門の一族 1 「プックルは、随分とに懐いているんだな?」 船の縁に体を預けながら、は近くで剣を振るっているに尋ねる。 はプックルに寄りかかって、本を読んでいた。 プックルの上には、例によってスラリンがいる。 彼は眠っているようだ。 は小さく息を吐くと、天空の剣を鞘に収めての隣に寄りかかった。 「うん。は小さい時から、草木とか動物とか、モンスターとかと話が出来たんだ」 とが石化していることも、その術を解く杖の場所を教えてくれたのも、動物たちらしい。 は動物だけでなく、自然とすら対話できるを、羨ましく思っているようだった。 「小さい頃から、は頭がよくて魔法をどんどん覚えてて。前はズルイなあって思ってたんだ」 「でも、今は違うだろう?」 息子の頭を優しく撫でる。 はこくんと頷いた。 双子の妹に、『羨ましい』と言ったら、逆に『の方が羨ましい』と切り返されたそうだ。 は天空の武具を装備できる勇者で、周囲から期待され、望まれている上、男だから力が強い。 双子の兄と比べて、自分の取り柄は魔法だけ。 自分には、どうして勇者としての力が芽生えなかったのかと、悔しい思いをしたこともあると。 には、は不得手のない万能型に見えていたようだった。 「その時に、僕たちはお互いを『ズルイ』って思ってたって気づいたんだよ。僕たちは双子だけど、違ってて当たり前だから、自分のいいところを伸ばせばいいってジゼルも言ってくれた」 「にはの、にはの良さがある。……本当に、ジゼルにはお礼を言っても言い切れないな」 好き好んで、息子と娘を置いてきぼりにした訳ではないけれど。 結果として真っ直ぐ育ててくれたのは、サンチョやジゼルを含む、彼らの周囲の温かな視線と協力だ。 子供が急に大きくなって現れたことに、今でも多少の戸惑いはある。 ただ、過ぎたことを思っても仕方がない。 これから先、彼らの父親として立派に立とうと、は思った。 自分の父パパスがそうであったように。 ふ、と微笑みを浮かべる。 も嬉しそうに笑った。 「坊ちゃん、様、様! 昼食の準備ができましたよ!!」 船室の奥で調理をしていたサンチョが甲板に現れ、声をかける。 は頷いた。 「今行くよ! さ、。も一緒に行こう。プックルとスラリンも」 ずっと紙面に視線を固定していた娘が顔を上げ、両手でぱたんと本を閉じた。 立ち上がると同時に、プックルも身を起こす。 上に乗っていたスラリンがずり落ちかかり、慌てて飛び跳ねていた。 全員で船室に移動しながら、がふとに訊ねた。 「お父さん、今向かっているのは……エルヘブンですよね?」 「ああ。とのお祖母ちゃんの故郷だね」 「この本では、エルヘブンの民はとても……ええと、『ハイタテキ』だって。村に入れてもらえるでしょうか……」 本を両手で抱えて、不安そうにしている。 エルヘブン。はその地を知らなかった。 とを探す過程で、偶然に知ったその村は、一部の者にしか知らされない秘境。 入り口で追い返される可能性も、考慮しておかなければならないだろう。 「きっと大丈夫だよ、なんとかなる」 「……そうですね! だってお父さんが一緒だもの!」 気持ちを切り替えたのか、ぱっと明るい表情になる。 「わたし、お父さんと一緒に旅ができて嬉しいです!」 「僕だって嬉しいよ!!」 割り入ってきたのは。 嬉しいのはだけではないという、自己主張をしないといけない気になったのかも知れない。 は微笑み、双子の頭をわしわしと撫でると、背中を軽く押して、昼食を摂るための部屋に入った。 エルヘブンには、神よりの声を戴く神聖な人々が住まうと言われている。 誰しもがエルヘブンの姿を視認できるわけではない。 あるとされる場も並の者では到達できないが、例え見つけたとしても、強い結界に阻まれるとされる。 