籠の中の鳥(後)





「……やっと開いた…。」

 ぜーぜー息をきらしながら、のっそりと通路に出る。
 は騒ぎに気づいた研究者やらなにやら、片っ端から気絶させていく。
 数はそれ程でもないにしろ、ナイトメアもいるのだから性質が悪い。

 出たはいいが、完全に迷ってしまっていた。まるで迷路。
 ナビシステムか何かがないと、多分内部にいる人間だって迷うのではないかというぐらい、部屋数も多いし、通路も多い。
 そのうえ、ID認識なのか、開く扉も数が少ない為、はその度にいちいちエーテルを使って、ドアを壊していかねばならなかった。
 だが、いくら弘樹や覚醒した仲間と訓練している、とはいえ…エーテル量だって限界がある。
 これ以上、むやみやたらに放射でもしたら、エーテル欠乏になりかねない。

「…どうしよ…。」
 参ったなぁと頭をかいていると、突然の肩を掴む人物が。
 後ろを振り向いて、思わず息を呑む。

「…み、つるぎ…晃っ!」
「やぁ…随分とお困りの様子だね…まったく、部屋のドアも壊して…。」
「かっ、監禁なんかするからでしょ!?貴方が私をここへー……」
 困ったような顔をしている晃に、口を止める
「…確かに、連れて来るように言ったのは僕だ。だが、君を守る為なんだよ。」
 敵である晃に“守る為”とか言われて、少々パニクる。
 どっちかと言うと、“守る”という立場より、”攻めて来る”立場の晃…敵の親玉に言われたのだから、無理もない話なのだが。
「僕の父が君を敵視している。車で引かれそうになったりしただろう?」
「はい…。」
「このままでは危ないから、僕の手の届く範囲にいてもらおうと思って。」
 どうも全部は納得できないだったが、助けてくれたのは事実なのかも、ということで、素直に礼を言う。

「…あの、帰りたいんです…ケド。」
「もう少し時間がかかるんだ。…あと2,3日ぐらいいてくれるかな?…っと、立ち話もなんだ、僕の部屋へ行こう。」

 驚いているをよそに、その手を掴んで引っ張って歩いていく晃。
 なんつー強引な男だ、と思いつつ、科学庁の警備では晃の力がないと外まで出られないとわかった為、おとなしく引きずられて行く。
『なんでこーなっちゃったのかな…。』
 額に汗するがいた。


「コーヒーでいいかな?」
「…はい。」
 てきぱきとコーヒーを入れる晃。
「砂糖はいらなくて、ミルクがいいね。」
「…え…?」
「君は、ブラックは苦手なのだろう?」
 いつ、自分流の飲み方を教えたかと考える。
 …否。教えていない。
「…どうして、わかったんですか?」
 それも、砂糖が不必要、と、細かく判られているから、ビックリ。
「以前おごった時、ブラックコーヒーを少し苦そうにして飲んでいたからね。」
 洞察力の鋭さに、更にビックリ。
 さすがに常人離れしているなぁ、なんて考えてしまったりする
「…でも、砂糖いらないなんて…よくそこまで…。」
 ちょっと感心するに、晃は表情を変えず、「まあね」とだけ答えた。
 …本当は、昔からそういう飲み方をしているのを知っていたのだが。
 それに、コーヒーは余り飲まないということも。

「…あの、私いつになったら帰れますか?」
 不安そうに聞く
 晃はクスっと微笑み、2,3日中には必ず、と答えた。
 学校も無断で休むことになってしまうのだろうか、と不安になっていると、その意を察したのか大丈夫と晃が告げた。
「科学庁に呼ばれてるんだ、無断にならないし、一応出席にはなるよ。」
「…さすが権力か…、今の私はその科学庁の権力に消されそうになって、同じく権力に守られてる、と。」
「まぁ、そういうことだね。…そんなに悲観しないで、時間はあるんだ、勉強でもしたらどうかな?」
 とはいえ、のカバンは取り上げられている。
 まぁ、カバンの中にも、教材といえるものは殆ど入っていないのだが。
「僕のを貸そう。」
 はいっと渡された本は……ものすごく難しかった。
 思わず眉間にしわのよる

