旅の途中


「ほらほら王子、起きて下さい!」
 大きく肩を揺さぶられ、は開きたくないと駄々をこねる目蓋を、思い切り擦った。
 欠伸をし、もう一度目蓋を擦る。
 やっとで開いてくれた目に、新緑の生い茂った森が映った。
 爽やかな風も、寝起きざまの体には少し冷たく感じる。
 背中が少し痛いのは、寝る場所が悪かったからだろう。
 被っていた布を広げて土と埃を飛ばすと、手馴れた動きでそれを丸め、背嚢に収納した。
「お兄ちゃんお早う。はい、スープ」
 手渡された木の器を受け取りながら、は微笑む。
「ありがとう、

 王族が野宿に慣れるなんて、と、サンチョは今も時折嘆く。
 けれども旅をしているのだから、仕方がないことではあるとは思う。
 都合よく毎回宿に泊まれる訳ではない。町や村から離れていれば尚更だ。
 最初は青天井で眠ることも辛かったが、旅を始めて既に1余年が経過している今となっては、それもまた楽しいものだ――雨風に見舞われなければ。
 は女の子なので、野宿ばかりでは可哀想だと思うけれど。
 サンチョに用意された朝食――燻製にした魚と、乾パンのサンドイッチ――を食みながら、は双子の妹をじっと見る。
 彼女は同じものを口にしていたが、ふと顔を上向けた。
 木の上で小鳥がさえずっている。
 は耳を澄ませ、そうしてから「ありがとう」小鳥にお礼を言った。
 小鳥は羽根を動かして飛び去っていく。
「今日は天気が悪くなりそうだから、気をつけて、だって」
「そうですか。それじゃあ早めに、パトリシアを預けた町まで戻りましょうか」
 サンチョがうんうんと頷きながら、地図を広げた。
 いつもは馬車で移動しているのだが、今回向かった場所には、馬車を侵入させるだけの開けた道が存在しなかった。
 仕方なく、町に馬車――馬のパトリシアも――を預けて、身ひとつで出かけたため、野宿と相成った。
 思いの他、探索に時間を取られて、夜を迎えてしまったせいなのだが。
 は小さく息を吐いた。
「いいなあは。動物でも魔物でも、関係なく話ができるんだもんな」
「わたしは、みたいに天空の剣を装備したかった」
 の視線が、の左側にある、鞘に収められた剣に向けられた。
 自然、もそちらを向く。
 見事な装飾のされた鞘。剣そのものも美しく、美術品としても価値がある。
 それだけでなく、この剣はまさしく『伝説』のもの。
 使い手を選ぶ――勇者にしかその身を許さない――神の剣。
 は、天空の剣を振るえる。
 彼が『勇者』であることの証だ。
 けれどもは、自分が特別であるなどとは思わなかったし、どちらかといえば、自然と対話し、強い魔法の力を持つ双子の妹のほうが凄いと思う。
 城を出て旅を始めてから、彼女の魔法の力はぐんと強くなった。
 回復魔法はあまり得意ではないみたいだが、攻撃魔法は初歩の魔法でも相当威力がある。
 ただ、は戦いそのものが好きではないみたいで、話の通じる魔物相手ならば、戦闘を回避する。
 勿論のこと、とて戦わずに済むならそれに越したことがないと思う。
 だから余計に、対話ができるを羨ましく思う。
 グランバニアの城にいる、自分たちを育ててくれたジゼルなら、『お二人は互いを補い合っているのですよ』と言うだろうけれど。
「……グランバニアのみんな、元気でやってるかな」
「王子……戻られたいですか?」
「お父さんとお母さんを探すまで、帰らないよ」
 サンチョの問いに、きっぱりと答える。
 そうでなければ、無理やり大臣を説得してグランバニアの国を出た意味がない。
 一刻も早く、両親を連れ帰る。
 そのためなら、少しぐらいの寂しさや苦しさなんて乗り越えられる。
 旅を始めてすぐの頃は色々なことに慣れず、サンチョや仲間のモンスターたちに相当の苦労をかけただろうが、今はさほどではない、と思いたい。
「さ、食事を終えたら次の場所へ向かいましょう。そろそろピエール殿たちも――」
「王子、王女、サンチョ殿、ただいま戻りました」
「ただいまー」
 話題にした瞬間に、そのピエール達が戻ってきた。
 ピエールとスラリン、プックルが茂みから出てくる。
 プックルは身体についた葉を弾くように、ぶるっと身体を震わせてからの後ろで身体を休めた。
 スラリンはそのプックルの上に乗っている。
 と旅をしていた時からの定位置だ。
「ピエール殿、どうでした?」
「やはり既に廃棄された場所だったようでござる。くまなく探してみましたが、特に何も」
「そうですか……」
 目的地に足を運んだのは、昨日の夕刻前。
 小さな塔らしき場所は、たちが足を踏み入れた時には魔物の気配も何もなかった。
 あちこち探しても何も出て来なかった。
 ピエール達は、念のため隠し通路のようなものや、周囲に何かないかと捜索をしていたが、やはり無駄骨に終わったらしい。
 今更、も、こんなことぐらいでガッカリしない。
 次を目指して頑張ればいい。
 この程度のことなら、今までに何度も味わってきたので、今更双子は落ち込みもへこたれもしない。
 は食事の後片付けをし、荷造りを完璧に済ませる。
 背嚢を背負って、よし、と気合を入れた。
「サンチョ、準備できたよ」
「それでは参りましょう。お二人とも足元にお気をつけて」
 サンチョが先を行き、その後ろを並んで双子がついてくる。
 更にその裏に、ピエールたちが続いて歩く。
「ねえサンチョ、町に戻ったら次はどこにいくんですか?」
 の問いに、サンチョは唸る。
「少し情報収集をしなくてはいけませんから、そうですね……オラクルベリーにでも行きましょうか」
 人が集まる場所のほうが、色々な話を聞ける。
 はうんと頷いた。
様、森を抜けたらルーラを」
「はい、サンチョ」
「今使えばいいのに」
「お兄ちゃん……今使ったら、飛ぶ時にいろいろ引っかかるよ」
「あ、そうか」
 この場所のように樹木が生い茂っている場所でルーラを使えば、上空に飛び上がる際に服だの荷物だのが小枝に引っかかって大惨事だ。
 がルーラを覚えたての頃、に促されて、彼女は何も考えずにそれを使った。
 冷静に考えれば判ることなのだが、その時は建物の中で、天井に頭をぶつけた。
 皆、頭を押さえて一様に同じ格好をしたものだ。
 以来、特にはルーラを使うときは環境に気をつける。
「街道に出てからにしましょう。なあに、すぐですよ」
「そうだね」
 は落ちかかってきた荷物を背負いなおした。
 今度はもっといい情報が手に入るよう、願いながら。



次話、主人公のターン。
2009・3・28