「オハヨ、。」
「あ、おはよう弘樹…。」
 いつもと変わらぬ朝。いつもと同じように挨拶を交わす。
 ここ最近、は弘樹に起こされる前にきちんと起きて支度していることが多くなった。
 ブルージェネシスの時と違い、別に部屋を借りている訳ではなく、は茂や弘樹と一緒に住んでいる。
「「いってきまーす!」」
 奥にいる叔父に2人、声をそろえて言うと部屋を出た。
、カバン持つよ。」
「大丈夫だって、そんなにか弱くないでしょ、私。」
「…それじゃあ。」
 弘樹がすっと左手を差し出す。
 は差し出されたその手の意味がわからなくて、キョトンとしながら弘樹を見た。
 ちょっと困ったような、照れたような表情をしながら、“手”とだけ言う。
 意味を察し、も少し赤くなりながら弘樹の手をとる。
 幼い頃から変わらない、優しくて暖かい手。
 とても安心する。
「弘樹、遅刻しちゃうよ?」
「――そうだね。」

 弘樹とが世間一般様でいう恋人同士になったのは、今から半年近く前のこと。
 その半年間の間に、やはり何度か引越しをし、今はブルージェネシス跡地の近くに新しく出来た、ブルージェネシスととてもよく似ている都市に住んでいる。
 似ているとはいえ、動力源はリバースエナジーではないが。
 覚醒仲間全員集合状態。

「おお〜い、弘樹ー!」
「あれ、要…。」
 学食の主である竜門要が走って来た。
 …時間は丁度昼時。
 図ったような行動だが、(実際図っているのだろうけど)なんとなく憎めなくて、結局奢ってしまうのはブルージェネシスにいる時となんら変わりなかった。
 というより、まるで同じパターン。
「昼飯奢って〜v」
「…はあ…パンな、パン。今日僕、弁当だから。」
「しょうがないな…。」
 は優美ちゃんと一緒に、中庭の方へ食べに行っている。
 弘樹は学食のテーブルで弁当を広げた。
 じぃっとその弁当を見て、要がニヤリと笑いながら弘樹に呟いた。
「これって、のお手製?」
「うん。」
 あっさり肯定し、いただきますをして綺麗に整った弁当を食べ始めた。
 要がそれを見て、ふと頭によぎったことを質問してみる。

「なぁ……もう、ちゅーぐらいした?」
「っぐ…!!」
 余りの突然さに、弘樹は思わず咽喉を詰まらせ、むせた。
 面白がって要が言葉を続ける。
「それとも、とっくにアレしたのか?」
「かっ、要!!」
 真っ赤になりながら立ち上がって怒る弘樹に、要は思い切り吹きだした。
 弘樹はその態度が凄く不服だったけれど、要のコトバが頭を巡っていて上手く収拾がつかない。
 思い切り深呼吸すると、イスに座った。
 いつかはされる質問だろうと思っていたが、やはり本当に言われるとそれなりに頭がパニクる。
 新都市に来てすぐ、仲間内数名には弘樹とが付き合っているのが判明していたので、興味は尽きることがないらしい。
「で?」
「………。」
「答えないと、あることないこと言うぞ。」
 う゛っと弘樹が詰まった。
 要はなんとなく、本気で言いそうだから。
 …まあ、相談という形だと思って聞いてもらおうと割り切り、ご飯を食べながら答えた。
「………してない。」
「―――なに?」
「だから、キスも……まして、その…とにかく、なにもしてない。」
 要は弘樹の言葉の内容に、笑顔で凍りつき、冷や汗をたらした。
 なんというクリーンなカップルなのだろう。
 とても若い男女とは思えない。
「つ、付き合い始めてから結構たつよな。」
「うん…。」
「弘樹、お前…したくねぇの?」
 じっと要に見つめられた。
 弘樹は俯いているが―――…箸を持つ手が震えていいる。
「ひ、ひろき?」
「……僕だって…男だし。としたいよ!色々っ!!でも、泣かせるの嫌なんだよ!」
 真剣な表情で言う弘樹に、要は少しばかり詰まってしまった。
 まさか、こんなに真剣に返されると思ってはいなかったし。
 少し考え、口を開いた。
「同じ家に住んでんだから…楽だと思うけどな、すんの。泣かせたくないなら、許可とりゃ……」
「くれると思うか?許可…。」
 要は悩んだ。
 前々から思ってはいたのだが、…はどうも、色恋沙汰に疎いところがある。
 もしかしたら、恋人とはいえ、幼馴染の弘樹に真面目に“キスしていいか?”と聞かれても冗談ととり、“えー、ダメー”とか言われてしまいそうだ。
「そ、そうだな…さり気無くしちゃうとか。」
「……頑張ってみるよ…はぁ…。」
 余り参考にもなっていない要のアドバイスに礼を言うと、自販でコーヒーを買った。
 …昼休みもそろそろ終わりだ。

