勇者 3 いったんそうと自覚させられてしまうと、我を張り続けることが辛くなる。 ユーリルから好きだと言われ、だからといっては態度を今までと変えようとは思っていなかった。 けれどもどんなに手酷く扱っても懐いて来る相手に、強硬な振舞いを続けていけるほどは冷たくなりきれなかったし、だからユーリルを隣にして食事を採ることにも、自然と文句を言わなくなっていた。 「今日はここまでかな。もう夕刻に近いもんな」 言いながら縁石に腰を下ろし、先程購入したばかりのパンに噛り付くユーリル。 その横で同じものを食べながら、は目の前に広がる畑とあぜ道をなんとなしに眺めた。 立ち寄った村は旅人の休憩地にもなっているらしく、小さいながらも宿や道具屋、武器屋を構えている。 とはいえ本業は農作物の生産のようで、畑であくせくと働く人が目についた。 仲間たちは既に軽食を済ませ、思い思いの時間を過ごしている。 「今日は予想外に魔物が多くて、あんまり進めなかったな……」 「山越えをしたから、皆も疲れてるでしょう。ガーデンブルグへの道は辛いと聞いた。無理は禁物だと思う」 天空の盾を得るために、山岳地帯の国を目指しているが、あまり人が通らないせいか道は荒れているし魔物は多いしで、仲間たちの疲労もなかなかのもの。 これからまた、いくつか山越えをしなければならないので、鋭気を養っておかなければ。 「……、雰囲気柔らかくなったよな」 ユーリルがぽつりと、どこか嬉しそうな声色で呟く。 視線を向ければ、案の定というか、声以上に喜色満面で。 はなんとなく居心地が悪くなり、畑の手入れをする老人をじっと見つめる。 彼の視線は、依然としてこちらを向いているようだったが、意識しないよう努めた。 「最初の頃とは別人みたいだ。もしかして口調、ムリしてた?」 「意識的に男っぽくしていた、という部分はある。元々あまり女らしいとも思えないけど……我を張ってるのが疲れるからね、君相手だと」 どんなに冷たく当たっても、愛情らしきものを返され続けていると、己が阿呆のように思えてしまう。 仲間の一部はユーリルの気持ちに気づいていたらしく、「あいつを何とかして」と訴えたところ、「ユーリルの手綱を取れるのはだけだから頑張って」などという、全く意味不明の返答をされた。 慣れ合いは危険だと知っているのに、はユーリルの感情を撥ねつけられない。愚かしいことに。 「そういえばさ……の役目ってなんなんだ?」 「……突然、なにを」 「いや、確かと出会った時、役目がどうのって言ってただろ。あれからかなり経つけど、君が何かを探したりって姿は見てないなーと思って」 ユーリルにとっては好いている相手への興味であって、単純な疑問だったのだろう。 けれどもにとってそれは、出来ることならその瞬間まで忘れていたい代物で。 一気に失せる食欲を誤魔化すように、は半分以上なくなっているパンに噛り付いて胃に収める。 口の中の水分が持っていかれて、少し喉が渇いた。腰の水筒を取り出して、ひとくち飲む。 「?」 急に雰囲気が変わったためか、ユーリルは狼狽するような様子を見せている。 は決して彼に当たり散らしたい訳ではないが、聞いて欲しくなかったと思う心が、思いの外刺々しい空気を発してしまっていた。 自分を落ち着かせようと息を吐く。 「聞いたら不味いことだった? もし探し物なら、せっかくあちこち旅してるし、オレも皆も協力できると思って」 「ごめん、でも……それは聞かないでもらえると嬉しい」 は笑顔を向けたつもりだったが、引きつった笑みにしかなっていなかった。 自身も自覚していて、我ながらユーリルへの誤魔化しが下手になったものだと思う。 ユーリルはわずかに眉を寄せた。 不満を伝えているのは承知しているけれども、確信をそのまま伝える訳にはいかない。 伝えて、歪んでしまっては困る。 がユーリルにひとかたならぬ好意を持っている時点で、軋みは修復困難だったが、彼女はあえて事実を無視した。 ――今でも遅くはない。方法はある。今すぐここから消えてしまえばいい。 思う心とは裏腹に、この一行から離れたくないのは――きっと心地が良すぎるから。 ――感情なんて、なければよかったのに。 「なあ、その『聞いちゃいけないこと』って……いい事? それとも」 「人の世界にとってはいい事。ある人たちにとっては、物凄く悪い事……かも知れない」 「ふぅん」 気にしながらも、ユーリルはそれ以上、この件については話をしないことに決めたらしい。 微妙な空気に耐えきれなくなったからかも知れないが、 「――なあ。はさ、旅が終わったらどうするんだ?」 続いての質問も、彼女にとっては先程の問いと同じくらい、答え辛いものだった。 仲間内では、度々そんな話題が出てきていたのを知っている。 その都度、は適当なことを言って誤魔化したり、曖昧な返事をしてその場から逃げたりもした。 それぞれが強い使命に縛られている運命の一行の中にあって、は全くの一般人のようなものだったし、「また傭兵生活に戻る」とかなんとか言っていれば事足りていた。 今回もそうすればいいのに、相手がユーリルだからだろうか、すぐにあしらう言葉が出て来ない。 「質問ばかりだね、君は」 「いつもその場しのぎばっかりするからだろ。……終わったら、一緒にいてくれるんだろ?」 「君の『好きだ』って想いを、私が受け取ったことにしてない?」 「してる」 に対しては強引なぐらいが丁度いいと思っている彼は、彼女が本気で嫌がっていないことを知っているからこんなことを言う。 は大きく息を吐いた。 「…………わたしは全部が終わったら、帰らなくちゃいけない」 「帰るってどこに」 不満顔のユーリル。は遠くの空を眺めながら、 「牢獄に」 言った。 2011・2・14 |