砂漠 山の切れ目を見つけて接舷し、砂の大地に下りた。 が一番最初に砂へ足を踏み込む。 さらさらとした砂は肌触りとしてはいいのだけれど、歩くという行為となると話は別で。 一歩一歩踏みしめて歩かなくてはならず、体力の減りも普通の大陸に比べれば少なからず早いだろう。 もっとも、毒の沼地なんかよりは当然ましなのだけれど。 馬車を砂の上に下ろしたに、は問いかける。 「馬車、大丈夫かな?」 「そうだな……」 は、パトリシアと車輪を見比べてから頷いた。 「そうだな、最悪、戻ないといけなくなるかも知れないし。俺たちも余計な労力を使わないように気をつけよう」 うん、とが頷いたのを皮切りに、はパトリシアを引っ張って歩き出した。 もその横を歩き出す。 馬車の中からプックルが出てきて後ろを守り、右の方をピエールが見張る。 ベホマンとスラリンは馬車の中。 コドランは馬車の上にちょこんと座っている。 地図を確認し、先の目星をつけた。 「ここからだと大体南西にテルパドールのお城があるよ。南にいけばオアシスだけど……」 の言葉には頷く。 「オアシス経由で行かないと、水がなくなるかも知れない。そっちへ行こう」 当面はオアシスを目指して歩く事になった。 とにもかくにも砂漠を歩く。 確かに砂地を歩いたのはこれが初めてではないのだけれど、今までに歩いたのはそんなに広くもない砂地だったし、あくまで砂地。 砂漠と名のつく地名の箇所も歩いたが、ここほど砂漠らしい砂漠は歩いた事がなく。 照りつける太陽は鬱陶しいほどで、馬車の中にいるベホマンとスラリンは干からびそうな勢いだ。 外を歩いているピエールの下にいるスライムも、いつもと違って元気が少々失われている気がする。 プックルなんて全身毛皮で、いかにも暑そう。 「愚痴っても仕方がないんだけど、結構キツイね」 外気温のせいか、ただ吐き出されただけの息もため息に似てしまう。 自分が吐く息ですら暑いのは勘弁して欲しい。 「、馬車に乗っててもいいんだぞ?」 言われ、首を横に振る。 みんなが辛いのだから、と。 は苦笑し、一旦止まって馬車の中から茶色の布を出してに渡す。 「それでなるべく肌を隠して歩くといい。俺も使うし」 ターバンを外し、がお手本のように頭にすっぽりと布を被る。 もそれに倣って、頭の上からすっぽり被った。 熱気はあるが、先ほどまでより幾分かマシだ。 彼は車輪の具合を確認し、入り込んだ砂をある程度拭ってから、また進み出す。 頭から布を被ったまま、延々と歩く。 布を通してさえ暑い陽射しは、けれど奴隷時代に水さえ飲めない状況下で生活していた頃に比べれれば、それでも充分にマシだったけれど。 時折地図と方位を確認しながら歩いていく。 「今更だけど、砂って足を物凄く取られるね」 「今のところ敵の姿は見当たらないからいいものの、戦いにでもなったら厄介だな」 さく、さく。 音を立てて道なき道を行く。 そうして暫く歩いていると、突然プックルが唸り出す。 が緊張し、プックルが視線を向けているほうを注視する。 も瞳を細め、同じように先を見やる。 砂煙を上げていたそれが近寄り、すぐ傍で止まった。 3台ほどの真ん中、一番豪華でしっかりした造りをしている幌馬車から、体躯のいい男性ともうひとり、武装した者――護衛者――が降りてくる。 体躯のよい男性が声をかけてきた。 「よう、旅人さん。テルパドールへ?」 が頷く。 男は何がおかしいのか、にまりと笑んだ。 「俺ァこの商団の団長をやってる。ちょっと前にテルパドールを出てきたとこだ。あすこへ行くなら、こっから南にあるオアシスへ寄って行くといい」 「助言ありがとう。あなた方はどちらへ?」 に問われ、団長は腰に付けた水をひとくち飲み、それから返答を返す。 「グランバニアって国だ。知ってるか?」 が地図を広げると、団長の側にいた護衛者がその位置を指し示した。 示された場所を見る。 グランバニア。 そこはサラボナから行き先を決定する折、2番目の候補に挙がっていた地だ。 だが、サラボナからの距離を考えるとテルパドールの方が近かった事もあったし、何よりグランバニアに行くには山越えをしなければならない。 そのため、後回しにされた国だった。 団長はもうひとくち水を飲む。 「東の大国さ。こっからだと北東の方向だけどな。あすこも大変だよなァ」 「大変?」 が首をかしげると団長は腕を組んで頷いた。 「知らないか? 王が出て行ったっきり戻って来ない。俺たちァ何度かあすこへ行ったが……残った奴らが踏ん張ってるから寂れちゃいねえけどよ、王は一体どこへ行っちまったんだろうなァ」 商売を手広くやるためには、王のご威光が必要なんだけどもなァ、とにはよく分からない事を言って、団長は深々とため息をついた。 「ああ、悪ィなあ、引き止めちまって。旅の無事を祈ってるぜ」 祝福を、と手馴れた様子で祈りを捧げる団長。 正式なものとは違うようだけれど、その粗っぽさが旅する者が旅する者へ向けた祈りだと思わせてくれて、なんだかは嬉しくなる。 それじゃあ、とからから笑い、団長は護衛者を率いて幌馬車に乗り込むと一気に走り出した。 砂煙を立てて走っていく商団が消え去る前に、たちも移動し始める。 「ねえ、グランバニアって王様がいないって……そういうの、大変だね」 「そうだな……ラインハットも大変だったみたいだし」 正式な公布を出された王がその場にいないというのは、民にとって大変な事だろう。 王家の混乱もあるだろうが、何より王によって民の暮らしが一変してしまう。 グランバニアの王は、どこへ行ったのだろうか。 旅立って戻ってこない――。 の脳裏に過ぎったのは、パパスの事だった。 しかし余りに混沌無形すぎて、口に出せはしなかったけれど。 それから半日あまり。 敵に襲われながらようやっとオアシスにたどり着いた。 2007・10・15 |