたいし、見たい。」 「……。」 「好きな人だから、したいんだ。…凄く陳腐なセリフしか言えないけどさ、それが理由かな。」 と、したいと思う理由。 真剣に言う弘樹の姿に凛々しさなるものを感じてしまう。 ――内容はアレだが。 「でも…えっと…そーいうのは…もっと大人になってから―――」 「いつからが大人なんだよ!」 少し声を荒げてしまい、ハッとなて『ゴメン』とに謝った。 いつからが大人かなんてには分らないし、ハッキリ言って先程の『大人』発言は誤魔化しに近い。 彼があれだけ真剣に考えているのだから、それに真剣に答えるべきだと考えを改める。 今の、自分の素直な気持ちを話すことにした。 「私ね…弘樹に凄く見せたくないものがあってね。」 見せたくないもの……弘樹が首を傾げる。 話が突然すりかわってしまったので、少々面食らってはいるけれど、とにかく話をきちんと聞く事にした。 「…見せたくないものって?」 「………オンナしてる私。」 「――?」 オンナしてるー……意味がわからない。 全然理解できないといった感じの弘樹の態度に苦笑いしながら、は続けた。 「なんていうのかなぁ…幼馴染や家族じゃない部分の私を、見せたくないっていうか…。」 そこまで聞いて、なんとなく察しがつく。 今まで長い間、家族や兄弟のように育ってきた為、それ以外の部分、オンナノコの部分を見せるのが恥ずかしいのだろう。 弘樹にしてみれば、ずっと前からはオンナノコだったのだけれど。 「AVのおネーサンみたいなのが嫌ってことか?」 「A………ま、まあそうだけど極論だよね、それ。…見た事あるの?」 じとっと睨みつけて来るに、ヤキモチを妬いてくれてるんだと感じて嬉しくなり、立ち上がると彼女の傍に行ってわざわざ立たせ、笑顔でポンポンと肩を叩いてから抱きしめた。 「ち、ちょっとー!誤魔化さないで……」 暴れるの口をキスで塞いで言葉を切らせる。 暫くキスしていると、苦しさも手伝って暴れるのを止めた。 「……バカ弘樹!」 頬を染め、きゅっと弘樹の服を掴む。 「はオンナの自分を見せたくないって言うけど…なんで?」 「う…だって、似合わないし恥ずかしいし……。」 弘樹が予想した通りの答え。 でも、そんな事はないと心から思う。 「…恥ずかしいのはともかく、似合わないなんて思わないよ。……可愛いし。」 「うーっ!弘樹知ってるでしょ!?私がカワイイとか言われるの好きじゃないことっ!」 むくれッ面をするの頬に、再度キスを落とす。 その行動に更にふくれるが、顔ははっきりと赤い。 好きな男性に可愛いと言われて、本気で嫌悪するようなではなかった。 「知ってるけどさ、…ずっと、思ってた。は可愛いお嫁さんになるって。」 「……弘樹のお嫁さんに?」 くすくす笑いながら言うに、照れ笑いしながら彼が答える。 『そうだよ』、と。 ――弘樹が口だけでないのは、が良く知っていた。 真剣な眼差しに、嘘や偽りなどは欠片さえ見えはしない。 「……皆には、ナイショだよ?」 「?」 少々怖がりながらも彼の手を引き、自分の胸に触れさせる。 弘樹の手の平に、やわらかい感触と体温が伝わった。 赤くなりながらを見ると、赤くなり照れたような顔をした彼女と目が合った。 「…弘樹が、体だけ欲しがってるみたいに…感じた。焦ってるって思った。…だから、拒んじゃった…ごめんね、怖くて――。」 「いいよ…僕だって焦ってたのは本当のことだし…で、でも…、手―――」 「今はちゃんと気持ち聞いたから。…だから……。」 そっと、が弘樹の耳元で囁く。 「……だから……いいよ……。」 翌日、一日中弘樹はニヤケていて、は弘樹と目が合う度に赤くなっていたという。 2001/10/18 ブラウザBack |