不思議な店で不思議な剣を貰ったは、結局それをつき返す相手もなく、仕方なく――でもありがたく――それを腰に着けた。 後で大きな図書館にでも行って、どこの文字か探すか、または学者を訪ねて、どこのものかを教えてもらうかしようと思いつつ。 過ごす時間 2 結局、夕食ぎりぎりに戻ったは、に剣を手に入れたいきさつを話そうと思って――やめた。 余計な事を言って、彼に気苦労をかけたくはない。 ただでさえ、結婚の事で頭が一杯になっているし。 スープのスプーンを口にくわえたまま、むっつりと押し黙っているに、は首をかしげた。 「?」 「え、なに」 「……問題でも?」 問題――といえば問題なのかも知れない。 口に出す気は更々ないけれど。 「別に、なんでもないよ」 残ったスープを黙々とすくい、口に運ぶ。 は怪訝な顔をしながらも、追求してくる事はなかった。 「あ、そうだ。、明日の夜は時間を空けておいてくれないか」 「どうかしたの」 いや、と後ろ頭を掻く。 ウェイターが空いた皿を下げる。 「ルドマンさんが、明日、俺たちを夕食に招待してくれてるんだ。ビアンカも一緒に。今日、フローラさんと話をしてたら、そういう事になって」 ……という事は、アンディはと鉢合わせしたのだろうか。 傷が治った彼は、フローラに会いに行くと言っていたから、可能性は高い。 「アンディさん、行かなかった?」 「え、ああ。彼は直ぐに帰ってしまったけど……」 今だけはアンディに同情する。 多分、色々とありがたくない結果だっただろうから。 「それで――私も夕食にお呼ばれしていいの?」 「いいって言ってる。折角だからご馳走になりに行こう」 特に異存はないのだが……ある意味では、地獄の釜の蓋が開く場所に行くという気分になる。 気のせいだと言えない自分が悲しい。 ルドマン夫妻に、フローラにビアンカに。 加えて。 1人の男性から選ばれるのを待っている、フローラとビアンカ両名には、もしかしたら有り難くない夕食会かも知れない。 「……夕食会、ねえ」 翌日の夜。 、、ビアンカの3人は、ルドマン邸の戸を叩いた。 するりと扉が開き、中から使用人が顔を出す。 「お待ちしておりました。どうぞ」 3人ともお辞儀をし、家の中へ入る。 煌びやかなランプの灯りは、当然ながら宿のそれなど比ではなく、美しく邸内を飾っている。 使用人が先導し、応接間への扉を開いた。 大きく豪華なテーブルに、天井を飾るシャンデリア。 場違い感をひしひしと感じつつ、は室内へ入る。 既にルドマン夫妻、フローラは食卓についている。 使用人はそれぞれを席に案内すると、厨房へと向かっていった。 は丁寧にお辞儀をする。 「あの、お誘いありがとうございます」 「いやいや。折角の縁だからな。 ルドマンは席に座るよう勧め、3人とも座ったのを確認してから、使用人に命じて食事を持ってこさせる。 「殿、ワインはどうかね」 「いえ、僕は――すみません」 が『僕』と自分を称するのに違和感がある。 「ふむ、酒はいかんか。まあいい」 少しもしないうちに、食事が運ばれてきた。 隣にいるビアンカと顔を見合わせ、失礼がないようにしようねと苦笑する。 ……悪いが、形式ばった食事には慣れていないので。 食べ終わると次、という風に運ばれてくる食事をたいてい平らげつつ、障りのない会話をする。 今までの旅はどうだったとか、外の様子はどうだとか。 ルドマン婦人は適度にビアンカにも話を振ってくれて、おかげでが彼女を気遣って、気疲れする事はなかった。 メインが終わり、デザートが運ばれてくる。 は思わず笑みを浮かべてしまった。 隣にいたがそれに気付き、苦笑いする。 「、顔が緩んでるよ」 「だって、凄く美味しそうなんだもん……」 目の前にあるクレープは、チョコレートとクリームで装飾され、実に綺麗で美味しそうである。 フローラが小さく笑んだ。 「女の子は、甘い物に目がないものですわよね。もちろん、そうでない方もいらっしゃるでしょうけれど」 大きく頷くと、ナイフとフォークで綺麗に切り分け、ひとくち食べる。 甘い味が口いっぱいに広がった。 「んー、おいし……」 幸せいっぱい。 ビアンカが堪え笑いをする。 「……ビアンカ。笑うなら笑ってよ……」 「だ、だって……凄い幸せそうなんだもの……分かるけど」 ごめん、と言い、またくつくつ笑う。 フローラも釣られてかクスクス笑い出した。 失礼だー。 ルドマンは豪快に笑った。 「わはは! そんなに喜んでもらえるとは、料理人も喜ぶだろう」 「ど、どうも」 は改めて、ルドマンの隣にいるフローラを見やった。 白いレースのドレスに身を包み、青い髪を流している彼女。 良家のお嬢様そのままだ。 「ところで、殿はどこで様と?」 彼女のいきなりの質問に、は思わずの顔を見た。 と出会った場を言う訳にはいかない。 奴隷として出会ったなど、こんな場所で言う事でもないし、ましてや普通の会話でするようなものでもない。 しどろもどろにならないよう注意しながら、言葉を選んで口を開く。 「オ、オラクルベリーの南にある修道院で……」 「まあ」 目を丸くして驚くフローラ。 「わたくしも、その修道院にお世話になりました。偶然ですわね」 「え、ええ……はい」 苦笑するに、は申し訳なさそうな顔をする。 それが嘘に対するものなのか、自分に嘘をつかせたというものでなのか、には分からない。 「どうして様と一緒に旅を? 何か目的がおありなのかしら」 興味津々で聞いてくる彼女に、ルドマン婦人が咎めの声を上げる。 「これフローラ。あまり人様の事情を深く追求してはいけませんよ」 は手を振り、気にしないで下さいと意を表する。 自分の事は、さしたる問題ではないので。 の事情を、あれこれ聞かれるよりは全然いい。 「私、と会う前の記憶がなくて。旅をしてるのは、知ってる場所を探すためだったりするんですけど」 「まあ……ごめんなさい」 心底恥じ入っているフローラ。 初耳だったビアンカは、驚きの表情を浮かべている。 「いいんです。前ほど気にしていないので。まあそんな事情で旅をしてるんです」 のほほんと言う。 ルドマン婦人が息を吐く。 「今までの旅で、どこか見知った場所はございましたの?」 首を横に振る。 思い浮かべる事がごく最近あったのだけれど、それはにも言っていないし、多分、言う機会はもう与えられないだろう。 もしルドマン夫妻に何かを聞く機会があるとすれば、それは今日ではないだけの話だ。 「、わたしに出来る事があったら何でも言ってよね」 ビアンカに言われ、は頷いた。 に視線を移せば、 『言わなくても、協力するに決まってる』 とばかりの微笑があって。 今の自分には、嬉しくもあり――同時に寂しくもある。 彼に頼ってはいけない自分を、認識せざるを得なくて。 「ご馳走様でした」 丁寧にお辞儀をする。 それにならって、とビアンカも礼をした。 ルドマンは笑顔で礼を止めさせる。 「いや。こちらこそ楽しかった。また機会があれば是非」 「はい、喜んで」 「フローラとの結婚の祝いだと、尚嬉しいんだがな」 「あなた」 ルドマン婦人の鋭い叱責の声が飛ぶ。 肩をすくめたルドマンの様子が、何だか少し面白い。 は苦笑し、では、ともう一度礼をする。 そうしてからルドマン邸を後にした。 2006・9・12 戻 |