天空の兜 風にあおられ砂が舞っている。 足元をさらっていくそれは、視界を隠す事にも一役買っていて。 見れば薄黄土色の王城はともかく、周囲の家には砂の塊がこびり付いていたりする。 普通に生活するだけでもなんだか大変そうだ。 こうして視界をあちこちに向けてみても、人々が数多く出歩いているという感じはしない。 は時折叩きつけるように舞う砂を、頭から被った茶色い布で防ぎながら、隣にいるに声をかけた。 「ねえ、外のみんなは大丈夫かな?」 もと同じように被った布に手をやり、家から少し離れた所に停まっている馬車を見る。 「街の区画内だから魔物には襲われないよ。とにかく王城へ行ってみよう」 「そうだね」 言い、2人は城へとまっすぐ歩き出した。 テルパドール。 情報によれば、ここに『天空の兜』があるという。 たちは城に入ってすぐ、2人いるうちの兵士のひとりに声をかけられた。 「お客人。申し訳ないが、砂を払っていただけるか」 「あ、ごめんなさい」 慌てて砂を払う。 そこも一応城の中なのだけれど、その辺の文句はないらしい。 と一緒に茶色い布を外して砂埃を下に落とすと、兵士が布を預かると申し出てくれ、たちは素直にそれを受けて布を渡す。 戻ろうとする兵士に、がこの城の王の事を問う。 「ああ、女王様でしたら、今の時間は階下にいらっしゃいます。この道を真っ直ぐ行くと地下への大階段がありますから」 丁寧に礼を言い、地下への階段へと歩き出した。 ――階段を下りる途中から感じていたのだが。 下りきって見るとやはりそうで、階段の周囲を囲むようにして水が張られている。 澄んだ液体が取り囲むその向こうには、緑色の絨毯――芝生だ。 草花があり、木もところどころにあり。 は思わずに確認してしまう。 「ここって地下、だよね?」 「凄いな。どうやってるんだろうか」 水の近くによって本物か確認してみるが、やっぱり水だ。 砂漠の真ん中に城があるだけでも凄いと思うのに。 「ほんとに凄い……。あれ?」 視線をふと奥へ向けると、明るい赤色の絨毯にテーブルセットが乗っており、かつその上で優雅にお茶を飲む女性が見て取れた。 の服の裾を引っ張り、真逆の方向をしげしげと見つめていた彼の意識を同じ方向へ向かせる。 「あそこに誰かいる。女王様かな」 「多分そうだろう。……行こう」 彼の横を歩いて、絨毯の上に乗らない位置に立つと、女王に向かって一礼する。 礼を欠いて打ち首になる――という事は恐らくないだろうけれど。 女王はとを交互に見、ふわり、笑みを浮かべる。 女性のが見ても妖艶で美しいと思うため、ちょっと気になって隣の夫を見てみるが、彼は別に表情を変えたりしていない。 黒髪で美しい女王は、見事な装飾の施されたティーカップを置く。 「わたくしは女王アイシス。あなたがたは旅人で――」 女王は一瞬、何か驚くべき事を聞かされたような、小さな子供のような表情になった。 彼女は直後に立ち上がり、との手を取った。 「……あなた方の旅の目的をお伺いしても宜しくて?」 「俺たちは伝説と言われている、天空の武具を探しています」 が困惑気味に答えると、女王は深々と頷いた。 「そうですか。確かにこちらには天空の兜があります。……あなた方にならその門を開いてもいいでしょう。こちらへ」 女王は手を外すと、せかされるように早足で階段を上っていく。 とも、言葉を交わす暇もなくとにかく彼女を追った。 いったん外に出、長細い路を歩いて王城の西側に位置する場所へ。 正方形の建物の鍵を開け、更に女王は歩いていく。 中へ入って扉を閉めると、建物の中を照らすのは内部の灯りだけ。 入って直ぐの場所には、ただぽつんと地下への階段があるのみで、他に何があるでもない。 薄暗い階段を、ゆっくりと下りていく。 「、足元に気をつけて」 「ありがと――っ!!」 「危な……」 案の定足を滑らせたを、下にいたが慌てて抱きとめる。 「ごめんなさい。