想いは祈りより強く 「さん、12月24日のイブはいかがお過ごしですの?もしよろしければ、我が家においで下さいまし。 弘樹さんも皆様も来て下さることになってますの。ですから、さんも……」 「深雪ちゃん。……うん、ありがとう……でも私、その日は予定入ってるの。せっかくだけど、ごめんね」 穏やかに微笑むに、かすかに眉根を寄せる深雪。 彼女の恋人であった御剣晃は、儚くなってもう随分経つ。 それなのに、イブという日に一体何の予定が入っているというのか。 「……心配してくれて、ありがとう」 その微笑みからは、恋人を失くした絶望は読み取れない。 自分達の心配は杞憂だったか……深雪は肩の力を抜いて細く息を吐き出した。 「わかりましたわ。でも…もし気が向かれましたらおいで下さいませね」 「うん、……わかった」 この時、深雪は大変な思い違いをしていた。 もうは立ち直っている、恋人を失った痛手を乗り越えている――。 決してそんなことはなかった。の心の傷は未だ深く、癒されてなどいない。 穏やかないつもの微笑みに、うっかり騙されてしまったのだった。 12月24日。 「本当に一緒に来ないの?」 コートを着た弘樹が最後の確認をしに来る。 手を差し伸べてくれる姿が、一瞬別の人とかぶった。 あの時、彼もこんな風に手を差し出してくれたっけ……。 束の間、の意識が過去を彷徨う。 「?」 「あっ……ごめん。ありがと弘樹。…でも、今日は……」 「……わかった。ただし、本当に淋しくなったら来るんだよ?僕たち皆、待ってるから」 「うん。…ありがとう……」 笑顔で手を振る弘樹を見送るも、外出の支度を始める。 今日は聖クリスマス・イブ……でも、にとってはたった一人の、大切な人の誕生日なのだった。 「どこに行こっか……御剣さん」 弘樹にすら隠している秘密のペンダント。 そのロケットに入っている写真が、に残された唯一の晃の遺品だった。 「すいません、あの……花束を2つ下さい」 「はい、お2つですね、ありがとうございます。何かご希望のお花はございますか?」 「えっと……かすみ草は絶対入れて下さい」 定員と花を見ながら談笑し、どうにか2つ作ってもらい会計を済ませる。 その際に、一枚のカードを手渡された。 「本当は売り物なんですけど、お客様、何か淋しそうだから差し上げます。サービスです。 願い事を書いてみて下さい。……きっと、叶いますよ。今日はイブなんですから」 「……ありがとうございます。じゃあ、後で…」 「よいクリスマスを。ありがとうございました〜」 見知らぬ定員にすら心の隙間を見抜かれてしまった。 はわずかに顔を伏せ、足早にその店を去った。 「願い事、か……」 くだらない、とゴミ箱にそのカードを投げる……寸前で思いとどまった。 叶うはずない……こんな物に書いたくらいで叶うような願いは持ち合わせちゃいない。 だって、私の望む彼は、もうこの世にいないのだから――。 それでも、わかっていてもはカードを捨てることができなかった。 「……困った時の神頼み、か。今日は特別バージョンのサンタさん……だね」 ペンダントに語りかけると、はそのカードを大事そうにバッグにしまった。 叶うわけない……それでも。 この時は、おそらく何でもいいから可能性あるもの全てにすがりたかったのだろう。 こんな日に墓地に来る人はいないだろうな、と思いながらは1つの墓石の前に立っていた。 遺体なんかない……お通夜もお葬式も慌しくてできなかった、抜け殻のお墓。 「……こんな所にいないのはわかってるけど…」 跡形もなく消滅してしまった人。 は目を閉じ、短い黙祷を捧げてから買ってきた花束を供えた。 この花は、まるで死の象徴のよう……。 しゃがみこんで、込み上げる涙を耐える。 ここに彼はいない。大切な人はいないのだから、泣いてはいけない。 ぎゅっと強く口唇をかみしめ、はゆっくりと立ち上がった。 手すりに寄りかかり冬の淋しい海を見つめる。 ここからでは、到底B.Gがあった所は見えない。 でも、ここしかないから……思い出のあの場所につながっているのは、果てしない海だけだから。 静かな黙祷の後、は遠くに花束を投げた。 