お茶どうぞ は、自分の目の前にいる人物を見てめまいを起こした。 『なっ…何で、何でこの人がここにいるのー!!?』 「やぁ…。」 しかも、当のご本人は何事もないように名前で呼んでくる。 今、この瞬間が夢であってほしいと切に願う。 御剣晃。 それが、今、この時、の目の前にいる人物。 科学庁の人間で、凄く偉い立場の人で、でも、敵であるタナトスでもある。 覚醒した人間を、ナイトメアに食わせている張本人。 そんな人が目の前にいきなり現れたら、びっくりするに決まっている。 「な、何のようですか?」 「これはご挨拶だな…。」 いつもの不敵な笑みをこぼしつつ、に近づいてくる晃。 逃げ出したい気分で一杯の彼女の前に立つ彼。 本気で逃げ出したところで、晃には…タナトスにはかなうはずもない。 あっさりと追いつかれてしまうだろう。 「…私をナイトメアに寄生させる気?」 目の前に現れた、その理由を考えると、どうしてもそこにたどり着く。 だが、心底心外だという感じで首をすくめる晃。 「そんなことをしに来たんじゃないよ。」 「じゃあ、何をしに来たの。」 としては、何の用事だか知らないが、とにかく早く済ませて欲しかった。 どうも、精神的によろしくない。 いつタナトスとしての本性を現し、ナイトメアに寄生させようとするとも判らない相手なのだ。 「少し話をしたいと思ってね。」 「…寄生させないで、仲間に引き込もうっての?」 「そうじゃないよ。」 首をすくめて、ちょっとすねた素振りを見せる。 「本当に少し話をしたかっただけなんだよ。」 いつもの不敵な笑みもなりを潜め気味で、目の前にいる人物は誰だ、という感じの。 このままずっと此処にいても、彼は帰りはしないだろうという結論に達し、とりあえず、話だけ、という約束で彼についていくことにした。 晃とは、学校の近くにある喫茶店に入った。 ブルージェネシスの学生がよく立ち寄る喫茶店で、結構にぎわっている。 大体、覚醒した面子で、時間のある時に立ち寄っているのだが…。 どうも、今日に限って周りの空気がおかしい気がする。 そう感じているのは、だけなのだろうか。 「何がいいかな?」 「あ…うん、じゃあ、コーヒー…。」 普段は余りコーヒーは飲まないのだが、お子様と見られるのもなんとなく癪だったので、はちょっと無理してコーヒーを頼んだ。 飲めないわけではないので、問題はないが。 暫くしてコーヒーが来ると、は頂きますをして、こくんと一口飲んだ。 ここのコーヒーはちょっとばかり苦め。 でも、飲めない程じゃない。 「………。」 それにしても、どうも周りの視線が突き刺さる。 無理もない、とは思った。 何しろ、科学庁の、それも、結構な有名人が女学生と一緒にお茶しているのだ。 はたから見れば、のほうが晃を誘ったと見えるか、または彼氏と彼女に見えるか…。 どちらにしても、相手があの御剣晃というところで、普通には見えないのだろうが。 「それで、何を話すんです。」 「いや、別に気取って話す事などないのだがね。…君には好きな人というのはいるのかな?」 「…は、はぁ!?」 余りに唐突な質問に、思わずあきれ声を上げてしまう。 「そ、そんなの…貴方に何の関係がー…」 「僕は、君のことを気に入っているんだよ。」 すばらしく簡潔な言葉にあきれてものが言えない。 「それ、は…どうも…。」 晃の顔を改めて見る。 世の中では美形と分類されるのであろう。 一目見ただけで、ため息がでそうな容姿だ。 科学庁の服を着ないで私服でそこらを歩いていれば、まず間違いなく逆ナンパに会う。 芸能界スカウトもあたりまえのように来そうな感じ。 だが、信用や信頼をすることは、には出来ない。 なぜなら、彼はタナトスで、敵で、からはもっとも遠い人間だからだ。 世界の破滅を望む者と、世界を守ろうとする者との違い。 自身は、世界を守る、ということを余り堅くは考えていない。 もともとの性格もあろうが、じゃあ、世界を守りましょう!と意気込んでみたところで、何も変わらない事を知っていたから。 だが、晃という敵を目の前にしてみれば、は世界を守る方の人間だとしっかり判る。 それにしてもコーヒーを飲む姿さえなんとなく、キマっている晃に、心底感心した。 これで、普通の人間なら、心底ほれ込んでいるであろう。 というか、一目ぼれしているに違いないとは思っていた。 そんな彼女の視線に気づいたのか、にやりと不敵な笑みを浮かべる晃。 「見惚れてるのかな?」 「っ!違います!」 なまじ違うとも言えないのだが…は思い切り否定した。 ここで弱味を見せると、後で何がくるかわかったものではない。 「片山君は元気かい?」 いきなり別の話題を振られて驚くが、慌てる素振りを見せずに答える。 「元気です、最近よく一緒にいますけどね。」 コーヒーを飲み干し、ご馳走様、とカップを置く。 最近一緒にいる、の台詞に、晃がぴくんと反応した。 なんとなく、晃の表情が険しくなる。 「…御剣さん?」 「片山君と一緒にいるのが多いのか。」 「??仲間ですし。」 「…………。」 急に押し黙った晃を見て、は不安になった。 なんか、凄くタナトスな雰囲気がかもし出てきている。 どういうのがタナトスな雰囲気かと聞かれると困るのだが、なにやら恐い感じ、ということにしておく。 「あ、あの?」 「出よう。」 の手をとると、晃は会計を済ませて喫茶店をさっさと出て行く。 何がなにやらさっぱりの彼女をつれて来たのは、のマンションの前だった。 片山弘樹を筆頭に、を含め何人かの能力者がいる。 タナトスの気配に気づいても良さそうなものだが、近くに誰もいないのか、出てくることはなかった。 「…御剣さん、あの…おごってもらってありがとうございました。」 「いや。」 なんとなくタナトスモードの晃に、少々びくつきながらもお礼を言う。 「それじゃ、また。」 言って、去ろうとした晃は、忘れ物でもしたかのようにに近づいてきて…いきなり頬にキスをした。 「みっ!御剣さん!!!」 真っ赤になって離れるに晃は微笑む。 「お別れのキスしてなかったからね。」 「………。」 「それじゃあ、また会おう…。」 敵だからこそ強引で、人の目を引いて…。 強いっていうのはああいう人を言うのかなあ、などと考えてしまう。 御剣晃。 彼が何をしに来たのかは、にはまったく不明であった。 晃としては、に悪い虫がつかないようにしに来ただけだったりして。 とりあえず、危険なのが自分の弟である弘樹であることは判明したので、ご満悦のようだ。 「…あとは影守あたりが少しやばいかな…。」 晃ノートは、情報が色々乗っている。 それを知っているのは、葵さんと一部ナイトメアだけだったりする。 2001/5/27 ■back■ |