欲 2



 今日も平和な片山家。
 茂と弘樹はリビングでテレビを見ながらのんびりしていた。
 すでに2人ともお風呂に入っている。
 そこへ、お風呂に入っていたが上がってきた。
「ふぅ〜、あっつー…。」
「おい、、ビール。」
「ハイハイ。」
 茂にことづけられ、ペタペタと歩きながら茂のビールと自分のお茶をとってテーブルの上に置く。
 濡れた髪をタオルで拭き、水気を少しとってからイスに座った。
 たまりかねて弘樹が何も言わずに、ぐいっとの手を引っ張る。
「弘樹、なに?」
「…そのクセやめろってば。」
「???」
 なんのことやらサッパリなを、彼女の部屋前まで引きずっていくと部屋を指して、“着替える!”とだけいい、自分はすたすたと茂のいるリビングへと戻った。

「弘樹、顔赤いぞ。」
 戻って来た弘樹にニヤリと笑いかけながら、茂がビールの注がれているコップに口をつけた。
 溜息をつくと、イスに腰を落ち着ける弘樹。
 毎回のことなのだが、にどうしても直して欲しい癖というか…とにかく、止めて欲しい箇所が弘樹にはあった。
 は風呂から上がった後、しばらくバスタオル姿でいる。
 要はきちんと着替えを脱衣所に持っていかない。
 下着はきちんと用意しているようだけど、パジャマをすぐ着ない。
 冬で暖房が効いていない時を除いて、バスタオルを巻いてお茶を一杯飲んでから着替えるというパターンだ。
 茂はどうか知らないが、弘樹はとても直して欲しいと思っている。
 困るのだ、凄く…目のやり場に。
「お前ら、一応付き合ってるんだろ?別にいいじゃないか、タオル巻いてフラフラしてるぐらい。」
「叔父さんが見たいだけだろ…。」
「甥っ子がヤキモチ妬くから、ノーコメント。」
「……見たいんじゃないか。」
 茂は、弘樹がぶつぶつ言っているのを見て苦笑いした。
 若い故に、色々大変なのだろう。
 思春期真っ最中だ。
 よくよく暴走するものだと茂は思った。
「お前は理性高いみたいだからな〜。」
「理性高いなら、こんなに苦労してないよ。」
 とても、のあの姿を直視する気にはなれないと弘樹は思っていた。
 どうもの中では“弘樹だから大丈夫、のような考えが展開されているらしいが…仙人か聖人ならともかく、弘樹は立派な男。
 ましてや恋人という存在があられもない姿をしていれば、自分だって一般男子の反応を起こすのだといってやりたい。
 …まあ、その一般男子の反応をがどれぐらい理解しているかは不明だが。
「お茶お茶…。」
 着替え終わって、がパタパタと部屋に戻って来た。
 のどが渇いているのか、一気にお茶を流し込んでいる。
「さってと、叔父さんは部屋で仕事するからな、邪魔するなよ。」
「しないよ〜〜。」
「んじゃ、オヤスミ。」
 それだけ言うと、さっさと己の部屋へと戻っていく茂。
 弘樹はに向き直った。
「あのさ、…。」
「わかってる。」
「…?」
 いきなりわかってると言われて少々驚く。
「バスタオルでふらふらするなってことでしょ?気をつけるよ。」
 さっきの弘樹の態度を見ていればすぐわかるよ、と苦笑いする
 よくよく考えれば、いちいち部屋に戻して着替えろといったのだし、言いたいことも判るか…と判断した。
、僕そろそろ寝るよ。」
「じゃ、私も。」
 使ったコップを片付け、それぞれの部屋に向かう。
 ―――と、途中でぴたりと止まって弘樹を見た。
 視線に気づき目を向けると、がつつつと傍によってきた。
 なんとなく次に来るセリフを予想しつつ、“なんだよ”と聞くと……。
「一緒に寝ていい?」
 と、案の定、予想通りの返事が返ってきた。


