貴方と一緒に






「綾彦さんは泳がないんですか?」
榊原のたてたパラソルの下でデッキチェアーに寝そべっている綾彦に声をかける。
閉じていた瞳がひらき、まっすぐに見つめられはわずかに身をひいた。
その仕草に苦笑しながら、綾彦はそっと手を伸ばしのほほに触れ愛しげに見つめる。
「一緒に泳ぎましょう……?」
綾彦の手を押さえるようにして自分の手を重ね合わせ、おねだりするように囁く。
が、無情にも首は横に振られた。
哀しげにため息をつくをすまなそうに見ながらゆっくりと口を開く。
「あなたの願いならどんなことでも叶えてあげたいのですが……あいにく僕は肌が弱くてすぐに赤くなってしまうんです。
だから、あなたは僕に構わず皆と遊んでいらっしゃい。会えるのを楽しみにしていたのでしょう?」
「……はい…」
諭されるように囁かれ、は素直に頷いた。
今日のことを望んだのは自分であることを思い出したからだ。
それでも残念そうに、膝についた砂を払いながら立ち上がる姿に綾彦は思わず手を伸ばしていた。
不意打ちで腕を捕らえると、不思議そうに振り返る少女を抱き寄せて甘いキスを送る。
「あ、綾彦さん……!」
「嫌でしたか?」
顔を真っ赤にさせている恋人に笑いながらたずねる。
案の定、はそれ以上何も言えなくなり、おとなしく首を否定の形に振った。
その答えに満足そうに目を細めると、綾彦はそっと腕を離して解放した。


B.G崩壊後。
全くといっていいほど交流のなくなったかつての仲間達を懐かしがるのために、綾彦は今日のこの計画をたてた。
本当に、唯一人の願いのために……。
桐生院家が有する別荘の幾つかをピックアップして場所を選び、全員に招待状を送ったのである。
皆、また会いたいと思っていたのかほとんどのメンバーがこの海に集まった。
そのことには大変喜び、その笑顔を見て綾彦も幸せな気分に浸ったのである――。


そんなことを思い返しながら、綾彦は自然にの姿を目で追っていた。
出逢った時から予感があった。
そして、心惹かれるままに手に入れた……。
あまり人といることを望まない自分が、唯一求めた少女。
無邪気に微笑みかけてくれる、大切な恋人。
綾彦は今自分がどれだけ幸せか再認識すると、ゆっくりと横になり再びその目を閉ざした。


一方、はかつて仲間だった者たちと楽しい時を過ごしてはいたが、やはりどこか浮かない顔だ。
時々綾彦の方を振り返ってはため息をついていた。
そんな様子を見かねて、妹の深雪がの手を取る。
驚いて見上げてくる少女を海へと誘った。
「お兄様のことを気にしていたら、思い切り遊べませんわよ」
くすくす笑う深雪にぎこちない笑みを返す。
並んで泳ぎながらもは綾彦の方を気にするように見つめている。
「そうだけどさ……やっぱり、好きな人と一緒に過ごしたいじゃん…」
言いながら、切なげな瞳を深雪へと移す。
の本心に深雪は思わず絶句した。
あの兄をここまで想ってくれる女性が現れようとは思っていなかった。
しかも相手は自分の大の仲良しであり、同じ力を持つ仲間だ。
これ以上嬉しいことがあるだろうか……。
そりゃあ妹としては複雑だったし寂しいが、になら兄を任せられる。
ちょっと先走ったことを考えている深雪をよそに、は相変わらず綾彦を見つめていた。
どんな楽しい時間も、綾彦がいないとすべて味気なくなってしまう。
そのことを思い知らされながら、いつまでも波間に漂っていた。
このままでは、海に来た己の目的が果たせない、と悩みながら――。


