寝起きざまにいきなり敵が襲ってきて、朝から出鼻をくじかれる思いをしたものの、然したる痛手も受けず、一行は山窟を歩き出した。 グランバニアへの道のりは、相変わらず険しい。 山道を往く 「とんでもない道のりだな……。城攻めの防御にはもってこいだぞ」 が往くべき路を見据え、溜息交じりに呟いた。 は息を溜めて一気に吐き出しながら、同感だと頷く。 朝から歩き出して、もう昼になる。 つまり、洞窟を進み出して、かれこれ4時間は経っているのだが、まるで迷路のような造りの山窟は、まだまだ先があると思わせる。 じめついた空気を胸いっぱいに吸うのも厭いたが、文句を言っても仕方のないことだ。 馬車がゆうに通れるほど大きい通路なだけ、マシだと思わなくては。 重たい身体を動かして歩いていると、少し先を歩くが、ふいに振り返る。 「、少し馬車の中で休んだ方がいいんじゃないか」 「平気だよ?」 だって疲れているはずなのだから、自分ばかりが休むわけにはいかない。 だが彼は首を振る。 「顔色が悪い。それに、だんだん腰を折って歩き始めてる」 見ていないようで見ているに、は苦笑する。 顔色は自分では分からないが、時間が経つにつれ、どんどん前傾姿勢気味になることには気付いていた。 彼と一緒に旅をしてきた中で、こんなに辛いのは旅を始めた当初以来、いや、当初ですらなかったろう。 「休んだ方がいい。危なくなったら呼ぶから、それまで」 「そんなこと言って、絶対呼ばないくせに」 言えば、それはその通りかも知れないと笑む。 「……でも、私のせいで遅れるのは、みんなに迷惑だもんね」 「そういう意味で、休めと言ってるわけじゃない。君の身体を無視して進むのは、俺の本意じゃないだけだよ」 優しい口調は、まるで子供に言い含めるようだが、当然の如く嫌味は全く含まれていない。 「どうしてもと言うなら、ほんの少しでもいい。休むんだ」 「…………分かった。ごめんなさい、休むね」 は息をつき、馬車の裏手に回る。 後ろにいたプックルが、頭で彼女を押し上げる手伝いをした。 は、が横になったことを確認すると、彼女の身体に布をかけてやった。 『ありがとう』と呟き、は瞳を閉じる。 眠りは、存外すぐ側にあったようだ。 構わず襲ってくる魔物。 悪戦苦闘しながら山頂の村に着いた頃、既に周囲は夕刻になっていた。 は剣を鞘にしまうと、馬車の中からぐったりしているを抱きかかえ、急いで宿屋へと入る。 あれからずっと休んでいたにも関わらず、の体調は、最悪を通り越して絶望的ですらあった。 どうやら発熱しているようで、触れた体がやたらと熱い。 宿のベッドに彼女を横たえ、はすぐに医者を呼ぶつもりだったのだが、間の悪いことに、村でただ1人の医者は用事で山を下りているという。 いたのは見習いの若者で、仕方なく彼にを診せた。 「疲れで熱が出るなんて、初めてだね」 は言い、温かいミルクの入ったカップを、両手で包み込むようにして飲む。 は頷いた。 「昔だって、こんなことはなかったのにな」 「本当にごめんなさい。明日には良くなると思うから」 「無理はするなよ?」 頷き、はミルクを全部飲み干し、横になった。 いつもより呼吸のリズムがだいぶ速く、息苦しそうだ。 は彼女が眠ってから、宿を出て薄闇のかかった夜空の下に立つ。 特に目的もなく、村の東にある頑健な橋に立ち、目指すべき場所を見つめた。 周囲が暗くてよくは分からないが、遠くに小さな灯りが灯っている。 あれが、グランバニアの灯りだろうか。 「グランバニアか……」 かの地へ向かうことを決めたのは、父親であるパパスの出身だからだ。 そこにならば、母を知るための何かがあるかも知れないと。 自分の出身地でもあるはずのグランバニア。 そこまで、もう少し。 2008・3・7 |