風に煽られる髪を手で押さえ、そのままじっと何をするでもなく海を見つめていた。 まるでそこに愛しい者でもいるかのように――。 時が経つのも忘れて、体が冷たくなるのも構わずに佇んでいた。 そうして、24日が暮れていく……。 すでに日は落ち、薄暗くなってきていた。 それでもは決してそこから動こうとしない。 ふと、何かに導かれるようにバッグから例のクリスマスカードを取り出し眺める。 「“きっと叶いますよ”……か。叶うんなら……どんなに嬉しいか…」 何も書かれていないクリスマスカード……1年に1度、奇跡が起こる日のカード。 「……会いたいよ……御剣さん…!」 カードがくしゃくしゃになるのも構わず力一杯握りしめる。 拳に額を預け、静かに涙を流した……。 あの時、御剣さんの手を取っていればよかった。 『僕と一緒においで……』 そう言って差し伸べられた手……でもはそれを拒否した。 本当に晃に惹かれているのかわからなかったのだ。 恋というものを知らない、幼い少女――。 それゆえに、差し伸べられたものから逃げ出してしまった。 「恋人なんかじゃ……なかったんだよね……。私、あなたの言葉を受け止めたことないもん…。 それに、私も…何も言ってない……あなたに……何も…!」 臆病だった。勇気がなかった。未知なるものに飛び込めなかった。 そんなものは言い訳にすぎない。後悔は募るばかり――。 人は何故、大切なものを失くしてから気づくのだろう。 が晃を深く深く想っていることを自覚したのは、皮肉なことにB.Gが沈んでからだった……。 弱虫だった彼女にペンダントを贈ったのは晃。 それに写真を入れたのはだった。 なんとなく、まあこれをくれた相手だし、今は入れる相手もいないし。 そんな軽い気持ちだった。まさか、それが遺品になろうとは……夢にも思ってなかった。 「御剣さん……」 声は虚しく海に飲み込まれる。 押しつぶされそうな心……1人は淋しい。そばにいて欲しい。 誰に……あなたに。あなたにそばにいて欲しい……! 「……御剣さん……!」 もう逃げない。真正面から受け止める。 次は間違えたりしない……だから…! 「……もう1度、会いたいよ…」 願いは波の音でかき消されてしまった。 叶うわけない……幾ら神様でも、奇跡を起こすサンタさんでも、こんな願いきいてくれるはずない。 逃げたのだから……勇気が出せず、ぶつかることをしなかったのだから。 「それでも……会いたい……。わがままなのはわかってる。でも、会いたいの…!」 涙がとめどなく溢れた。 ぬぐうことも忘れ、拳に額を打ちつける。 「今度こそ、逃げない……あなたを受け止める……御剣さん…!」 もう、の頭の中は真っ白だった。わけがわからなくなっていた。 両手で手すりを叩き涙を零す。 ぎゅっとすがりつき、一心に唯1つのことを願う。 「1年に1度のイブでしょう……!あなたの誕生日でしょう…! タナトスなら、龍神なら!奇跡くらい起こしてみせてよ…!……晃…!」 海に向かって叫んだ。 どうしようもない自分勝手な願い……わかってはいても、は止まらなかった。 「私のこと、好きだって言ったじゃない……それなら、奇跡くらい起こしなさいよ……。 もう1度生き返るくらい、してみせてよ!」 振り絞るように叫ぶ。想いが溢れて息がうまくできない。 泣きながら、それでもは止まらず叫んだ。 「私にも、告白させてよ、晃……!私だって……私、だって…あなたのこと……好き…!」 ぜえぜえと肩で息をつく。 もう涙で何も見えなかった。 「……そんな所にいたら、風邪を引くよ」 背後から不意に声をかけられる言葉。 片時も耳から離れなかった声音に、はびくんと体を震わせる。 小刻みに指が震えていた。 「どうしたんだい?……奇跡を起こして帰ってきた僕を、抱きしめてくれないのかな」 くすくす、と笑う声が心地よく耳を打つ。 心臓の鼓動がやけに高く響いて聞こえた。 「……だ、れ…?」 あまりの展開に、は体を硬直させた。 振り返ることができなかった。まさに、夢のようなできごとだったから……。 「誰、っていうのは少しひどくないかい?僕の可愛いが、あんなに呼ぶからここに来たんだよ」 耳元で囁かれる、その絶妙な角度……。 