 影守さんや大塚君ぐらいでないと…きっと判らないであろう用語の数々。
 がこの街に来て思ったのは、皆さん頭がよろしいということだった。
 そりゃあ、多分努力の賜物だろうし、普通の人もいる。
 けれど、余りにもダレてる人間というのは見たことがない。
 いつも何かに必死。
 余りにもダレてるというか…人間として危険な思想の持ち主は、もしかしたらナイトメアに寄生されてー……なんて考えてしまうが、その辺はの想像だから全く確証はない。
 街に出れば、いろんな人間がいる。
 普通の不良さんだっているのだから、その辺に関してはまだ街だが…そういう方々も科学庁には逆らえない。
 要するに、科学庁の邪魔をした人間は、寄生される、と、そういうことだろう。
 ……自分が、その科学庁の邪魔をしている人間で、しかも、御剣恭一郎に睨まれているのを思い出し、は、今目の前にいる人物が、急に恐ろしくなった。
 話が本当なら、彼は守ってくれているのだろうけど。

「…あの、御剣さん、全くわからないです。」
「そうか、じゃ、これは?」
 といって渡されたのは、これまた凄い英文の羅列。
「…これもダメです。」
「じゃあ、コレ。」
「?」
 渡されたのは、なにやら科学庁の図面。
 出口とか入り口とか…、なんか色々書いてある。
「これって、科学庁の間取り…ですよね?」
「そうだよ。」
 敵の自分にこんなのを見せていいのだろうかと、人事ながら思う
 晃はそれに気づき、笑った。
「君たちがもし、ここに侵入するとすれば、そんな場所だけ覚えていても無駄だよ、書いてないところも沢山ある。」
 それにしたって…と、言いたい所を堪える
 覚えていて損をすることはあるまい。
 …この図面が、すべて真実を描いているとすれば、の話だが。
「さて、僕はちょっと仕事をさせてもらうよ。」
「あ、はい…。」
 晃は自分のデスクにつき、なにやら書類に目を通し書き込んでいく。
 はというと、図面を覚えるのに必死。
 数十分後。
 さすがに疲れてか、は図面から目を離した。
 ふぅっとため息をつき、今や完全に冷めたコーヒーを飲み干す。
「……。」
 ふと晃を見ると、まだ仕事をしているようだ。
 することもないので、ボーっとしながら晃を見ていると…。

 …書類を見て、真剣な目で仕事をしている彼の姿。
 その姿はとても自分よりひとつ年上とは思えない。
 肘をついて手に顎をのせてみたり、時折、鬱陶しそうに髪をかきあげるその姿は…なんだか凄くかっこよくて艶やかで――…は目が離せない。

「…そんなに人の顔をじっと見るものではないよ。」
 デスクに向かったまま、視線すらよこさず晃に言われ、ハッとなる。
 いつもの皮肉気な微笑をたたえ、晃はの方を見た。
「…たっ、タナトスごときに私が見惚れるわけないっ!!」
 本人を目の前にして“ごとき”とは、中々凄い発言ではあるのだが。
 言われた当人はさして気にも解さず、書類を整理して微笑んだ。
「でも、君達はその“タナトス”の足元にも及ばない。」
「……。」
「君だって、僕の手にかかれば、ナイトメアにあっさり喰われるだろうね。」
 晃の発言に、恐怖とともに怒りを覚えたは、気づくと致命的発言をしていた。
「なら、さっさとそうすればいいじゃない!……………あ。」
 晃の目が鋭くなる。その目が恐くて、は思わずベッドの端へと寄った。
 まぁ、冷静に考えれば、ベッドの端は壁だったりするので、自分で自分を追い詰めているのだが。
 …それに、結局晃がいないと、ドアは開かないし。
「み、御剣さん…。」

