誰でもない君へ 3 「フローラさん、ビアンカ……ごめんなさい」 今にもひれ伏しそうなほど、悲痛な表情で謝るに、フローラとビアンカは顔を見合わせてくすくす笑った。 ビアンカは今更、という顔。 フローラは、ほんの少しだけ苦笑交じりで。 次々と運ばれてくる花嫁――つまり――のための品々を横目に、自身はこの状態にいまいちなじめていないというか、思考がついていっていないというか。 だって、今さっきまで決別するつもりだった。 最後だと思っていた。 それが――それが急に結婚しようと言われて、あれよあれよと言う間に、結婚の準備を始めて。 予想していなかった。 しかも、本来に選ばれるはずであった2人の女性は、の身づくろいを手伝っているし。 混乱しているに、ビアンカはコルセットを着せる。 「、謝る事なんてないわよ。わたし、こうなるだろうなって思ってたの」 「ビアンカさんも? わたくしもですわ」 ドレスの下準備をするフローラまでが、そんな事を言う。 身体ごと後ろを向こうとしてビアンカに怒られ、仕方なくは体と顔を、正面の鏡に向けたまま話す。 「あの、それってどういう……。私、はビアンカに会いたがってたし……その、少なくとも、フローラさんにも好意を抱いていたのは確かで、2人の間で揺れてたのも見てるん――ぐえ!」 ビアンカに思い切りコルセットを締められ、情けない声が上がる。 「あ、ごめんなさい。ちょ、ちょっと加減が分からなくて……強く引っ張りすぎちゃったわね。大丈夫? こんなの、初めて人に着せるものだから……」 「う、うん、大丈夫よ」 「――そうね、確かには、わたしに会えて嬉しがってくれた。わたしだって、ずっと会いたかった。実際に会えて、一緒に旅をしているその間に、今まで離れていた事を、埋められたらなって思ってたわ」 でも、と彼女は続ける。 「あなたが滝の洞窟から抜けた後に、倒れたでしょう?」 「そういえば、そうだったね」 「その時のの様子ったらもう……。回復を掛けようとしてる仲間すら邪魔にする勢いで、『! 目を開けてくれ!!』だもん」 「……お、覚えてない」 眠っていたのだから、覚えているはずがないのだが。 「夜、わたしの所に様子を見に来てくれたかと思いきや、話す内容は『ここのところ、がよそよそしいんだけど、何か聞いてないか?』だし。山奥の村に泊まったときだって『はあーだこーだ、がどーのこーの』って」 唖然としているの腰を叩き、ビアンカはフローラと交代する。 フローラに渡されたドレスを着、彼女に後ろを止めてもらう。 「様はわたくしにとても優しかったですわ。でも……アンディのところへさんが行かれてる間なんか、完全に気がそぞろでしたわ。 わたくしの事を聞いてるようでいて、聞いていらっしゃらないんですもの。ちょっと酷いですわよね」 「アンディさんの所には、治療で行ってたし……それに、は全然そんな素振りなんて――」 がアンディの治療に行くと行っても、は笑顔で『いってらっしゃい』を言うぐらいなもので。 嫌な顔なんて、全然しなかったのに? 「冒険の話を聞いても、『どこそこでが』ですもの。わたくしたちに入る余地は最初からなかったのですわ」 そんな風に思えなかったけど……。 それにしても胸が苦しい。 ウエディングドレスって綺麗だけど、見る方がいいなと思ったりする。 「……本当にゴメンなさい」 「もういいから。選んだのはだし。友達に変わりはないんだから」 「そうですわ。様に泣かされたら、いつでも仰ってくださいね。力になります」 ビアンカとフローラに軽口を叩かれ、はやっとの事で本物の笑顔を浮かべた。 内心複雑なのは自分より彼女たちだろうに、優しい言葉をかけてくれる。 心底嬉しく思いながらも、着々と結婚式の準備は進んでいった。 暫くして、ヴェールを取りに行っていたが戻ってきた。 山村の村からサラボナまでという、結構な距離であるが、強烈に早かった。 帰りはルーラを使っているとはいえ、恐るべきスピードである。 それから新郎側の準備の方が整うまで、暫しの時間があった。 