灰に染まる 攻撃が通らない。 や仲間の剣は、ジャミの体をまとっている力に押し返され、かすり傷も負わせられない。 彼は血の混じった唾を吐き、剣を構え直す。 「……卑怯な力だな」 「なあに、おれは用意周到なんでなあ」 下卑た笑いを放ちながら、プックルの攻撃を真正面から受け止め、逆に蹴り飛ばした。 悲鳴に似た声を上げて転がるプックルを、ベホマンが慌てて治療する。 続けてに攻撃を仕掛けてくるジャミの腕――形状からすると足――を、ピエールの剣が防ぐ。 だが重量差で、やはり体ごと吹き飛ばされた。 ジャミの攻撃は通る。 の攻撃は通らない。 誰が見ても分かる。敗北は必至だ。 魔力で拘束されたままのは、大事な夫と仲間の力になれない自分に、焦りと苛立ちを募らせていた。 何かができるはずだ。 全てが手遅れになる前に、何かを。 必至に力の枷を外そうと試みるうち、の悲鳴が聞こえてきた。 集中するために閉じていた目を開くと、 「!!」 彼がジャミの攻撃で、持っていた剣を弾き飛ばされたところだった。 が放った炎の魔法も、ジャミの防御壁に打ち消される。 ピエールがの剣を放り投げて渡したが、それを意にも介さない様子で、ジャミは下品な笑みを浮かべ続ける。 ニヤニヤと笑いながら軽く持ち上げたジャミの手に、高濃度の魔力が灯った。 至近距離からの強力な魔法。 喰らったらただでは済まない。 「なあに、国と女のことは心配するな。このおれさまが立派に治めてやろう。安心して死ぬがいい」 「く……っ」 高々と掲げられたジャミの手。 魔力が迸り、その余波でさえの体を傷つけていく。 彼と仲間はそれでもジャミに攻撃を試みる。 たとえ敵わずとも、むざと殺されるわけにはいかなかった。 が失われれば、と国は、この獣の手に堕ちるのだから。 何度繰り返しても、ジャミの障壁は剥がれない。 減るのは彼らの体力ばかりで、強固な力に守られた相手には全く通じない。 その間にも、ジャミの魔力が膨張する。 下卑た笑いを面に張り付かせながら、無言のままに魔力が放たれようとした。 ――当たれば、が死ぬ。 絶望と無力感に苛立ち、己に苛立ち。 「死ね」 げらげら笑いながらジャミが魔法を放った瞬間、 「――やめろ!」 が吼えた。 何事が起きたのか、にも、ジャミにも、そしてにも分からなかった。 ただ、の体から溢れた強烈な閃光が放たれ、ジャミを撃った、としか。 「なん、だ……と……?」 ジャミの巨体が、ぐらりと揺れた。 見る間に、彼の周囲を覆っていた結界にヒビが入る。 「き、貴様……」 は恐れ戦いている風のジャミに向かって、一歩踏み出した。 強固な何かが剥がれる音がする。 魔力の残滓を引きずりながら、は自然に右手を構えた。 「 」 口唇から零れる、己すら認知できない言葉。 だけれど、それは自分生来のものだと、今は理解できた。 熱した頭蓋にひどく冷静な部分がある。その感覚に、何故だか懐かしさを覚えた。 指先で空に文字を書き、それを握り潰す。 砕けた光がと仲間の体に飛んで沁みこみ、彼らの傷を癒した。 「これは……」 「、倒すの。こんなのに負けちゃだめ」 言い切った直後、は眩暈を起こして壁に寄りかかる。 力が入らない。頭がぐらつく。 呼吸が乱れて息苦しい。 己の白い剣も持たずに力を使った反動なのだと、漠然とながら理解する。 ふらつくの姿に、が焦りを見せた。 「、待ってろ。今すぐ終わらせる!」 気勢を取り戻したは改めて剣を握り締め、ジャミに向かって攻撃を仕掛けた。 同時にプックルの爪が奔る。 今までならば結界に弾かれて、全く通らなかった攻撃。 だが今は違った。これまでが嘘のように敵の体に届いた力は、ジャミの体を切り裂いた。 叫び、身を捩るジャミ。 コドランの炎が彼を包む。肉の焦げる匂いがした。 炎を振り払うように腕を動かしたジャミの腹に、の剣が沈む。 叩き落とすべく振るわれた腕を割けた所に、ピエールとプックルが攻撃をしかけた。 今までが嘘のように攻撃が通る。 次々と見舞われる力に抗いきれず、ジャミはがっくりと膝を折る。 口から血をたらし、呻きながら、彼はではなくを睨み付けていた。 