幼馴染 2 幼馴染って凄く曖昧な存在。 遠すぎず、近すぎず。 その丁度いい空間に慣れているから、そこから一歩踏み出すのは大変。 でも、踏み込まなければずっとそのまま―――― が“一緒にいない方がいい”と宣言し、その言葉の通り…翌日から、僕とは余り一緒にいなくなった。 僕の方はいつもと同じように、一緒に登下校しようとしているんだけど…の方が徹底して避けている。 それはもう、面白いぐらいに。 「…はぁ。」 食堂で、食後のコーヒー(泥コーヒーではない)を飲みながら、ちょっと離れた所にいるを見た。 数人のクラスの男女と雑談している。 …が男に微笑みかけるのが、ムカついてしょうがない。 案外、嫉妬深いんだなと今更ながら自覚。 「…よしっ。」 なんとか自分を奮い立たせ、の傍へと寄る。 「、ちょっといい?」 「ん、なぁに?」 いつもの笑顔。けれど、心を解いてはくれていないらしく、かなり素っ気ない言い方で…。 「あの…さ、今日帰り一緒に……」 「あ、ごめん、今日五十嵐さんとお出かけするから……。」 「そ…っか…。」 五十嵐さんと何処行くんだよっ!と聞きたかったけど、なんとかこらえた。 …言葉を飲んだ僕を見て、は哀しそうに目を伏せた。 「……教室戻るね。」 先へ行くを慌てて追う。 教室前の廊下で、なんとか引き止めた。 手をつかんで少々乱暴に引っ張る。 「なによ、もうっ!」 「なんで僕のこと避けるんだよ!」 今までの鬱憤からか、思わず声が大きくなっていた。 「………。」 「やっぱり避けてるんじゃないか……。」 「…判った、一緒に帰るよ…。」 「…よかった。」 なんだか無理矢理な感じもしたけど、とにかく一緒に帰る約束を取り付け、午後の授業を受けた。 『ひろき。』 放課後前の掃除の時間に、イデアから兄さんが声をかけてきた。 学校内で話し掛けてくるのは珍しい。 「なんだい、兄さん。」 一応断っておくけど、本当に声に出して兄に返事をしているわけじゃない。 本当に声に出してたら、周りから変な目で見られること請け合い。 『ひろきはどうしたいんだい?』 兄さんの言っている意味が判らなくて困っていると、ふっと僕のイデアの中から出てきた。 周りに人がいるために少々焦るが、兄の姿は見えているわけではないので大丈夫だ。 『は、弘樹のためを思って距離を置くようにしてるんじゃないかな。』 確かに、その通りだった。 きっかけはどうあれ、が僕のことを思って行動してくれていることは充分承知している。 今まで、“幼馴染”の範囲で収まらないぐらい一緒にいたような気もする………。 兄さんは続けて語りかける。 『ひろきは、にとってなんでありたい?』 ……なんでありたいか。 恥ずかしいことに、弘一兄さんに言われるまで、考えもしなかった。 今までと同じように、一緒にいたいと願う心。 それは、幼馴染が急に遠のいてしまったからそう思うのだろうか。 存在が傍にない為の喪失感は、そのせいなんだろうか。 「……僕……。」 『ひろきがを辛い目にあわせるなら、僕が貰う。』 「にっ、兄さん!?」 真剣な兄の目。 そういえば、兄さんとは仲がよかった。 子供心に嫉妬した覚えがある。 と、いうことは…今の言葉は本気なのだろう。 そう考えると、大切な兄に対しても軽く嫉妬を覚えた。 『ほら、今、僕に嫉妬したろう?』 「だって、兄さんが……。」 が人のものになるなんて考えられないし、考えたくない。 …そう思った瞬間、自分がにとってなんでありたいか、すぐにわかった。 僕は、の特別でありたいんだ。 幼馴染という枠を外せば、どうしようもなく彼女を求めている僕がいた。 『まったく…ひろきは自分の気持ちには鈍いんだからな…。』 「兄さん…ありがとう…。」 兄に礼を言うと、“でも、さっきの言葉は本気だよ。泣かしたりしたら、貰うからね”と言われてしまった。 久しぶりに、と下校する。 五十嵐さんにはが連絡を入れたようで、待っているようなことはなかった。 マンションまでの少しの間に、僕はに気持ちを伝えようと思っていた。 運がいいのか、人通りもまばらだ。 「…。」 「ん、なに?」 普通に返すに、鼓動が段々はやくなる。 「……あのさ、僕、言いたいことがあって…。」 「?うん。」 空気の振動で、自分の鼓動が相手に伝わりそうな感じだ。 少女漫画でよくある表現らしいことを思い出すが、実際自分がその立場になると凄くよくわかる。 「なに、どうしたの?」 「この前は…ごめん。勢いとはいえ、酷いコト言った。」 は直ぐに僕の言っていることに思い当たったらしい。 「なんで謝るの。本当のことじゃない…。」 らしくない笑顔。 その笑顔を自分が作ったのかと思うと、心が痛んだ。 「……笑わないで聞いてくれ。僕は…が傍にいないのは嫌だ。」 まるで、子供の我侭のようだと自分で思う。 「だって、私がいたら彼女もできな……」 「そんなのいらない!がいればいいんだ!」 言いたい意味が伝わったのか、彼女が大きく目を開く。 なにを言っていいのか分からないようで……。 「…これは僕の勝手だってのは分ってる。でも…。」 「きゃっ!」 今までの想いが溢れて、我慢できずにを抱きしめてしまった。 でも、彼女は暴れたりしなかった。 不安になり、そっとを見ると……僕の服をつかんで俯いていた。 「…やっぱり…迷惑…だよな。」 「………。」 が無言で首を横に振る。 「…?」 「弘樹……。」 なにも言わず、僕の胸に顔をうずめる彼女を抱きしめた。 ちゃんとした告白じゃないけど、お互い、それだけで充分だった。 …でも、僕からは一言でもいいから言いたくて…の耳元で囁く。 「…が、好きだよ…。」 顔をうずめつつ、頷く。 真っ赤になりながら、“なにバカ言ってるのよ!”と雰囲気で言う彼女が見えた。 兄に感謝しつつ、今しばらくはこうして抱きしめていたかった。 帰ったら、いつものに戻っちゃうことは分っていたから。 だから、今だけは…僕だけので――― 2001/7/14 ブラウザback |