門の一族 2 訊ねる事柄は数多くあった。 はなにより先に妻のことを知りたいと思っていたが、先に長老が口を開いたことで、物には順序がある、と言外に言われた気がした。 押し黙ったまま頷くと、白髪の男の長老が口を開いた。 「我らは、門を守る者。太古の昔に天空城の竜の神が、世界を分ける門をお造りになった」 次いで、青銀色の髪の――女長老が口を開く。 「わたしたちは、魔物らの封じられた魔界の扉が開かれないよう、また、誤って踏み込む者がないよう、門の番を命じられたのです」 命じられた――それは誰に。 訊ねようとして、止めた。 どこぞの王の宣下ではないだろう。 門を造ったという神の言葉に従い、彼らはここにいるのに違いない。だから、頷くに止めた。 男の長老が、またも口を開いた。 「門は即ち、境界線。魔界への境界線を越えた者は、神の領域から外れてしまう」 「戻ってこれないの?」 が言うと、長老は「並の人間には無理だ」と答えた。 「我々エルヘブンの民は、水、炎、命の三種の指輪を封印とし、代々最も力の強いひとりが、門を守る焦点となる定めであった」 が床を見つめる。 「マーサお祖母ちゃんが、その『焦点』?」 「そう。彼女は生まれつき、特別であった。魔物と言葉を交わし、その心から魔を抜き去り、友とする。どのような呪文であっても、マーサを阻むことはできぬ」 老人は、更に続けた。 「彼女にとっては、境界線など無意味。我ら力あるエルヘブンの民が束になろうとも、彼女の力には遠く及ばぬ。門の管理者として、これ以上のない逸材――しかし、彼女は、村を、棄てた」 彼の声色は、ひどく落胆しているような、泣きたいような色を秘めていた。 伏せられていたその瞳が、を見つめる。 「……僕を生むために、母はこの村を出たのですか」 「それもひとつ。けれどマーサが、貴方の父、パパスを心から愛してしまった時から、避けられるものではなかったのだろう。自身が魔の者の手に堕ちた今でも、彼女は決断を後悔などしてはいまいよ」 「パパスを……僕を恨んでおられるのではないですか」 とがぎょっとする気配が届くが、は長老たちの言葉を待った。 どの長老も、首を振る。 怨んではいない、という意思表示。 「かつては怨み、憤りもしました。しかし息子のそなたやその子供たちに、我らの私怨など関係がありましょうか」 女長老の発言を、男の長老が引き継ぐ。 「マーサの救いと願いは定めとなりて、今こうしてそなたたちをこの地へ招いた。我らは定めと共に在る。そして、そなたの奥方もまた、定めと共に」 「を、ご存知なのですか」 まさか、彼女もまたこの場所の人間だったのだろうか。 母マーサのように外へ出て、記憶を失った? 考えてみたものの、それは奇妙な程にしっくりこなかった。 ――違う。彼女はエルヘブンの民ではない。 ゲマが言っていたではないか。には、天空人の血が流れている、と。 それだけで、出自が普通ではないことが知れるし、天空人といえば神の御使いも同義。 信心深いこの地の人々が、天空人と恋仲になるなど、には考えられなかった。 沈黙している長老に向かって、はもう一度訊ねる。 今度は少しだけ、質問を変えて。 「彼女が今、どこにいるかご存知ですか」 男の長老は、指を緩やかに組んだ。 「何者かがマーサと、そなたの妻の力を悪用している気配はある。我々の力を、そして神の領域を超えた所で起こる事象ゆえ、どこか、は、知らぬ」 「そんな」 押し黙っていたが、ぐっと口唇を噛んだ。 が彼女の手を握る。 子供たちの様子に、女長老は少しばかり表情を曇らせた。申し訳なさが、含まれていた。 「門が破壊されようとしています。遠くに在るべき闇の息吹が、こちらに吹き出して来る。それを止めねばなりません」 「僕たちが、母と妻を助けてしまえばいい」 「そのためにはまず、竜の神を見つけなければなりません」 が小さく呟く。 「天空のお城……」 「神の加護があれば、残りひとつの指輪も見つけられるでしょう。命の指輪を得た時、またここへおいでなさい」 長老は達に天空の城への行き方を教え、そうして沈黙する。 会話はこれで終わりだ、とでも言いたそうな雰囲気。 しかしには、まだ訊ねたいことがあった。 「お父さん? 行こうよ」 に服の裾を引かれるが、優しくそれを制した。 「もう少し待ってくれ。まだ聞きたいことがあるんだ」 「――そなたの妻について、であろう」 男の長老の言葉に頷く。 しかし長老は、これまで以上にひどく難しい顔をした。 眉根を寄せ、何かを思い悩んでいるかのよう。 「教えてください。には記憶がない。けれどあなた方ならば、彼女の子細を」 「彼女は神の約定。我々如きには到底、解ろうはずもない」 「……どう、いう?」 長老は質問には答えず、再度、口を開いた。 「……。これだけは覚えておけ。そなたの妻は、絶望を孕んでいる」 「なにを言って……」 「今は、その疑問は無意味だ。彼女を助けねばならぬ事柄に変わりなく、また、我らが彼女の真について語れる口もない」 今はただ、前に進むのみ。 ぴしゃりと言い放ち、長老は黙す。 収まりのつかないは、もう一度だけ訊ねた。 「本当に何も、ご存知ないのですか」 沈黙が戻ってくるものだと思っていたの耳に、吐息が漏れ聞こえて来た。 今までひとことも喋らなかった、2人の長老のうちのひとり――女性――が、にゆるりと顔を向ける。 青みがかった白い髪が、奇妙に照って見えた。 「……勇者が生まれるには、時代と血脈が必要です。時代とは、神の世に乱れが生じること。そして」 彼女は続ける。 「身体に流れる血に、天空人のそれがなければならない。知っての通り、貴方の妻には天空人の血が流れています」 「じゃあ、はやはり天空人……?」 「総てを知りたいのであれば、神にお目通りした際にお尋ねなさい」 言って、それきり全員が口を閉ざした。 は難しい顔をし、ふぅ、と息を吐くと、とを連れて表へと出る。 ――まずは神に会わなければ。 突っ込みどころ満載だと思いますが見逃してやって下さい。 2009・8・28 |