もう離して大丈夫」 がっしりとした腕に抱かれたままでいるがそう告げるが、彼は心配なのか手をつないだまま歩き出した。 子供みたいで恥ずかしいのだけれど、でも安心する。 揺らめく火の灯りを頼りに階段を下りきると、急に開けた場所に出た。 入って来た場所より断然広い地下室の真ん中に、石碑と台座があり、そのすぐ側に女王が立っている。 「2人ともこちらへ」 静謐な空気に満たされたこの部屋は、衣擦れの音を立てる事すら不謹慎に思われた。 幾分か緊張気味に台座の側へ寄る。 女王は真剣な表情でを見た。 「これがお探しの天空の兜です。でこれをかぶれる者へお渡しするよう、代々伝えられております。ですから、あなた方のどちらかがかぶれればお渡しします」 は暫く兜を見つめていたが、意を決したようにそれを手に取り、頭にかぶる。 ――だが。 「……駄目だ」 ひどく緩慢な動きで兜を台座に戻した。 どうかしたのかと問うの瞳に、彼は首を振る。 一瞬平気そうに見えたのだけれど。 「凄く重いんだ。あれを装備したまま闘うなんて事できない。――剣も引き抜けないんだから、当たり前だったんだけどな」 苦笑気味に言いながら彼はに道を開ける。 「さあ、あなたも」 女王に言われ、まあ無理だろうなと思いながらも台座の前に立つ。 今しがた動かされたばかりの兜は、台座の上に鎮座していながら、けれど近寄り難い空気を発している。 嫌な感じはしない。 が、発せられる神聖な空気は清浄すぎるとでも言おうか――認めた者以外には許さないというような、圧迫感染みた気配がある。 何をどう認めるのかと聞かれると困るけれど。 一旦を見てから台座に目を移す。 「……重そうには見えないけど」 鎮座しているそれは、天空の盾と同じように白銀の中に様々な色彩を含み、普通の兜とはまるっきり違う――余り頭部を保護しているとはいえない、ある意味では鉄で出来たバンダナか、またはサークレットの変化版のような形をしている。 兜の中央に宝玉がはめ込まれているが、何という宝石なのかは分からない。 他に目立った装飾品はなかった。 幾分か躊躇し、と同じように意を決して、手に取ろうと指を振れさせる。 (あ――) 考えなかったわけじゃない。 けれど、同じ事が起こるとは思っていなかった。 天空の兜に触れた指先から、またあの感じが流れ込んでくる。 世界が一気に後ろに通り過ぎる感覚。 けれどこの間と違うのは、以前よりもより感覚と映像が現実的で、尚且つ鮮明である事。 そして――脳裏にではなく、目の前に展開されている事だ。 まるで澄んだ水に映った映像が、そのまま抜け出してきたみたいに。 言葉まで認識できる。 『護れ。そのための命ぞ』 しわがれた声。 銀色の髪を持つ老婆が、蒼い炎の灯された円状の部屋で、まるで呪いのように言葉を紡いでいる。 『使命を忘れてはならぬ。ただ護るがお前の使命』 老婆はなおも続ける。 『――恋慕などは抱かぬ方がお前のためだ』 指先を突きつけ、老婆は言う。 『お前は選ばれぬ。ただ界の均衡を取り戻すため、見守るため、護るためだけと知れ。かつてのような過ちは赦されぬよ。解っておるな?』 『――はい婆様』 答えた声は幼い自分の声に酷似していると、が頭の隅で思う。 その瞬間、その声の主がふいに脳裏に浮かんだ。 ――ああ、やっぱり。 護れと言われたのは、私だ――。 「……!!」 肩を強く揺さぶられ、はっとする。 心配そうに見つめてくるのアップに、自分がどうなったのか分からないままで 「大丈夫、平気だから」 とだけ答えていた。 本当は全然大丈夫なんかじゃないのに。 震えそうになる身体を必死に制御し、兜を手に取った瞬間、手にひどい重みが加わって取り落としそうになる。 仕方なく台座に戻した。 「私も駄目。残念だけど……」 深く付いたためいきは、兜を手に入れられなかった事に対してか、先ほど見た映像に対してか、自身良く分かっていなかった。 女王は残念ですと言い、2人を率いて上に戻った。 2007・11・9 |