Inside Blue 2




JUNE・15

 空港ロビーに到着したは、小さなショルダーバッグを片手に弘樹に問う。
「叔父さんとは、アカデミア学院っていうところで待ち合わせのはずだよね?」
「ああ。でもさ、もう少しマトモな地図を描いてくれるとかして欲しいよな」
 零す弘樹。
 は苦笑した。
 育ての親である片山茂が仕事の都合で先に引っ越しをし、そうしてから送られてきた手紙には、これから住む都市の名前と、線だけで構築された超簡素な地図が記されていた。
 毎度のことなのだが、もう少し地図を丁寧に書いてもらいたいものだとは思う。
「とにかく……まずは学校へ行って」
『弘樹』
 名を呼ばれ、弘樹が途中で言葉を止めた。
 が呼んだわけではない。
 2人は声の主が突然目の前に現れたことに、目を丸くした。
 淡い青色の光に包まれた女性。まさに何もない所からいきなり現れた。
 それだけでも驚きなのに――彼女は弘樹の名を呼んだ。
『……弘樹』
 彼女はひどく悲しげな顔をし、その場から掻き消える。
 は唖然としたまま、けれどどこか懐かしい気持ちになっている自分に若干驚きを感じていた。
 それより――もっと気になるのは周囲の対応だ。
 突然あんな発光体が表れたら誰だって気づきそうなものなのに、周囲はまるで無関心を決め込んでいる。
 それとも。
(……あれって、私たちだけにしか見えなかったのかな)
 そうだとすれば合点がいくが、結局彼女が何だったのかは分からない。
 ちらりと弘樹を見やると、彼と視線がかち合った。
「い、今の見た?」
「見たけど……弘樹の名前を呼んでたよね。知り合い?」
「まさか!」
 だよねえと首を捻る。
 悪い感じはしなかったから、世の週刊誌に出ているような悪霊なんかではないと――思う。
 暫くその場に佇んでいたが、ずっとそうしていても仕方がなく、は弘樹を促して今日すべきことを進めるために歩き出す。

 ブルージェネシス、略してBGの鉄道はメトロライナーという。
 改札にIDを通してプラットホームへ出ると、それほど込んではいないにしろ、割合人出が多いようだ。
 やって来た電車に乗り込み、ワインレッド色の座席に座る。
 何の気なしに窓の外を見てみるが、チューブのようなものの中なのか、くすんだ空色だけが目に映り、風景はないに等しい。
 変化といえば、時たま強い青の光が差し込んで来るだけだ。
 は車内に目を戻した。
「この都市って面白いね。全部ID認識なんだ」
「そうだなあ……長い引っ越しキャリアの中でも、相当変わってるよな。IDが定期券の役割も果たしてるって凄いよ」
「家の鍵もこれみたいだし、財布がなくても、入金しとけばこれで支払いできるみたいだし。失くしたら大変だね」
「……叔父さん、よく今まで独りで生活できてたな」
 叔父である茂は物をよく失くす、という訳ではないのだが、いかんせん日々の生活に無頓着だ。
 一度や二度、IDを失くしていてもおかしくないと思うのは、と弘樹の共通の考えだったりする。
 吊り広告を見やれば、そこには『月刊うむ』の広告が。
 『うむ』は茂が仕事している雑誌だ。
 空想科学雑誌だ、とは弘樹の言だが、にしてみると空想科学というよりはオカルト雑誌の色合いが濃い気がしている。
 今も昔も、茂は『ナイトメア』と呼ばれる存在を立証するために奔走している。
「ナイトメア……悪夢かあ。誰が命名したんだろうね」
 弘樹はため息をつく。
「さあね。案外叔父さんじゃないか?」
 ナイトメアと呼ばれる存在は、人に害を与えるのだと叔父は言う。
 よく分からないが、ナイトメアを語る茂の言動はひどく真面目で、怖いぐらいに感じる時がある。
 悪夢といえば、が見ている夢も悪夢に違いない。
(必ず私を自分のものにする、なんていうあの人は……誰なんだろ)
 もっとも、単なる夢に過ぎないのだから勝手な思い込みか妄想、夢想の類だろうけれど。
 それでも起きて不快――というより不安な気分になるのは頂けない。
『次は、第2階層・アカデミア学院前駅』
 車内アナウンスを受け、立ち上がる。
 列車を降りて殆どすぐのところが改札だ。
「学生の姿が多いね」
 周囲を見回しが言う。
「そろそろ帰りの時間だからじゃないかな」
 弘樹がそのまま改札口を出ようとした――途端に警報音が鳴り出す。
「うわっ!?」
 驚いて慌てる弘樹。
 もどうしたものやら困ってしまっていると、脇あいから声がかかった。
 見れば、茶の髪をした優しげな女の子が立っている。
「どうかしましたか?」
「改札を抜けようとしたら、急に警報が」
「ああ、IDを通してないからだわ」
 言われ、弘樹がIDを通すと途端に警報が止んだ。
 IDが定期券代わりなのだから、改札に通さなくてはいけないのは道理だ。
 は丁寧にその女の子にお礼を言う。
「ありがとうございました」
「いいえ。それじゃあ、わたしはこれで」
 彼女はふわりとした笑みを浮かべると、背中を向けて立ち去って行った。
 隣で固まっている弘樹を肘で突付く。
「弘樹くーん。ひとめぼれ?」
「ばっ……馬鹿なこと言うなよ! さっさと行こう」
 赤くなるやら怒るやらの弘樹に手を引かれ、は小さく笑った。


