消された記憶 2



『…、ごめんね一緒にいられなくて』
 いつも悲しそうな顔をしていたお母さん。
『…お前は何も心配いらないからな。』
 いつも優しく頭を撫でてくれたお父さん。

 大丈夫だよ、私は強い子だから。
 お仕事の邪魔もしないから。
 …だから、いなくならないで。


「あ、清一おじさん、お父さんは?」
「あぁ、ちゃんどうしたんだ、こんな所まで…お父さんは今研究中だけど。」
 科学庁に勤めている両親に、会いに来るのも珍しい事ではなかったが、自由に歩き回れる時間はごくごく限られていた。
 両親は、が科学庁に来るのを極端に嫌がっていたから、見つかれば即、家に帰された。

「あのね、これ、忘れ物なの。」
 重要な書類を忘れたから、持ってきて欲しいと親に頼まれた、と付け加えると、は清一にその書類を渡した。
「そうか、あいつめ…全く仕方ないな。おじさんが渡しておくからな。」
「うん、ありがとう。」

 も生まれながらのカオスで、要するに素養があった。
 いくつか検査はされたが、他の覚醒者のように物理的攻撃をしたり、身を守ったり、回復したり…とにかく、一切の覚醒技が使えなかった。
 使えないのではなく、両親の言いつけで、使わなかったのだが。
 カオスと認定されれば、子供だろうが人体実験されてしまうことを、その研究の一端を担っている両親は知っていた。
 まして、御剣恭太郎はその研究に力を注いでいる。
 科学庁に勤めている者の子供ならば、危険な実験だろうがなんだろうがやってしまうと判断したの両親は、彼女に一切の力を封印するよう言った。
 だが、その奥にしまい込んでいる力に、気づいている者もいた。
 両親と片山の両親、そして…現、御剣晃……タナトスである。
 の両親は、本当に事故で亡くなった。
 ただ、その原因は科学庁の車だったと知らされた事を思い出した。
 だから、死に目には会っていない。
 あるのは、優しい想い出だけ。

『…っ…』
 ぱっと目を開けると、目の前には弘樹が半分泣きながら立っていた。
 小さなは弘樹が手の平を向けている方向を、信じられない思いで見つめている。
 視線の先には、怒りをたたえた弘一の姿。
 は、これは過去だと自分に言い聞かせ、精神を落ち着かせていた。
 だが、動悸は早くなっていく。
 目の前にいる、過去の自分とシンクロするかのように。
「ひろき…お前かっ!」
 弘一…いや、タナトスは弘樹を睨みつける。
「…だ、だめだよ…僕、お兄ちゃんと約束したんだ……。」
「うせろ!!」
 タナトスの攻撃が、弘樹の肩を貫く。
 衝撃で吹っ飛び、壁に背を打ちつけ、弘樹は意識を失いかけた。
 小さなは何が起こったのかわからず、その場で固まっていた。

「チッ…制御が甘いな…弘一の意識がまだ残ってる…一撃では死なないか…ならばもう一度!」
 再びタナトスが弘樹に攻撃を放つ。
 葵の悲鳴。
 だが、小さなは、その力が彼を貫く前に弘樹に覆い被さった。
「!?」
 タナトスの攻撃は、のシールドにぶつかり、拡散した。
「…ほう…。」
 タナトスがニヤリと笑った。
「御剣、清一を始末して葵を連れて行くぞ。頭に打ち込めばカオスでも死ぬ。」
 葵の絶叫、銃の音。
 闇に塗られた世界が、目の前にあった。

 タナトスは、弘樹の隣で自分を睨みつけている幼いに近寄り、その眼を見つめた。
「…、力を隠していても僕にはわかるんだよ?…今、ひろきを助けたろう。」
「…あんたなんて大嫌い!」
 泣きもせずきっぱり言い放つに、意地の悪い微笑みをたたえるタナトス。
「君は、僕と一緒に来るんだ。」
「私は弘樹と一緒にいる。あんたなんかの言う事きかない!」
 強い口調で言うに、タナトスは溜息をつくと、静かに言った。
、君の両親は死んだ。君は1人だ、どうやって生きていくつもりだい?」
「1人じゃない、弘樹がいるもん。」
「……。」
 本当なら泣き出してもいい状況で、それでも力をなくさず、強く反発してくるに非常に興味を示すが、無理矢理つれて行こうにも宿主の抵抗がある上、攻撃して気絶させようとしても跳ね返される。
「弘樹…っ……その子達は見逃して…!!お願いよ……。」
 葵のか細い声での懇願。
 タナトスは、ふぅっと息を吐くと、朦朧としている弘樹に向かって話し掛ける。
「じゃあ、僕とゲームをしようか、ひろき。命は弘樹に預けておくけど、記憶と力は封印するよ…邪魔されると困るんだ。ただし、僕の封印を破って邪魔しに来たら……今度は殺す。…こいつ、そんなに強くなるかな、お母さんはどう思う?」
「…弘一…。」
 悲しげな目を息子に…息子であった者に向ける葵。
「御剣、葵を連れて行け。僕はひろきの記憶を封印してから行く。」
「…わかった、早くしてくれよ。」
 叫ぶ葵を連れ、御剣はその場から姿を消した。

 幼いは、久しぶりの力の開放に軽いめまいと呼吸困難を起こしていた。
 タナトスはそれをチラリと横目で見、弘樹に視線を戻す。
 なにやら弘樹に話し掛けた後、封印を施した。
 その直後、己の力で部屋を火の海にする。

「さぁ、…僕と来るんだ…苦しいんだろう?」
 タナトスの手が触れようとする――…が。
「さわるなっ!」
 バチンッと音がして、タナトスの手に痛みが走る。
 …だが、抵抗はそれまでだった。
「…燃料切れみたいだね。」
「…。」
「大人しく一緒に……」
 その時、茂が叫んでいるのが聞こえた。
 タナトスはそれに気づき、舌打ちをして、に言い含める。
、僕は絶対君を手に入れる…それまで、ひろきと同じくすべてを忘れているんだ、いいね。」
 手が、幼いの額に当てられ……は虚空を見つめて動かなくなった。


 ……ゆっくり目を開くと、心配そうな弘樹の顔があった。
「…おはよう、大丈夫?」
 16歳に成長した弘樹が目の前にいて、は現実に、過去ではなく今にいるのだと実感した。
「…弘樹…。」
 ゆっくりと起き上がり、眼をこする。
「体は大丈夫?何か作ろうか。」
 優しい弘樹の声。
 から一気に緊張が抜け、涙が頬を伝っていく。
「えっ、な…どうしたんだよ!?」
 は弘樹に抱きつき、声を殺して泣いた。
「…っ…弘樹……こわいよ…助けて…!」
 唯々しがみついて泣くに戸惑いつつも、弘樹は優しく抱きしめ背中を撫でてやる。
「…大丈夫だよ…僕が守るから…。」
 闇に包まれようとしている部屋で、二人は互いを抱きしめあった。
 悲しみと恐怖が、心を支配してしまわぬように……。







2001/6/15
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