伝書鳩






 片山
 彼女は今、人生最大(でもないが)のピンチに陥っていた。
 手にもっているファイルには、はちきれんばかりの手紙たち。
 人はこれを、ラブレターという。

「……ゼッタイ殺される…。」
 が大量にラブレターを持っていこうと思っている、その人物は、学生でありながら病院で医者をしている人物。
 影守聖、その人である。
「…いい人なのはわかってるんだけどねぇ…。」
 そう、間違っても悪い人ではない。
 ――――がっ。
 機嫌を損ねると、本気で恐い人。
 ラブレターなんか、こんなに持って行った日には…考えるだけでも恐ろしいっ。
 そもそも、なんでがこんな事をしなくてはならなくなったかというと…。
 聖と一緒にお出かけしたりとか(ナイトメア退治を偶然一緒にしていただけ)、病院によく遊びに行ったりとか(聖の妹の真由香ちゃんのお見舞い)、聖がに優しく微笑んでいたり(どう見ても、小馬鹿にした笑い)…と、色々他人様の勘違い要素があって、今に至る。
 学科どころか学年まで越えてに手紙を託す女性の皆様。
 聖人気の恐ろしさを知る。
 本人が手渡しでやればいいでしょう、と一応言ってはみるものの、彼女らいわく、“カッコよすぎて、見つめられるだけで失神しそう”なのだそうで。
 んな状態で、本気で付き合う気があるのか、と聞きたくもなるが、結局断りきれず…。

「…だっ、大丈夫よ、ラブレターごときで、とんでもない目にあうハズないわっ……多分。」
 とにかく、渡すしかない、と自分に言い聞かせ、は聖の部屋(診察室)のドアをノックした。
「影守さん、片山です。」
「女片山か、開いてるから、勝手に入れ。」
「はい。」
 相変わらずの言い草に、毒舌ぶりは健在、などと当たり前のことを考えながら一人苦笑いをする。
 覚悟を決め、中に入る
「失礼します…。」
「なんの用だ。」
 体は机に向かったまま、視線だけをに向ける。
「…あー…その、ちょっとお届け物に。」
 ラブレターのつまりまくったファイルをポンッと渡す。
 ――瞬間。
 聖の眉間にしわがよる。
「……なんだこれは。」
 部屋が冷気に包まれている気がするのは、の気のせいではなかろう。
「……ら…ラブレターと呼ばれるモノです。」
「…おい、。なんのつもりだ。」
 聖のご機嫌は一気に急降下したもようで、はひやひやどころか嫌な汗をかく。
「わっ、私は頼まれただけですっ!どうするかは影守さんの自由ですからっ!」
 泣きそうになりつつ、なんとか声を絞り出す。
 聖はふぅ、と溜息をつくと、ファイルの中身を出し、白々と見つめた。
「…俺にどう返せと言うんだ…全く…。大体、“好きだ”と言うのに自分で渡しに来もしないで済まそうと言うのが気に食わん。」
 全くだ、と同意する
「それは同感です。」
「なら、そんなものの片棒をかつぐな。」
 さめざめと言われてしまい、う゛っ、と詰まるが、まさにその通りでぐうの音も出ない。
 かなり機嫌斜めな聖に、平謝りしたい気分で一杯になる
「…まったく…お前は伝書鳩か。」
「ちっ、違いますよ!失礼なっ!」
 むぅっとふくれるに、“だったら二度とするな”と言い放つ聖。
 はなんだか段々腹が立ってきた。
 なんで人からの手紙でこんなに虐められなきゃならないんだっ、という気分なのである。
「…影守さんがカッコイイくせに彼女作らないのがいけないんじゃないですかぁっ!」
「…おい?」
 の発言に少々驚く聖。
 そんな彼をよそに、はかなりヒートアップしている。
 聖が色々と大変なのは知っているが、性格も多々知っているが、それでも少しはこっちの大変さも判ってくれ!というかなり自己中心的な感情の上でのヒートアップだったりするのだが。
「彼女のかの字もないから、一緒にいる私にこーいう手紙を預けたりするんですよっ!」
「………そうか、じゃあお前がなれ。」
「……………は?」
 なんだかとんでもない発言を耳にした
 いつもの皮肉気な笑みをたたえる聖。
「聞こえなかったのか、耳鼻科行くか?」
「いや、聞こえてますが…本気ですか?」
 冷や汗をたらしつつ、再度問う。
 聖はもう決めているらしく、涼しげな顔をしている。
「嘘や冗談でこの俺がそんな事を言うと思うか?」
「思いません。」
 思わず即答してしまう
 なんとなく、自分の首をしめた気がする。
「わっ、私の事好きでもないのに!?」
「なに言ってるんだ、俺は前からお前の事好きだぞ…。」
 はクラクラしてきた。
 本気なんだか嘘なんだか、聖の場合は表情から全く読み取れない。
「…お前、今度伝書鳩やったらどうなるか…わかってるな?」
「わっ、わかりました!!お付き合いさせて下さいっ。」
「よし、いい子だ。」
 聖に頭をぐりぐり撫でられる。
 まさか、こういう形で“あの”影守聖と付き合うことになるとは思ってもみなかった
 嬉しさ半分、悲しさ半分、恐怖少し、である。
「…、俺の彼女なんだから仕事手伝え。」
「ええーっ!なんですかソレっ!」
「暇なんだろうからな、…嫌ならいいぞ、あっちこっちで俺とお前の関係を言いふら…」
「わかりましたっ!」

 の前途は多難なようである。





2001/6/21

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