幼馴染





 最近、目にする回数が増えている気がすると、パックのジュースを飲みながら思った。
 廊下では、幼馴染で同居人の片山弘樹が告白を受けている真っ最中。
 ほぼ毎日一緒に帰っている私は、こうして待たされている。
 さっさと帰ってしまえばいいとは思うのだが、勝手に先に帰ってしまうと弘樹が怒る。
 “なんで何も言わずに帰っちゃったんだよ!”という具合に。
 そのため、大体2週間に1度は待ちぼうけ。
 ちらっと覗くと、小柄で可愛い女の子が顔を真っ赤にしながら、一生懸命気持ちを伝えようとしていた。
 弘樹もまんざらでもないのか、にへらっとしているから何となく腹立たしい。


 伸びをして壁に寄りかかり窓の外を見た。
 少し涼しくなってきたのを肌で感じる。
 ブルージェネシスが崩壊してから、丸3ヶ月と少し。
 向こうで一緒に戦った、覚醒した仲間はバラけてしまったが、会えない距離というわけでもない。
 たまには会いに行き来することもあるし、寂しくはない。
 私は全然変わらないだろうけど、結構変わったのは弘樹。
 身長がそこそこ伸びて、声も少ーし低くなって………まあ、以前より男らしく…というか、かっこよくなった。
 そのせいか、告白してくる人数が多くて、私が余計な時間を割いているんだから…嫌になる。
 まあ…イライラしているのは、他にも理由があるんだろうけど。
 ――情けないけど、多分、純粋に嫉妬だろう。
?」
「うわっ…びっくりした、終わったの?」
「うん。」
 どうした?と聞くと、いつもの答えが帰ってきた。
 “悪いと思ったけど振った”
 ここまで断り続けるのも、中々根性のいることではなかろうか。
 ……もしかしたら、意中の人がいるのかも。
 または、すでに誰かと付き合っているか。
 どれにしても、私には辛い。
「…弘樹のバカ。」
「なっ…なんだよ、断るなってことか?」
「違うけど……最近モテモテ君だから、私ジャマじゃないかなって。」
 バカとはかけ離れたが、その答えを聞き、弘樹が憮然とした表情をする。
「ジャマなんて言ってないだろ。」
「…怒らないでよ。…帰ろ。」
 なんとなく言葉を濁したまま、帰路につく。


 その日は何事もなかった。
 家に帰って、叔父の買ってきた浅い味わいのレンジディナーを食べて、ごく普通の生活。
 翌日、ちょっと違うことがあるとも知らずに…。

「あの、片山君、ちょっといいかな。」
 放課後。
 珍しく連チャンでの告白か、と思わず不快指数を上昇させた私。
 それに気づいた弘樹は、やんわりと断ったのだが…。
「…ここでいいから…少し聞きたい事があって。」
 どうやら告白ではないらしい。
「なにかな。」
「…………。」
 ちらっとその女生徒が私を見た。意味のわからないまま、弘樹と視線を合わせる。
「…片山君って、さんと血、繋がってないの?」
「…そうだよ?」
 どこから仕入れてきたかは知らないが、血の繋がりがないのは事実。
 あっさり肯定する私も凄いのかも。
「…じゃあ、片山君が誰とも付き合わないのって…さんと付き合ってるから?」
 女生徒の発言に、思わず弘樹と私が固まる。
 周りの学生も、一斉に視線をこちらに向けた。
「い、いや…付き合ってないよ。」
「じゃあ、好きなの!?」
 ……弘樹が詰まった。
 これは私は知らない。
 ―なかなか答えようとしない弘樹に、女生徒が業を煮やす。
「……は幼馴染だよ…一緒に住んでるし、好きだけど…兄妹っていうか…」
 ――…なんとなく、そういう答えが返ってくる気はしてた。
 それでもやっぱり、弘樹の口から言われるとキツイものがある。
 兄妹以上の存在には決してなれないのだと教えられているようで……苦しい。
「そう、よかった…。」
 ホッと胸をなでおろす女生徒。多分、彼女も弘樹が好きな人の1人なんだろう。
 無理矢理思考を切り替えようとしても、刻まれた言葉は消えてくれない。
 私はカバンをつかむと、なるべくいつも通りの私で弘樹に話し掛けた。
「私、今日、先帰るね。」
「え、じゃあ僕も……。」
「いい、ちょっと寄る所あるから……また家でね。ばいばい。」
 何も言わせず、普通に歩いて廊下を出、校門まで走るとゆっくり歩き始めた。
 本当は、寄る所なんてなかったけど…弘樹の傍にはいたくなかった。

 たまにきている公園のブランコに座ると、溜息をつく。
「…幼馴染…で、兄妹…。」
 わかっている。それ以上に望んではならないと。
 昔、弘樹と交わした“守る”というB.G崩壊後の今では、意味をなくしたも同然。
 五十嵐さんの話では、科学庁本庁舎で妙な動きがあるようだが、今の所ナイトメアはたまに現れるぐらい。
 だから、守る必要も余りない。
「…そろそろ潮時、かな。」
 これ以上、弘樹の傍にいてはいけないのかもしれない。
 いずれ、彼女ができるだろう。
 その時私が傍にいては、色々と問題も多いはずだ。
 部屋…というか、マンションの隣に住んでいるのだし、一緒に登下校しないようにして、食事も自分の部屋の方で食べて…。
 そうすれば、弘樹が私のせいで苦労することも余りなくなる…と思うし。
 学校では友人をしていればいい。
「…ヤダな…。」
?」
 聞きなれた声に顔を上げると、弘樹がいた。
 学校の帰り道でもないのに、と、少々慌てる。
「な…なんでここにいるの?」
「いや、ちょっと気になって…。」
 頭をカリカリ掻きながら傍によってくる弘樹。
「弘一兄ちゃんに教えてもらったんでしょ、居場所…。」
「う、うん…。」
 実に素直な反応に思わず苦笑い。
 きっと、弘樹のイデア内部で弘一兄ちゃんも笑っていることだろう。
 弘樹は私の隣のブランコに座った。
「…ねぇ、一緒に学校行ったり…帰ってきたりするの、やめようか。」
「………え!?」
 突然のことに驚きの目を向けられるが、仕方ない。本当にいきなりだったから。
「だって…おかしいもんね。付き合ってるワケじゃない…し…。」
「…さっきの子に言った事怒ってるのか?」
「怒ってないよ。…でも、今日みたいに誤解されるの…ヤでしょ?」
「……………」

 どうしてだろう。
 小さい頃から一緒で…傍にいるのが当たり前で、いつの間にか好きになってて…。
 でも、言えない。私は、兄妹のような存在だから。
 言えば壊してしまう、今までの関係を。
 …だから、これ以上…必要以上に一緒にいてはいけないの。







2001/7/8

ブラウザback