Inside Blue 5 JUNE・16 どこの場所でも、学校生活というものはたいていが同じサイクルを繰り返している。 ただ、このブルージェネシスに関しては出席簿の取り方が違っており(IDがそのまま学生証で、机の脇の端末に入れている間のみ出席扱いになるそうだ。便利だがサボるのは大変そう)、席順も特に決まっておらず、好きなもの同士で座れるという、他の学校にはない特徴があって面白い気がした。 ただ、他の学校より勉強内容が高度だったりするのは、少々辛いところ。 英語に苦手意識を持っているは、授業で和訳問題に唸りそうになってしまったりした。 隣に座っていた優美が時折助けてくれたので、まあまあ出来たほうではあるけれど――逆隣にいた弘樹は、昨晩からの色々なことで疲れていたのか、爆睡し、担任の乾沙夜香先生に呼び出しを喰らった。 「ついでだから、片山さんも一緒にいらっしゃい」 ……何故っ!? つつがなく午前中の授業を終え昼休みになる。 優美はお弁当持参だったのだが、片山性の2人は本日弁当なし。 なもので、優美に案内されて学食へと向かった。 道すがら様々な学生を見るが、制服が違う――学科が違う――からといって、決して同じ学科の者とだけ友達になっているようではないようである。 例えば音楽科の制服の女性と医学科(だろう、多分。白衣着てるし)の男性が並んで歩いていたりとか。 スポーツ科の人は私服ばかりなので、優美に聞いてみると 「あの学科は、基本的にみんなラフな格好なのよ。すぐ着替えるから」 という返事が返ってきた。 外部から入って来た生徒はともかくとして、元々BGで育った者たちなどは初等部からの友人の繋がりで、学科が離れた今でも付き合いをしているのだろう。 「ここが食堂なの。わたしが席を取っておくから、2人は注文してきたら?」 「うん、そうする」 IDを持って、弘樹と2人、食券販売機へ向かう。 「ええと、ここにカード入れるのかな」 挿し込み口にIDを入れ、はサンドイッチとオレンジジュースのボタンを押す。 弘樹は悩んだ結果、ラーメンにしたようだ。 頼んだ品を受け取り、優美のところへいこうとすると、目の前を影が走った。 見れば、青い髪の青年が急いで走り去って行くところだった。 なにか急ぎの用事があったのかな? と思いながら、弘樹と一緒に優美のところへ戻った。 「優美ちゃんのお弁当おいしそ……」 人の物を奪い取る趣味はないのだが、ふんわりした玉子焼きやら春巻きやら、非常に食欲をそそられる。 「、下品……」 「酷い! もう弘樹にお弁当作ってあげない!!」 「うわ、ごめん!」 漫才のようなやり取りに、優美がくすくす笑う。 「ちゃんもお料理するの?」 サンドイッチをぱくりと食べ、もむもむ噛んで頷いた。 「優美ちゃんほど上手くないけどね。その春巻きとかも作ったんでしょ?」 「ええ」 事も無げに言う優美だが、春巻きを作るのは面倒くさい――はずだ。 少なくとも、は朝起きて作ろうと思わない。 弘樹はラーメンの汁を少し飲む。 「あの、もしよければ弘樹君とちゃんのお弁当も、今度作ってきましょうか」 「いいの?」 目をキラキラさせ、身を乗り出しそうなの服の裾をひっぱる弘樹。 「迷惑だろ。それに僕の好き嫌いを熟知してるんだから、がちゃんとサボらず作ればいいだけの話で……」 「弘樹君、わたしのお弁当じゃ、だめかしら?」 悲しげな瞳に弘樹が慌てる。 「そ、そうじゃないんだ! でもが作らなくなると、叔父さんも弁当ヌキだし!」 『……弘樹ってさ、素直じゃないね』 ぽつりとナビが呟く。 は首をかしげた。 『なにが?』 『素直にのお弁当がいいって言えばいいのにねえ』 『小さい頃から一緒だから、ホントに好みとか味とか熟知してるもんね』 そういう意味じゃないとナビは言うが、まあいいやと独り納得してそれ以上の会話はなかった。 結局、そのうち作るということに決定したらしく、食事は滞りなく終了した。 放課後、と弘樹は職員棟にいた。 椅子に座っているのは英語の授業でもお世話になっている、担任の乾沙夜香。 一見教師と思えぬようないでたち(まさにセクシー&ドレッシー)の彼女は、薄紫色の髪を手で梳き、来訪者を見やった。 「ちゃんと来たわね。まずは、片山弘樹くん。