「ごふっ……まさか……キサマ」 その口が愉悦に歪み、げらげらと笑い出す。 血痕を地面に散らしながらの哄笑は不気味だった。 「ゲマ様は最初からおれを……。く、く、く……ゲマ様……!」 咆哮のようにゲマの名を叫んでジャミは地に伏し、 「グランバニアの王と后よ、呪われてあれ……!」 低く、唸るような声で呟いた後に動かなくなった。 力なくへたり込んでいたは、に助け起こされた。 「……助けに来てくれてありがとう」 「は俺の妻なんだから、当たり前だろう?」 微かに和やかな空気が流れる。 グランバニアへ帰ろう。 分からないことばかりだけれど、今は城に帰って皆を安心させよう。 子供たちの顔も見たい。 が足元にすりついてくるプックルの頭を撫で、に帰ろうと伝えようとした時、正面から淀んだ空気が流れ込んできた。 ジャミの傍らの空間が歪む。 ねっとりとした重たるい空気と共に、紫のローブを頭からかぶった、肌色の悪い何かが現れる。 そいつを見た途端、が青ざめた。 「……ゲマ!」 が名を呼ぶ。 プックルが唸り、ゲマに向かって攻撃を仕掛ける。 彼は腕を振るうだけでプックルを弾き飛ばした。 次いでピエールが切りかかり、コドランも滑空しながら爪を繰り出すが、同様の結果に終わった。 ゲマはジャミのように結界を張ってはいない。 明らかに、実力の違いによるものだった。 は剣の柄に手をかけたまま、最低にして最悪の記憶の人物を前に責めあぐねているようだった。 は、自分がの荷物になっていると理解していた。 もしもこの場に自分がいなければ、彼は全力で戦えただろう。 けれども明らかに具合の悪い自分を放っておけない。 どう逃がそうかと思案しているのだと、言葉にされないでも分かってしまう。 こちらの苦々しい想いなど知らず、ゲマは足元のジャミをちらりと見た。 「ジャミは失敗しましたか……まあ、天空人の血を引いている者が敵では仕方がないですねえ」 「なん、の、血だって…………?」 はゲマに問いかける。 だが彼は独り言のように言葉を続けるばかりだ。 「ミルドラース様のお言葉では、お前は稀有な力を持っているとの話でしたが、加えてその血……なんと素晴らしい」 ゲマは長い爪の先で、自分の顎を撫でる。 「素晴らしく厭わしい。あなた達に子供を作らせる訳にはいかないでしょうなあ」 「なぜ子供をさらう」 の硬質な声に、これにはゲマが反応した。 「予言ですよ。高貴な血を持つ者の子が、やがて我らを滅ぼす勇者になるという」 だからさらって、殺すか、勇者にならぬよう邪悪に染め抜くかしているのだと言う。 「あなた達の子から勇者が出る確率は高そうだ」 ゲマは指を横に凪いだ。 瞬間、との体が硬直する。 「な……!」 動こうとしても動けない。ジャミが使っていた束縛よりも、ずっと強いそれ。 「殺すのは簡単ですが、それではつまらない。我々を苦しめた罰を与えましょう」 周囲に奇妙な気配が漂いだす。 空気が圧縮されていくようで、息苦しい。 見れば、ゲマの足元にあったジャミの体が、ぐずと溶け出している。 溶けると同時に現れる灰色の煙が、ゲマの指の動きに合わせて、との周囲に集まってきた。 それが触れた箇所に、痺れが奔る。 何か恐ろしいことが自分の身に起きていると分かっても、身動きが取れないのではどうしようもない。 「永劫、互いに触れられぬ体のまま、人の世界の終わりを見届けるといい」 「!」 「……っ!」 哄笑と共に、周囲にあった煙が襲い掛かってきた。 互いが見えなくなり、体の内外全てが煙で満たされる。 それが過ぎた時、は目の前に立っていたはずのの体が、灰色の物言わぬ石と化していることに気づいた。 彼に近寄ろうとした自分の体も同様になっているのだと、頭の隅で理解する。 叫んでいるのに、音にはならない。 涙を流すこともできない。 煙を噴出させた元であるジャミは、溶けきって、存在の欠片すら見当たらないようだった。 ゲマは弧にし、の傍らに立つ。 「あなたはわたしと共に行くのですよ。監視できる位置にないと、危ないですからねえ……」 嗤うゲマの手から、魔法が放たれる。 視界の全てが黒塗りされ、は意識を失った。 2009・2・20 |