暖かい息が、凍りついていた体を溶かす。 「……本、当…に……?」 「勇気を、出してくれるんだよね?……」 優しく囁かれ、拳を握りしめる。 振り返ったら消えてしまうかもしれない。ううん、今この瞬間だけの奇跡に違いない。 きっと、手を伸ばしたら陽炎のように消えてしまうんだ、きっとそうだ。 でも……自分の心だけはちゃんと目を見て伝えたい。 大きく息を吸い、意を決しては振り向いた。 見開かれた瞳に飛び込んできたのは、優しい笑顔をたたえる大切な人……。 何度も夢に見、写真を眺めたその人……。 「……御剣、さん……」 想いが高まり、胸がいっぱいになる。 何から伝えればいいのかわからなくて言葉は続かなかった。 「さっきみたいに、名前で呼んで欲しいな」 にこりと微笑まれ、も思わず笑みを零す。 「……晃…」 「会いたかったよ、」 「私も……ずっとずっと、会いたかった」 必死の思いで告げた言葉に、わかってる、と笑顔を返される。 「……ずっと……ずーっと……晃を探してた。…大好きな晃を……今日まで、ずーっと…」 やっと……言えた。ありったけの勇気を振り絞って、今、やっと。 ゆっくりと、晃が手を差し伸べる。はその優雅な仕草をどこかうっとりとした表情で見つめていた。 「……おいで……」 一瞬、は躊躇った。でもすぐに笑顔を浮かべ、寒さで固まった体を動かす。 少しずつ近づき、ぎこちなく手を重ね合わせる……。 ああ、消えちゃうな……。は別れを覚悟した。 この瞬間だけでも出会えたことに感謝しながら、最後までその姿を焼き付けようとまばたきもせず見つめ続けた。 しかし――。 指先に伝わる柔らかな熱に、思わずは手を離していた。 「え……」 「ただいま………」 信じられない、という表情で手と晃を交互に見つめる。 そんな様子に微笑みを浮かべながら、晃がぎゅっと手を握りしめる。 人の温もり……暖かな体。 もうその後は夢中だった。両腕を伸ばし存在を確かめる。 自分で抱きしめて、ほほに触れて、心臓の音を聞いて……。 「……晃……!」 「龍神と、の想いと……たくさんの奇跡が、僕をここに呼び戻したんだ。 この世界が、全てを消そうとした僕を許して、受け入れてくれたんだよ……。まさにイブの……サンタクロースの奇跡だ」 片目をつぶると、しっかり両腕をまわしを抱きしめる。 すぐさましがみついてくる華奢な腕……。もう手に入らないと諦めたものだった。 もう1度、自分の手に取り戻すことができようとは夢にも思わなかった。 今晃は、素直に感謝をしていた。全ての奇跡に対して……に対して。 今までとは想像もつかない程の優しい笑顔で、そっとその想いを告げる。 「…………世界で一番、君が大好きだよ…」 「晃……!」 優しく自分を抱きしめる少女に全てを委ねる。 御剣晃は1度死に、そして12月24日の今日……本当の意味で生を迎えたのだった。 今、彼の人生は新しく幕を明けた……生まれ変わったのだ。 「……お誕生日、おめでとう……晃」 初めて2人で迎える誕生日。 記念すべき最初のプレゼントは、柔らかく暖かな……大切な少女からのキスだった。 晃兄さん誕生日おめでと〜です!! 綾彦も啓介も何もできなかったから、せめてこの人は!と必死こいて書きました。 その意気込みの割りに、何だかクリスマスのようなお話になってしまった(汗) 自分の未熟さかげんを諸に出してる気が……あわわわ;; ただ単に、晃を幸せにしてあげたかっただけなのです。 世界が滅びを司っていたタナトスを許し、人としての生をやり直すチャンスを与えてくれた……そんなお話を書きたかったのです。 全然まとまってないですけど(泣) こんなつたないヘボヘボな小説を読んで下さった全ての皆様に、 そして毎回文句も言わず(?)UPしてくれてる管理人に、感謝と愛を込めて――。 Happy Birthday & Merry X’mas……Eve♪ 葵 詩絵里 ※ 文句も言わずって…無理矢理書かせてる分際の私にえらく勿体無いお言葉を(汗) でも有難く受け取らせて頂きました。 今後とも宜しく〜v …そちらの負担にならん程度に(笑) 水音 流璃 2001/12/24 ブラウザback |