 駅から出ると広い道に出た。
 案内板が建てられており、事務局はすぐに見つかった。
 中に入ると、休憩のためのソファがいくつかあり、沢山の端末が壁に並んでいるのが見えた。
 弘樹が制服を受け取り戻ってくる。
「さて、これで一応の用事は終わったね。折角だから、どっか見て回ろうか」
「そうだね。ええと……適当に行ってみようか」
 事務局から出て中庭を通っていく。
 薄灰色の、少々湾曲した形の建物に向かう階段の前。
 男性が立っていたのに目を引かれ、は建物を確認する。
 表示には『アカデミア大学施設』とある。
 サングラスをかけて咥えタバコのその人は、雰囲気的には大学生に見えない。
 外部の人だろうか。
 その人を気にした様子もなく、弘樹は大学を眺めている。
「アカデミアは教育関係が一揃いしてるって聞いたけど、大学もやっぱりあるんだな」
「通ってきた道の途中に、やたらとでっかい建物とかあったけど、物理学科って書いてあったしね」
 大学前にずっといても仕方がないので、会話しながら歩き出す。
 アカデミア内には音楽ホールなどもあるようだ。
 が一番驚いたのは医学科。
 今まで数ある学校を渡り歩いてきたが、医学科のある所は初めてだった。
 濃い象牙色の外観を持つ建物を見ながら歩いていると、誰かと肩がぶつかった。
「あっ、ごめんなさい!」
 正面に視線を向けた瞬間に入って来たのは、金色の瞳。
 綺麗なそれに暫し見入っていると、瞳の主が非常に不機嫌そうな声色を出した。
「……おい、初対面の人間の目をじっと見る性癖でもあるのか」
「ありません、そんなの。失礼しました」
 深い青の髪色を持つ彼は、興味深そうにを見ると口の端を上げて笑んだ。
 少し意地の悪い、けれど理知的な感じのする笑み。
 この人モテるんだろうなあと、何となく思ったり。
ー?」
 いつの間にか先を歩いていた弘樹が遠くから声をかける。
 目の前の青年はを見、視線を外した。
「呼んでるのはお前のことだろう。さっさと行け」
「ほんと、ぶつかっちゃってゴメンなさい。それじゃあまた」
 言い、走り出す。
 弘樹の側に駆け寄ってから、自分の発言に疑問をもった。
(……あれ? なんで私、また、なんて言ったんだろ)
 広い学校だし、もう会わないかも知れないのに。
、なに悩んでるの」
「あー、なんでもない。そろそろ叔父さん来る頃だし、駅に戻ろうよ」
「そうだな」
 先程のことは余り深く考えないでおこうと決め、アカデミア学院駅へ向かって歩き出した。






ゲーム流れだけど、ゲーム通りではなく進んでいくと思われます。
2006・9・10