「ごめんね。」
 あはは、と笑いながら弘樹のベッドに座る。
 一応、なんで一緒に寝ようと思ったのか聞いてみると、“叔父さんのビデオ見た”とだけ言った。
 多分心霊系のビデオでも見てしまったのだろう。
 幽霊よりナイトメアの方が厄介だし、エーテルのカタマリだと思えば別段問題もないのだが、やはり怖いものは怖いらしい。
「一応聞くけど、ベッドと床とどっちがいい?」
「ベッドだから、弘樹もベッドね。」
「………まったく。」
 弘樹は溜息をつきながら、の横に滑り込む。
 ももぞもぞと布団の中で自分の位置を確保した。
 向こうに悪気も悪意も、もくろみもないことはわかっているが、こう密着しているといつまで自分がもつか判らない。
 こちらの苦労も少しは察して欲しいと思う弘樹だが、嬉しいと感じる辺り困る。
「…、大丈夫?狭くない?」
「うん、大丈夫。」
 きゅっと弘樹にすりつき、片手を掴む。
 自分の体温が不必要に上がっていることに、弘樹はちゃんと気づいていた。
 の髪からシャンプーのいい匂いがする。
 すっとの頬に手をあて耳を撫でると、少しくすぐったがりながらも赤く染まった頬と、テレたような顔が窺えた。
 弘樹の中の“男性”が、“幼馴染”の自分を覆い隠していく。

「弘樹、明日って英語あったっけ?」
「確かなかったと思う。ほら、明日って学校側の都合だかなんだかで、一時間遅れて登校だろ?」
「あ、そっか…英語一時間目だったっけ。」
 ちょっと甘ったる気な空気が、学校の話題で少し軽くなる。
 けれど、一度高揚した気分はなかなか収まりきるものではなく……。
 頬を触っている手を外して、弘樹はを抱きしめた。
 いきなりで驚きはするものの、抱きしめられ慣れているので、すぐに大人しくなってしまう
「…好きだよ。」
「……弘樹?」
 疑問を投げると同時に、彼の口唇がのそれに触れた。
 いつもと同じ弘樹なのに、なにか違う気がする。
 抱きしめている弘樹の手をなんとか外そうともがくが、が気づくといつの間にやら弘樹は自分の上にいた。
 …押し倒されているような構図…否、押し倒されているのだろう。
「弘樹、やだ、ふざけないでー……」
「ふざけてない。」
 迷いのない声。
 がはっきり震えた。
 弘樹がとても怖く感じる。
 急にの知らない誰かになってしまったかのようで、とても怖くなった。
「僕の前であんな格好するから―……」
「だからもうしないって…っ!」
 彼の視線の強さに気圧され、思わず口をつぐむ。
 横槍を入れることを許さない、強い視線。
 は怖いと感じながらも理解した。
 目の前にいるのは“男性”だと。
 “幼馴染”というレッテルを貼られた、ただの男性なのだと。
が好きだよ…とてもー……」
 耳元で囁かれ、の体が熱くなる。
 どうしていいのやら戸惑っているうちに、弘樹の手がの寝巻きのボタンを一つずつ外しはじめた。
 脳になにをされているのかの情報が上手く伝わらず、しばらくその行為を目で追っていた。
 弘樹がそっとキスをし離れると、いつのまにかボタンを外されている寝巻きの開いた部分から手を忍ばせ、右胸の膨らみを手のひらで覆った。
 瞬間、は弘樹を思い切り突き飛ばしていた。
「っ…ごめ…」
「やだ!」
 開いたパジャマのあわせをしっかり手で掴み、ベッドから降りる。
…。」
 なんといえばいいのか、どう弁解すればいいのかわからない。
 …弁解した所で、なんにもならないのだけれど。
「…私、叔父さんのところで寝るね、オヤスミ…。」
 すぐさま部屋を出て行く
 ケンカをするとは茂の部屋に行くことが多かった。
 自身の部屋だと、気持ちの整理がつかないうちにケンカ相手…要するに弘樹が来てしまうからだ。

「…なにやってるんだよ、僕は……」
 自分に喝を入れ、どうやって謝ろうかを考え始めた。
 ――今夜は眠れそうにない。

「叔父さん…。」
「なんだ、まだ起き………どうした。」
 今にも泣きそうなを見て、茂が思わず仕事の手を止めた。
 を傍に呼ぶ。
 これは弘樹のバカが先走ったなと思いながら、の髪を撫でてやる。
「…弘樹になんかされたか。」
「……うん。」
 素直に肯定。
「しょうがないな……アイツはお前のことが好きすぎるんだよ。それに男だからな……暫くしたら許してやれ?」
「……。」
 は返事をせず、神妙な顔をしている。
「―まあいい、今日は叔父さんのベッド使え。…おやすみ。」
 ポンポンとあやすように頭を叩くと、なにも言わずに仕事に戻った。
 は言われた通り、茂のベッドに横になると目を閉じた。
 明日、どんな顔をして弘樹に会えばいいのか、わからなかった…。






2001/9/26

ブラウザBack