 帰宅後、どうやら叔父が残業で遅くなるらしいことを知り、と弘樹で分担して夕食を作って済ませ、とりあえず寝る準備をして、弘樹の部屋で2人でテレビを見ていた。
 の部屋には、テレビがついていないから。
 も弘樹も、2人してベッドの上に座ってバラエティーなんかをぼーっと見ていた。
 これでどちらかが眠くなってくると、自然とお開きになって、各々の部屋に戻るのだが。
「…なぁ、。」
「なぁにー?」
 あくまで意識を正面のテレビに向けたまま、弘樹に返事を返した。
 弘樹は、心臓が破裂せんばかりになっているというのに、彼女は全く気づかず。
「…僕達ってさ、恋人…だよね?」
「―…今更確認?もう嫌になったとか言う?」
 不安そうに自分を見つめてくるに、弘樹は“そんなんじゃない”と言いつつも、己の心の内の欲望を押し留めるのに必死だった。
 仕草が、可愛くて仕方がない。
「…もし、弘樹に他に好きな人が出来たら、私ちゃんと引くからね。」
「そんなこと考えなくていいよ。」
 弘樹はそっとの手を握る。
 はそれだけで安心したのか、弘樹の傍によってこつんと頭を彼の肩口に預けた。
 幼馴染というのがあるからか、とにかくは弘樹に対して無防備だ。
 男と認識されているのか不安になるほどだが、なんやかんや言って喜んでいる弘樹。
「…。」
「ん?」
 なに?と弘樹の方を向いたその瞬間、口唇に柔らかいものが触れた。
 ピントが合わない程に接近した彼。
 キスされているのだと気づいたけれど、は何の反応も出来なかった。
 テレビから流れてくる笑い声が、いやに耳につく。
 つい、と弘樹が離れた。

 自分がどんな顔をしているのか、よくわからない。
 怒りたいような、悲しいような、嬉しいようなー――…ないまぜな気持ち。
「いっ、いきなりすることないじゃない!」
 が赤くなりながら、弘樹に食ってかかる。
 ちょっと困ったような顔をして、弘樹はを“落ち着け”と言うように抱きしめた。
 弘樹に抱きしめられる事には慣れているだが、今さっきキスされたばかりの状況では、落ち着かせる為に抱きしめるのは、かなり逆効果ではないかと思う。
「…ごめん、でもさ…キスしていいか、なんて聞けないしさ…。」
「それは…まあ…。」
 確かに、聞かれても“イヤ”で終わるだろうなとは思った。
 別にキスしたくない、とかではなく、余りに一緒にいるのでなんとなくノリでそう言うだろう。
 そう考えると、弘樹の今の行動はとても考えた行動だった。
「…まあ、いっか。」
 あっさりと許す
 いちいち“キスしていい?”と聞く恋人もなんかおかしいだろうし。
「叔父さんがいる時はダメだからね。」
「わかってる。」
 何を言われるかわからないからね、と、くすくす笑いあい、もう一度、とても自然なキスをした。

 1つの欲を満たすと、もう1つの欲が出てくる。
 幼馴染で、お互いをよく知っていても…お互いの理解が及ばない所も勿論ある。
 には判らない、弘樹の男としての欲求。
 1つをクリアしたことで、己の中にある黒い欲望が大きく芽吹いていくのが弘樹にはわかった。
 いつまで抑えていられるか判らないその衝動を内に抱えながら、自分の傍らで眠るの頬に、優しくキスを落とす。
 欲求ってのは抑えきれないもんだな、と思いながら、の隣で目を閉じた。





2001/9/22

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