引っ越してきたばかりで疲れてるのは分かるけど、居眠りは感心しないわね」 「すっ、すみませんでした」 「それで、今日はどうだった?」 あっさり話が切り替わったので、も弘樹もかなり拍子抜けした。 目を瞬かせているたちに、沙夜香はクスリと笑う。 「なあに? 転入初日から長々とお説教する趣味はないわよ。反省もしてるようだしね」 「よかったね弘樹、優しい先生で!」 にこにこ笑む。 弘樹もほっと息を吐いた。 「さて、それじゃあどうしようかしら。……あなた達のことを教えてくれるかしら。あなた達は双子なの?」 2人は顔を見合わせ、そうしてから同時に首を横に振った。 意外そうな沙夜香に、が説明する。 「私は幼い頃に事故で両親を失って――それで、引き取り手がなかったので叔父さんが育ててくれたんだそうです。だから、弘樹との間に血縁関係は全くないんです」 「そうだったの。お会いしたけど、きちんとした叔父様ね」 それを聞いた弘樹が、非常に微妙そうな顔をした後、ありがとうございますと丁寧に礼を言った。 実際、幼い頃の自分についての記憶は非常に曖昧で、どうして片山家に引き取られることになったのかを、は覚えていなかった。 日常生活をする上では問題がないし、気にしても仕方がないことなのだと割り切っているのだけれど。 「学校の勉強はどう? ついていけそうかしら」 「僕たちの通っていた学校より、凄く進んでるんですけど……頑張ります」 「結構。この学校は専門的な学科も多いから、どうしても全体のレベルが上がってしまうのよ。それでも、きちんと勉強すれば大丈夫なはずよ」 も弘樹も頷いた。 そうしてから、はふと周囲を見回す。 「職員室っていう感じではないんですね。個室ですよね、完全に」 沙夜香は頷く。 「ええ、研究室兼って感じかしら。1人1室という割り当てになってるわ」 「今まで見たことがないタイプの学校ですよ」 弘樹の言うとおりだ。 学校の設備なんかも、今までの学校とは段違いだし。 「徐々に慣れていくわよ。――あ、ごめんね、これから用事があるんだったわ」 時計を確認した沙夜香が慌てて立ち上がる。 「話はまた今度にしましょう」 「はい、ありがとうございました」 それでは、と弘樹とは一礼し、職員室を後にした。 校門――アカデミア駅前に着くと、優美が待っていた。 彼女は2人の姿に目を留めると、小さく手を振る。 「優美ちゃん、待っててくれたの?」 まさか待っているとは思わなかったらしい弘樹は、少し嬉しそうな顔をして言う。 「ええ。弘樹君たちと帰ろうと思って」 返す優美も、ほんのちょっぴり赤ら顔だ。 弘樹、もしかしてひと目惚れでもされたんじゃないか? と思いつつ、は2人の後を追って電車を待っていると、弘樹が良太の事について話し出した。 「良太って、自分に本当に超能力があるって思ってるみたいだったけど……優美ちゃんは本当だと思う?」 ナビ曰く、優美も覚醒者らしいのだが――今のところその素振りはない。 弘樹は良太を引き合いに出すことで、優美が本当に覚醒者なのかそうでないのかを見極めようとしているのかも知れなかった。 (多分、ナビがうるさいんだろうなあ……) 思いながら話を聞いていると、優美は、 「良太君はわたしをプリンセスだと思っていて、良太君自身は姫を守るナイトだと思ってるみたいなの」 苦笑しながら言う。 弘樹は目を瞬いている。 「ほら、子供の頃ってそういう空想をよくするじゃない。だから良太君も――」 「空想じゃないぞ!」 割り込んできた声に、は声がしたほうに視線を向ける。 良太がいた。 怒りなのか嫉妬なのか、良太の眉は潜められ、生意気そうな瞳は細められている。 「りょ、良太君」 「オレは本当にヒーローなんだ! 超能力が使えるんだ! 優美姉ちゃんだって知ってるくせに!! もう、襲われたって助けてなんてやらないからな!!」 優美がなにも言えないでいると、良太はと弘樹を睨みつけ、走り去ってしまった。 追いかけるべきか、と一瞬考えるものの、弘樹1人に優美を任せていいものか悩んでしまい、結局その場に残った。 程なくして電車がホームに入って来る。 それぞれ無言のまま、車内に足を踏み入れた。 波もなく進んでます。 2006・10・24 戻 |