―夜―
綾彦は夕食後、仲間と団らんするでもなく一人割り当てられた部屋にこもっていた。
窓の外に広がる海を目を細めて見つめながら、優雅にソファーに腰をかけてワイングラスを傾けていた。
未成年の飲酒にとやかく言われる家風ではないようである。
グラスを満たしていた琥珀色の液体を味わいながら飲み干すと、そろそろ横になろうかと考え立ち上がった。
ちょうどその時、控えめなノックの音が静かな室内に響き渡る。
「……誰です?」
つい、屋敷にいる時のくせで詰問のような口調になってしまう。
扉の外には戸惑ったような気配があるだけで答えようとはしない。
綾彦は内心、しまった、と舌打ちしていた。
自分の別荘であるため、反射的に使用人に対する口調が外に出てしまったのだ。
自分ともあろうものが油断した……。
仕方なく扉を開けようと歩を一つ進めた時、怯えたような声が聞こえた。
「あ……あの…私です、綾彦さん…」
わずかに口ごもりながら答える少女の声に、綾彦は目を見開いた。
あろうことか、扉の外にいる人物は自分がこの世で最も大切にしている少女だったのだ。
幾分慌てた様子で扉に飛びつき、カギを開けるのももどかしいように引いた。
そこには、少し不安そうなの姿があった。
「綾彦さん……」
出てきてくれたことへの安心からか、はわずかに強張っていた体の緊張をといた。
「あなただったんですか、すいません。つい家にいる時のくせが出てしまって……本当に申し訳ない」
「あ、いいんです。大丈夫ですから」
首を振り、穏やかに微笑むの顔を見つめ、ホッとしたように綾彦も顔を上げた。
「それで…どうしたんです?こんな時間に……」
ちらり、と見た時計の針はすでに23時をまわっている。
昼間から遊び通しだった者は、すでに就寝していておかしくない時間だ。
そうでなくとも、ここは都会から離れた所にある。
移動してきただけでも体力を使うというのに……。
「……あの…外、行きませんか…?」
「…え……?」
「……夜の、海が見たいんです……一緒に…」
綾彦はの言葉に面食らいしばし絶句した。
なぜ、今このようなことを言い出すのかが理解できない。
「…それなら、窓から見ればいいでしょう?ガラス越しが嫌なら窓をあければいい。……外へ行く必然性を感じませんが?」
訝しげに眉を寄せながら答えると、は黙って俯いてしまった。
ますますわけがわからない。
綾彦はしばし逡巡した後、そっとあごを持ち上げ正面から視線を合わせる。
優しく見つめると、何故外へ行きたいのかを訊ねた。
その問いには言葉を詰まらせ視線を反らす。
だが、そんなこと綾彦が許すはずがない。
あごを掴む指に微かに力をこめると、諦めたように視線は自分へと戻された。
そして、おずおずとその可憐な口が開く。
「……笑わない?」
そんな内容なのだろうか…。
本気で考え込んでしまった綾彦だったが、そっと指を離した後ゆっくり頷いた。
疑問よりも好奇心が勝った。
視線だけで先を促すと、はまだ迷うように視線を彷徨わせてから綾彦を見つめる。
「……綾彦さんと、波打ち際を歩きたいんです…」
夢見るような口調で告げられ、綾彦は瞬いた。
思考が中断しそうになるのをなんとか回転させ、の言葉を反芻する。
「……何故…?」
なるべく、少女を傷つけないような言葉を探して問い掛ける。
は目を閉じ、遥か昔を思い出すように再度口を開いた。
「まだ、私の両親が生きてた頃見た映画に、そんなシーンがあったんです。もう題名も何も覚えてないけど……。
幸せそうな恋人同士が、波打ち際をただ歩いてるんです。そこだけは鮮明に覚えてて…。
幼心に、思ったんです……いつか大きくなって、好きな人ができたら…こんな風に歩いてみたい、って……」
「……それで、昼間も僕を誘ったんですか?海へ…」
「はい……小さい頃からの夢だったんです…大好きな人と波打ち際を歩くことが…。
でも綾彦さん、日の光りがダメだって言うから、じゃあ夜なら大丈夫かな…と思って……」
自分の反応を伺うように見てくるに、思わず微笑んだ。
こんなに愛しく思う者ができるなど、考えたこともなかった。
必死に己を見上げてくるその華奢な体を宝物のように抱き寄せ、柔らかな髪を撫でて抱擁する。
「……子供っぽいけど、私の夢なんです…叶えてくれますか…?」
微かに潤んだ双眸が不安の色を湛えている。
綾彦はそっと触れるだけのキスを送るともう一度抱きしめてほおずりをした。
「あなたの願いなら、僕の力の及ぶ限り叶えてあげますよ……すべて…」
「綾彦さん……」
嬉しそうに微笑むに、手近にあった己のシャツを着せる。
夜風はあまり肌によくない。
はその意を汲み取ると、素直に礼を言って袖を通した。


