THANATOS





 最後かもしれない

 だから

 あなたを知りたいと思った




 タナトスを倒し、ナビと葵さんはサーカディアへ戻った。
 片山弘樹の兄、片山弘一を助け、タナトスだけを倒せたのだと思った―――…が。
 タナトスは、弘一の中で息づいていた。
 ナビもいない状況だが、弘樹は弘一のイデアへ入ることを決意。
 も弘樹について、イデア内部へと入っていった……。

「…イデアの中で迷うのってヤバイんじゃなかったっけ。」
 いつの間にか一緒にいたはずの弘樹の姿は消え、は1人でイデアの中を漂っていた。
 正確には形をなしていないのでエーテルの中、という表現が近いかもしれない。
 どこまでも蒼い世界。
 不安でたまらないはずなのに、大好きな弘一兄の意識下だと思うと多少不安も消える。
「…さあ、どうしよう。」
 暫く悩んでいると、自分の背後に気配が現れた。
 ……振り向かずとも、にはそれが誰だか判った。

「…初めまして、かな…タナトス。」

 風が、の髪を撫でた。


「それが、あなたの本当の姿?」
 昆虫、という言葉が一番似合うのではないかというその姿をじっと見つめる。
 晃…否、タナトスは、エーテルに揺られるようにしてに近づく。
 それでも恐れる素振りすら見せない彼女に対し、タナトスは少しばかりの苛立ちを覚えた。
 今までは、片山弘一の体……外見を見ていたから、姿を見て恐れる事はなかったろう。
 それは分かる。
 だが…今のこの姿…タナトスとしての姿を見てもなお、欠片も怖がらないという彼女の心理が分からない。
 タナトスは、ゆっくりと言葉を吐き出した。

「…これが、僕の姿だよ。全てを消そうとする者の姿だ。」
 “そっか”といつもの通りの微笑を浮かべる
 どうして、普通でいられるのか。
 自分が彼女を傷つけないという確たるものはなにもないというのに。
「何故、君は怖がらない?僕のこの異形の姿にも恐れる素振りすら見せないのはどうしてだ?」
 タナトスの言葉に、考える素振りすら見せずには答えを返した。
「だって、あなたは御剣さんだもの。」
「……?意味がわからないな…。」
 タナトスにとって、御剣晃という者は存在しない人間。
 物質界で不便だからとつけた名前にすぎない。
 だから、今のの発言はなにを意味しているのか全くわからない。
 といるといつもそうだったが、自分は彼女に対して不思議に思うことが多かった。
 向こうも、こちらに対してはそうだろうが…理解が出来ない。
 タナトスには、その“理解が出来ない”が興味となって態度に表れた。
 周りからは奇妙な愛情に見えたかもしれないが…彼にとっては純粋に知りたいという欲求だった。
 初めてその身が感じた“サーカディアと融合させ、物質界を壊す”以外の欲求だった。
「…うーん…タナトスとしてのあなたには、晃っていうのは単なる名前かもしれない。
でも、私には物質界に一固体として存在する“人”なの。…だから、姿が変わっても……。」
「分からないな…確かに声は晃かもしれない。だが……本当の姿はこっちだ。」
「…ホントウってなんだろね。」
「?」
 はタナトスに触れ、優しく撫でた。
 振り払いもせず、なされるままにそれを受け入れるタナトス。
「…自分にとってのホントウが、真実かどうかなんて分からないよね。もしかしたら、全然違う自分を望んでいるのかもしれない。
 …それに、晃なんていないって言うなら…私は偽者の…存在しないアナタと話をしていたことになるのかな。でも、私にとっては…どれも本当なんだよ?今、こうして話しているあなたも…。」
「……。」
 から見ると、タナトスはとてもかたくなで…だからこそ強く、そして、脆い。
 ガラスのような壊れやすさが、彼にはある気がした。
 己の欲求に…融合という名目に背を向けたら、彼は彼ではなくなるのかもしれない。
 タナトスが晃と名乗っている間は、なんら人と変わりがなかったと言ったら、彼はどう思うのだろうか。
「…僕がもし、この姿で君と知り合っていたら…それでもはこうして話してくれたかい?」
 今更どうしようもない。
 敵として対立している2つの存在。
 けれど、はタナトスを抱きしめた。
「さぁ…どうかな…、でもね?」

 嘘偽りのない言葉。
 タナトスを止める事も、癒す事もできない言葉。
 それでも、伝えておきたい言葉。

「…どんな姿でも…あなたはアナタだよ。」

 タナトスはにほほをすり寄せ、低く囁いた。
「…君への最後の贈り物だ…君の大切な幼馴染を…全力で消してあげるよ…。」
「弘樹は負けないよ……負けないから。」
「………どうかな。」
 するりと手を離し、タナトスから離れるに、彼は視線を送る。
「…それじゃあ…またね…。」
「……タナトス…。」


 ――また。
 また会う時が…最後になる。
 消すか  消されるか。
 唯  それだけ。


 ゆっくりとお互いに背を向ける。
 は、目を閉じて弘樹の意識を探した。

 タナトスもまた、決着をつけるため、弘樹を探す。

 もう、戻る事はできないのだと感じながら――





久々…でもないかもしれないですけど、やっとこ更新。そしてまた、普通に後書き(汗)
ちょろっと暗めです。
なにが言いたいのか全くわからなさ気なのは、私の文章能力の欠乏の為です(泣)
最初の段階では、タナトスと戦って、消滅させないで物質界に引っ張ってこようと思っておりました。
ですが、ちょろっと躊躇しました。
このままの方がいいのかな、とか、色々考えまして。
お見送りっていう形にしました。ので、そのうち書くかもしれないです。無理矢理救う話を(爆)

2001/7/28

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