処々なる変化





 男を知ると、女は化ける…なんて言葉があるけど、あれは本当だったとしみじみ思う。
 他の女の子はどうか知らないけど、僕の幼馴染兼、彼女のは本当に化けた。
 そのは今、僕の隣で授業が始まるのを待っている。
 次は沙夜香先生の英語の時間。
「弘樹くん。」
「優美ちゃんどうかした?」
 言っておくと、僕の右隣にがいて、左隣に優美ちゃんがいる。
 なかなか、他の男子生徒にイビられそうな配置だ。
 英語に関してはいつもこの配置だったりする。
 亡きBGの出席方式な為、やはりIDで出欠を認識されているし、座る場所も自由。
 は苦手部類の教科の時は、僕の近くにいることが多いというだけで。
 …前に比べたら、一緒に並んでいることが多くなったかもしれないけど。
 優美ちゃんは、僕もお手上げな問題がある時のためにいてくれているんだろう。(と、僕は思ってる)。
 そんな事を考えていると、優美ちゃんが言葉を続けた。
「あのね、今度シフォンケーキ作るんだけど…。」
 シフォン、という言葉にが反応する。
 身を乗り出し、優美ちゃんに話し掛けた。
「ホント!?優美ちゃんっ、私のも作って!」
も作ったらいいんじゃ…」
「私は食べ専門。」
 いつもは自分で作ってるくせに、優美ちゃんにたかるのはどうかと思うけど。
 そんなやりとりを見て、優美ちゃんがクスクス笑う。
 …少し、気恥ずかしい。
 僕とが付き合ってる、というのは覚醒仲間でも一部しか知らないことで、気付いてる人もいるかもしれないけど、公言したことはない。
 色々相談してたりする要や泉さん、僕のイデアにいる弘一兄さんは知っているが、優美ちゃんは気付いているかどうかも不明だ。
「大丈夫よ、ちゃんのも作るから。」
「さすが優美ちゃんっ、お嫁にしたいわ〜!」
 僕の目の前で優美ちゃんの手を奪うと、その手を握り締める
 口調が要っぽいのは置いておくとして…。
は女だろっ。」
「冗談よ冗談、本気にしないように。」
 けらけら笑いながら、手をパタパタと振る。
 ……というか、優美ちゃんに……女の子にまで嫉妬してる僕って…、実は物凄く心が狭いのではないかと思ってしまう。
 しれっと流しておけばいいのに。
 …周りから感じる男子生徒の視線がいよいよ痛くなってきた頃、沙夜香先生が入ってきて授業開始を告げた。

 今日の授業は、先生作のプリントを解いていく、というものだった。
 僕は出された課題プリントを半分までなんとか終え、一息つく。
 さすが沙夜香先生の問題なだけあって、かなりの難易度。
 横を見ると、僕より少しばかり英語の苦手なは、やたら難しい顔をしている。
 時折、流れる髪を鬱陶しげに耳にかけたりしていた。
 なんか凄く艶っぽくて、色々考えちゃうんだけど。
 …授業中に、しかも沙夜香先生の授業でなに考えてるんだ僕は。
 マジメにやれ、と自分を叱咤し、残り半分をやろうと正面を向く。
「弘樹ごめん、ちょっといい?」
 問題に詰まったのか、がこっそり話し掛けてきた。
「どうした?」
「ココの問題詰まった…。」
 どれどれ、と近寄る。
 の方からも近づいてきた。
「これは、こっちの文法の応用だよ、前授業でやったろ?」
「うー……あ、そっか。あぅ…んじゃ、上のヤツ間違ってる…??」
「一箇所ね。」
 へにゃ、となりつつ、一生懸命問いを解いていく
 が髪をかき上げると、ふわりと髪が踊った。
 彼女の髪から、シャンプーのいい匂いがする。
 普通通りのなんてことない彼女の仕草に、勝手にクラクラきてる僕って…今凄くヤバイ奴じゃなかろうか。
 気付かぬうちに、僕はの髪に手を触れていた。
「…弘樹?」
 が驚いて振り向く。
 目を大きく開いて、僕を見た。
 ――あぁもう…可愛いなぁ…。
「片山弘樹くん〜?」
「ハッ…沙夜香先生……。」
 いつの間にやらの横に沙夜香先生が…仁王立ちで、しかも笑顔で立っていた。
 思わず固まる。こうなると、行き着く先はただ一つ。
「放課後、職員室へいらっしゃいv」
 ……居残りだ。