皆に気付かれないようにそっと別送を抜け出し、2人は並んで砂浜に降り立った。
聞こえてくるのは波の音だけ、という静かな夜である。
は、ふと視線を上空へ移し、満点の星を見上げた。
そのあまりの素晴らしさに目を奪われ、自然と感嘆のため息を零すが、すぐに我に返ると視線を海へと戻した。
今夜は天体観測が目的で外に出てきたのではない。
少し先で己を待ってくれている綾彦の元へと駆け寄ると、はやる胸を抑えそっと一歩を踏み出した。
なんてことはない、恋人とただ並んで波打ち際を歩くだけの行為である。
だが、そのなんでもない事がにはたまらなく喜ばしい事だった。
幼い頃からの夢を、世界一優しい恋人が叶えてくれたのだから……。
しばらく2人は無言で歩を進め、お互いの至福の時を満喫していた。
が、次第には物足りなくなり、いつしかその視線は隣を歩く綾彦の腕へと注がれ始めていた。
…組みたいな、腕…。
自然に胸に浮かんだ欲求にはほほをわずかに赤らめる。
ちらちらと盗み見ては、迷うといった行動を繰り返した後、思い切っては綾彦の腕へと手を伸ばした。
うまくいけば、両手でぶらさがれたはずである。
しかし、の手は虚しく宙を切っただけであった。
わずかに綾彦が身を引いたせいである。
その口元にはからかうような笑みが刻まれていた。
が何を考えているのかなど、すべてお見通しと言わんばかりに……。
すぐにそれに気付いたは、意地悪をする恋人にほほを膨らませあらぬ方へ顔をむけてしまう。
完全に臍を曲げられてしまったというのに、綾彦は変わらず楽しそうに微笑んだままだ。
笑いがおさまるのを待って、綾彦はすねているの肩にそっと手を伸ばした。
力強く抱き寄せて歩き出せば、驚いたような顔が自分を見上げてくる。
それはそうだろう、綾彦はこのような行動に出たことが一度もなかった。
この2人、キスはするくせに手をつないだことはなかったりする。
目を丸くしているに、微かに頷いてみせる。
それだけで、綾彦の言わんとする意図を汲み取ると、は勇気を出してそっと綾彦の腰に手をまわしてもたれかかった。
寄り添うシルエットは、ただ静かに波のそばを歩いて行く…。
「……綾彦さん…」
「?なんですか?」
不意に足を止めたにならった綾彦が、首を傾げるように訊ねてくる。
はじっと、背の高い恋人を見上げながら呟くように告げた。
それは、今日一日思っていたこと、そして、毎日願っていること……。
「……名前…呼んで下さい…」
「………?」
「綾彦さんに名前呼ばれるの、好きなんです……でも、綾彦さん滅多に呼んでくれないから…」
すねたように口唇を尖らせる少女を愛おしそうに抱きしめながら、綾彦はその耳元に口唇を寄せた。
「………」
囁くと、しがみついてくる腕に力がこもる。
綾彦はその腕の中にいる存在を守るようにきつく抱きしめると、幾度も名前を呼んだ。
の望むままに……。
「……愛しています、…」
「私も、です…綾彦さん…大好き……」
「未来永劫、を愛し続けますよ……僕の唯一の愛しい人…」
「……綾彦さん…」
照れたようにはにかむに優しく微笑む。
「…来年も、来れるといいですね…こうして、と波打ち際を歩きに…」
「はい……また来たいです…」
「再来年もその先も、ずっと…と……」
言われた意味に気付き、は自然とほほを赤らめた。
向けられる優しい眼差しに、頷いて答えを示す。
ふと気が付くと、綾彦の端正な顔がすぐ近くにきていた。
はすぐに反応し、わずかに顔を上向かせ目を閉じる。
同時に柔らかな感触が口唇へと舞い降りた。
自然との腕が綾彦の首へとまわされる。
だが、触れるだけのキスはいつも一瞬で離れて行ってしまう。
実はは、綾彦に名前を呼ばれるのと同じくらいこの優しいキスが好きだった。
今も、すぐ離れてしまう口唇に物足りなさを感じている。
いつもならば絶対にしないのだが、今夜のは夢が叶ったため少し思考回路が浮かれていた。
だからできたのかもしれない……自分から口づけるなど。
……」
「…もっと、綾彦さん……もっとキスして…」
首にまわした腕に力をこめて引き寄せ、もう一度口づける。
綾彦はこの大胆な行動に苦笑しつつも、力強く抱き寄せ啄ばむようなキスを繰り返す。
の願いを、今まで叶え続けてきたのと同じように……。
“ずっとそばにいてね、綾彦さん…”
の囁きに、綾彦は熱いキスで答えを返した……。





葵「何はともあれ、綾彦ドリーム無事に上がってよかった×2♪」
綾彦「ほう……あなたはこれをドリームと呼べるのですね…?胸を張って?」
葵「うっ……!!そのツッコミはひどいわ綾彦…(泣)」
綾彦「そうですか?事実を言ったまでですが」
葵「無表情で事実しか言わない奴なんか嫌いだ〜!!」
綾彦「プレイ中一度も僕を仲間にしなかった人の言葉など聞く耳持ちません」
葵「ごめんなさい(平謝り)」
綾彦「次回作は期待してもいいんでしょうね(じろり)」
葵「……つ、次があれば…あはははは(乾いた笑い)」
綾彦「クモノシライト」
葵「クモは嫌ああああああ!!(逃亡)」
綾彦「やれやれ……当事者が消えてしまっては後書きも何もないですね。最も、こんなの後書きとは言えませんが(くすり)それでは、また後で…部屋で待っているからね…(にっこり)」


2001/8/20

back