入れた者が限りなく少なく、また村に足を踏み入れたとしても、外部者の立ち入りは特に制限されるためか、内部についての詳しい情報は一切ない。 一族の血を護るという保守性によるものと思われる。 またかの地は『門』を護る者が住まう地。 稀有な力を有するとされるが、委細は不明。 の持っていた古文書にそう書かれていたため、は意外なほどあっさりとエルヘブンを見つけ、しかも何の問題もなく村に入れたことに、少なからず驚いた。 村の入り口には、恐らく門番であろう人物が数名いたものの、達を一瞥するや 「長老がたがお待ちです。上へ向かってお進み下さい」 と声をかけ、何事もなかったかのように押し黙って、入り口に視線を戻した。 歓迎されてはいないらしいが、拒否されてもいない。 そういう印象を受けた。 仲間のモンスターを引き連れて歩いているのだが、その事にも特にお咎めはない。 驚いたようにこちらを見てくる村人もあるが、『魔物を連れている』事に対しての驚きではなく、明らかにを見て驚いている。 少しだけ居心地の悪さを思うとは逆に、子供たちの表情は晴れ晴れしい。 ここが祖母の故郷なればこそ、だろうか。 誘われるように、上へ上へと向かっていると、 「ぬ!」 急にピエールが声を上げた。 が振り向くと、仲間のモンスター達が立ち止まっていた。 まるでそこに壁でもあるかのよう。 「どうも、拙者たちは拒まれておるようですな。結界でしょう」 「……みんな、いい子なのに」 が不満そうな表情を浮かべる。 は彼女の頭を優しく撫で、一番後ろにいたサンチョに面々を頼み、また歩き出した。 「お父さん……この階段、急に消えたりしないよね……?」 恐る恐る訊ねるに、は笑った。 「大丈夫だろう」 多分、という言葉は飲み込んだ。 今、自分たちが登っているのは、石の階段などではなく、明らかに『魔法の代物』だった。 薄い橙をしたそれは半ば透明で、階下の景色が透けて見える。 人々が、遠く、足の下で動いているのが分かるのだ。 とて、歩いていて背中がぞわぞわする。 どこ吹く風なのは、この状況を楽しんでいるかのようなだけだ。 階(きざはし)を上りきると、複雑な意匠の凝らされた建物が現れた。 頑健な扉を開いて、は驚いた。 目の前に、無表情の女性が立っていたからだ。 「うわっ! だ、誰?」 が驚いて声を上げると、女性は頭を垂れた。 「お待ちしておりました。長老様がたがお待ちです。向かって上にお進み下さい」 「ど、どうも……ご丁寧に」 が会釈をすると、後ろの子供たちもそれに倣った。 部屋は、円状だった。外見と同じように、内装にも微細な文様が描かれている。 示された階段は、中2階とでもいえる場所への入り口のようだ。 が女性に尋ねた。 「あの……あっちのお部屋はなんなの?」 いくつもある扉を示して言う。 女性はそちらを向きもせず、 「長老様がたのお部屋や、跡継ぎ様、従者の部屋にございます。申し訳ございませんが、立ち入りは無用にお願いいたします」 答えた。 表情の変わらない女性に出会ったのが始めてなのか、は少し、雰囲気に呑まれて萎縮しているようだ。 「どうぞ、上へ」 今度こそ、たちは階段を上り始めた。 上りきったその場所には、屋根がなかった。 吹きさらしであるはずなのに、身体は温かい。 気候の類ではなく、何かに守られているような、不思議な暖かさだ。 丸い柱が四つ、模様床を囲うように屹立している。 そしてその円状の床の内側に、長老らしき者たちが在った。 苦しくなりそうなほど静謐な空気の中、彼らは彫像のように、身動きひとつとらないでそこに座っていた。 と子供たちが彼らに近づくと、ふぅっ、と息が抜ける音がした。 長老のうちのひとりが、こちらを向く。 「……伝えましょう。まずはこの地について」 微かにしわがれた声だった。 2009・7・24 無茶振り加速する気配…。設定齟齬があっても大目に見てやって下さい。 |