 放課後、沙夜香先生にコッテリしぼられて教室へ戻る。
『授業中は余計なこと考えない!』
 と、キツいお言葉を頂いた。
 …全くその通りなので、ぐうの音も出ないよ。
 教室には以外の生徒は下校してしまったのか、部活なのか、とにかく姿は見当たらなかった。
 ―かなり待たせてしまったようだ。
「お疲れ様。」
「まいったよ…ごめん、待たせて。」
「それは別にいいんだけど…弘樹、なんかちょっと変だよ?」
「そうかな。」
「うん。」
 そんなこと言われても、困ってしまうんだけど。
 は自分で気付いていないのだろうか。
 ――気付いてないんだろうな、自分の変化に。
 それとも、僕の方の見方が変わったのか。
 ……僕の眼には、凄く女っぽくなったが映るけど、他の男からはそう見えないのかな。
 見えていない方が好ましいのは、言うまでもない。
「…ひろきっ!」
「な…うわっ!!」
 いきなりが抱きついてきて、受け止めるのにちょっと苦労した。
 誰もいないとはいえ、教室で思い切ったことをするもんだ。
「変!やっぱり変っ!!」
「…しょうがないだろ…なんか妙に意識しちゃってさ、急に綺麗になるし。」
「……キレー?私なんもしてないけど。」
 抱きついたまま小首を傾げるに、愛しさが込上げる。
 ぎゅっと抱きしめると、少し彼女の体が強張った。
「別に襲ったりしないよ。」
「当たり前っ!」
 気の強いセリフを言ってるけど、本当は物凄く恥ずかしがってるんだって知ってるよ。
「なんにもしなくても、綺麗になった。」
「……あり…がと。」
 頬を染めつつ、が僕に礼を言う。
 お礼を言われるコトじゃないとは思うけど。
 …でも、受け取っておく。
 体を離してカバンを持つと、と一緒に家へと向かって歩き出した。
 これ以上抱きついてる状態だと、本当に襲ってしまいそうな自分がいたから。

「弘樹、すごく男っぽくなったよね。」
「いきなり何。」
 リベンジ、とばかりに家について一息いれている僕に、この発言。
 それまでは夕食どうしようか、なんて会話をしていたというのに、凄い変わりよう。
「どの辺が男っぽくなった?」
「どの辺って…全体的に。」
 まあ、BGにいた頃よりはガッチリしてきたと思うけど…なんとも曖昧な表現だ。
 的確に『ココ』と言われたから、どうだという事でもないんだけれど。
 僕の部屋のベッドに腰掛けるに、何回言っても無防備だなと内心溜息をつく。
 そんな所に座られていると、押し倒しそうなんですけど。
、そんなトコにいると…。」
「大丈夫、弘樹は嫌がる私を無理矢理なんてしないから。」
 確定ですか。
 …まあ、そうなんだけど。
 少しは僕のほうの都合も考えてくれると…非常にありがたいんですが。
「…キスはいいよな。」
「ちょ…んむ…っ!」
 有無を言わさず押し倒して口唇を奪う。
 暫くしてから離してやると、少し潤んだ目が僕を見た。
 荒い息を抑えて『バカ』と一言だけ告げる。
 ほら、やっぱり凄く綺麗になった。
 …なんて事を言ったら殴られるので伏せておく。
「…学校ではしないでね。」
「わかってる。」

 が綺麗になるのは嬉しい。
 けど、弊害も生まれるもの。
 モテはじめたに嫉妬する僕。
 周りが、僕とが付き合ってることを知らないものだから、先々の不安には事欠かない。
 しっかり捕まえておかないと、なんて思ってしまう。
 を信用しているが、それでもやはり、不安は不安。
 その不安は、ゆっくり確実に、実を成していくことになる。





2001/11/12

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