その間、はビアンカやフローラと一緒にいた。 何か手伝うとが言っても、花嫁だからと切り替えされて、結局ずっとお喋りしている状態だった。 「そろそろ、様の準備が整う頃かしら」 時計を見て、フローラが何気なく呟く。 すると、 「様。様がいらっしゃいました」 丁度よく、扉の外から従者の声がかかった。 を連れに来たは、扉を開けた格好のままで固まった。 彼は、どこから見ても旅人ではない格好――つまり、正装していて、は目を瞬いた。 良家の子息だと言っても過言ではないほど、物凄く似合っている気がした。 「――あの、?」 「あ、……ああ、えっと……?」 確認するほど、別人に見えているわけじゃないと思うのだけれど。 は独白しつつも頷く。 彼はやっとの事で入ってきた。 ビアンカが、が持っていたヴェールの箱をひったくるようにし、中身を取り出す。 「ほらほら。ヴェールかぶせてあげなさい」 「ああ……うん」 どこか不安になるぎこちない足取りで、彼はの前まで来る。 彼は、どことなくぎこちない動きでヴェールを被せた。 「……綺麗だよ」 「あ、ありがとう……もカッコイイよ。いつも通りに」 恥ずかしくて堪らない。 2人して俯いていると、ビアンカとフローラが後ろに回りこんで背中を押す。 「ほらっ、神父様待ってるんだから! わたしたち、先に行ってるわよ!」 「様、ちゃんとさんをエスコートして下さいね」 言うが早いか、さっさと出て行ってしまう。 残された2人は顔を見合わせ――堪えきれずに笑い出した。 「あはは! 何だか凄く変な気分!」 「同じく。……、行こう。みんな待ってる」 うん、と頷き、ゆっくり彼の手を握ろうとしたのだが。 あまりの恥ずかしさに手が握れない。 「……、あの……手じゃなくて……ええと、服掴んでていい?」 「どこでもいいよ」 小さく笑み、はまるで子供が父親にそうするように、服の裾を掴んだまま――教会へ向かって歩き出した。 教会の大扉を開けて中を見たは、人の多さに唖然としてしまった。 フローラとビアンカを蹴っ飛ばした、そしてその彼が選んだ花嫁を一目見ようと、サラボナどころか、近隣からも人が集まって来ているのだった。 かちちこ、と固まるの手を掴み、はゆっくりと絨毯の上を歩いていく。 周囲を見回す余裕など余りなかったのだけれど、それでも来客者の中にヘンリーとマリアがいるのが見えた。 嬉しそうに、でも意地悪そうにニヤついているようにも見える(意地悪そうなのはヘンリーだけだが)。 ああ、後で絶対にからかわれる。 「、平気か?」 「う、うん」 不思議と、の声を聞くと安心できた。 人の目を浴びているという、ちょっと特殊な状況でも、彼の声の威力は絶大だ。 ゆっくり、真っ直ぐ、深紅の絨毯の上を歩いていく。 神父の前に立ち、一礼した。 「それではこれより、神の御許で結婚の儀式を執り行います。異議のある者はおられますかな?」 ――沈黙。 神父はひとつ咳払いをし、聖書を片手に流暢な言葉で式を進めていく。 こっそり隣のを見ると、彼もまたを見返した。 緩む頬を一生懸命に堪えて、神父の言葉に耳を傾ける。 「――。汝はこの者を妻とし、2人が生涯を別つまで愛する事を誓いますか」 「はい、誓います」 きっぱりと言われると、心が震えるのが分かった。 嬉しくて堪らない。 涙が溢れそうになるのを、必死でこらえる。 「、汝はこの者を夫とし、2人が生涯を別つまで愛する事を誓いますか」 「誓います」 「それでは指輪の交換と誓いの口付けを」 神父が差し出した指輪ケースの中から水のリングをが取り出し、の指へ。 火のリングはの指へと納まる。 ヴェールを持ち上げて彼は微笑んだ。 「……、俺は後悔しない。君が何者でも、俺は……君が好きだから」 「、ありがとう……私も、あなたが好き……です」 の顔が近づく。 は静かに瞳を閉じた。 そっと重ねられる口唇は、とても優しくて。 永遠に覚えていられる温もりだと思った。 ちょっとここで調整のためにストップするかと思います。 なるべく早く次回を出せるよう尽力。 2006・12・15 戻 |