 晃の手が迫ってくる。
 はきゅっと目を閉じた。

「……。」
 彼の手が頬に触れた。
 びくっと体を振るわせるに苦笑いし、耳元で囁く。

「…そんな事したら、楽しみが減ってしまうだろう?」
「えっ?」
 思わずが目を開くと、目の前に晃のアップ。
 赤くなり、後退ろうとするが、あいにくと後ろは壁。
 逃げる場所などありはしない。
「たっ、楽しみって…。」
「………。」

 どどど、どうしよう、本当にナイトメアに喰わせられちゃうのかなっ。
 余計なこといわなきゃよかったかなっ。
 でもでも、仲間の事言われたりしたしっ。
 足元にも及ばないとか、凄いこと言われたしっ。
 た、戦わなきゃ駄目かな……。
 …か、かなわないと思うけど。

 …は頭がぐるぐるしていた。
 ――が。
 ぶにっとの頬をつまんで、引っ張って放す。

「なっ、なにするんですかっ!」
 ほっぺを赤くし、むぅっとした顔をする彼女に、さも面白そうな顔をする晃。
「…?」
「ナイトメアなんかに喰わせたら、こういう風にコロコロ変わる表情を見れなくなるからね。」
 その発言に、は更に赤くなり、そっぽを向く。
 晃は苦笑いし、の顔を自分の方へ向かせる。
「あっ、あのっ…。」
「…………。」
 恐いぐらい真剣な目で射抜かれ、は動けなくなった。
 晃が次第に近づいて来る。
『キス、されちゃう…。』
 頭では判っていても、体は反応してくれない。
 タナトスなのに、どこか優しい晃に魅了されている

「…僕は…。」

『駄目だよ、この人敵なんだから……。』

「…君を……。」

 ――あと、ほんの少しで触れる、という所で……

「「御剣博士、リアクターまで至急…」」
 突如室内に流れるアナウンス。
「…………。」
「「長官がお呼びです、大至急…」」
 ヤレヤレ、という顔でから離れる。
「…僕はちょっと出てくるよ。」
「あ、はい。」
 まだ少しポーっとなりつつ、返事を返す。
 内心、よかったと安心している彼女がそこにいた。
「…いい子にしておいで。」
 と、頬にキスを1つ落として出て行く晃。
 焦るを置いて、部屋を出る。
 …部屋を出た瞬間に、不機嫌モード。
「……よくも邪魔してくれたね、お父さん…。」
 怒り沸騰状態の晃。
 そのころ、呼び出した父は、なにやら嫌な寒気を感じていたという。

「…はぁー……び、びっくり、した。」
 晃にキスされた頬に手を当てて、鏡を見る。
 明らかに真っ赤。
「…早く家に帰りたい。」
 余りの恥ずかしさに、晃のベッドに潜り込んでまるまってしまうがそこにいた。

 彼女が家に帰るには、その後4日を要したという。
 理由は……晃の執着心とでも言っておこう。







補足説明。
えー、後書きというか、女主(さん)の設定なのですが…
以前、ブルージェネシスに住んでいて、晃(弘一)と弘樹、葵さんと清一さんと、面識があることになっております。
茂叔父さんとも面識アリです。
さんも、例の弘樹の誕生日の事件の時一緒にいて、弘樹が怪我する所を見ています。
その時、両親はもう亡くなっております。ので、茂と弘樹と、一緒に生活していた…っつーことで。
今は別部屋かりて住んでいますが……ああ、なんという身勝手な設定…。
その辺の事は、その内ちゃんとSS上とか、設定ページとかつくろうと思ってますが…。
まぁ、お話と深く絡める為、と、大きな心で許してやってください。
よろしくお願いします〜。
次こそ影守さんを!

2001/6/2

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