アンディの家に着いたは、軽くドアをノックして声をかけた。 「すみません、と申しますけど……」 過ごす時間 1 部屋の中に入ったは、まず、その両親の落胆振りに驚いた。 既に街中に、『という男性が、2つの指輪をそろえて持ってきた』という話が飛んでおり、アンディとフローラを結婚させたいアンディの両親としては、無理からぬ事だが。 父親の方が、に軽く会釈する。 も会釈し、アンディの状態を聞いた。 「あれから彼、どうですか?」 母親が頷く。 「ええ、ええ。おかげさまで、よくなりました。まだ動くには時間がかかりそうですが……」 「そうですか。少し、診せてもらってもいいでしょうか」 「そうしてやって下さい。あの子……最近ひどく落胆しているようですし」 フローラの件で落胆しているのは、間違いなかった。 は両親に丁寧にお辞儀をすると、2階のアンディの部屋へ向かった。 2階のベッドに、力なく横たわっているアンディを見、は声をかけた。 「アンディさん、こんにちは。……お加減はどう?」 声に気付き、アンディが顔だけ側に向ける。 「ああ……、さん。ええ、大丈夫です。良くなりました」 「そう。――ちょっと傷診せてね」 ベッド脇の椅子に座り、アンディの状態を診る。 火ぶくれで皮が剥がれている部分は、まだある。 以前が作った調合薬でかなりの部分が回復しているが、完治には至っていない。 少し考え、 「コレぐらいなら、私の回復呪文でなんとかなるかな……」 両手に魔力を溜め、アンディの腕に手を当てる。 暫く集中し――呪文を解放する。 「べホイミ」 ふわりと優しい光が彼の体を包み込み、傷を癒していく。 あっという間に剥けた皮膚が再生し、光が消える頃には、肌はすっかり綺麗になっていた。 まだ自分の魔力が回復しきっていないのか、呪文を使った事で頭が少しだけクラつく。 深く息を吸い、吐くと、あっさり楽になったが。 「……これで傷は治ってるはずだけど。腕を上げたり下げたりすると、まだ引き攣れてる感じがある筈だから、あまり無茶はしないようにね」 「ありがとうございます」 アンディは丁寧にお礼を言い、ベッドに腰掛ける。 立ち上がろうとする彼に、もう一言付け加える。 「無理な運動も駄目だよ?」 「大丈夫です。今日は――フローラに会いに行こうと思ってるだけですから」 「……そっか」 噂が耳に届いているのかいないのか。 どちらにせよアンディの問題であって、は口出しする事はお門違いに思える。 すっと立ち上がり、それじゃあ、と手を振る。 「あ、あの!」 「まだ痛い?」 「いえ、そうではなくて……あの、何かお礼をしたいんです」 「お礼?」 暫し考え、じゃあ、とお願いする。 「ひとつだけ、お願いして良いかな」 「はい」 「……もう、ひとりで魔物の巣窟に行くような無茶をしないように」 アンディは苦笑した。 家から出たは、その足で武具店へ向かった。 別に自分の剣が刃こぼれしてしまったとか、そういう事があったからではなく、もう少し――今の剣よりも、攻撃力のあるものを持っていた方がいいと思ったからだ。 暫くすれば、の助力は期待できなくなるから。 サラボナの街にある、めぼしい武器屋を見て回ったが、手になじむものはなかった。 そうそう自分好みの剣が手に入らないのは分かっていたが。 少し疲れてきて、商店街の外れに向かう。 ――ふと視線を横に向けると、乱雑に『武器』と書かれた看板があった。 興味本位で黄煉瓦色の外壁をした武器店に入ると、店主がカウンターの奥から、視線をこちらにじろりと向けた。 あまり愛想がいい店とは言い難いが、にはありがたい。 何か目的があって来た訳ではないし、ましてや確実に買うという事でもなかったので。 は一応店主にぺこりとお辞儀をし、それから壁にかかった剣や槍を見やった。 様々な長さの剣があり、どれも刀身が見事に磨かれている。 槍の矛先も、触れれば即切れそうなほどだ。 魔法使いの杖などもあるが、そちらは芸術品モノである。 今まで見てきた店とは、雰囲気そのものが違う。 「アンタ、剣士か」 店主がジロリと視線を向けてくる。 少し強張った笑みを返し、 「えっと……剣は使いますけど、本業は呪文というか……」 そう告げる。 白髪の店主は顎に手をやり、それから更に問う。 「お前、剣と杖、どちらが得意だ」 「それは……剣、ですけど」 困惑して首を捻る。 店主は暫く考え込んだ後、手招きをした。 何なんだと思いつつ、カウンターに近寄る。 「金はあるか」 「……手持ちはそう多くありません。それに旅人ですから、節約しないと」 苦笑しながら言うと、それについては何を言うでもなく、店主は 「少しそこで待っていろ」 店の奥へと引っ込んで行ってしまった。 「……?」 首をかしげ、でも出て行く事もできなくて。 仕方なくカウンターの側にあるショーケースの中にある品を見て、店主を待つことにする。 時間つぶしに見ようとしたものだったが、ケースの中にあるものを見て驚いた。 「うわぁ……凄い。なんだろうコレ」 中にあるものは、拳ほどの大きさ、小指ほどの大きさのものなどの石。 色とりどりの宝石は、酷く透明度の高いものばかりで――しかも中の色が揺らめいている。 どこかで見た事がある色合い。 「……そうだ、これ……炎の指輪の紅玉に似てる」 ケースの中にあるどの石も、2つの指輪の持つそれとひどく似ていた。 「そいつらは、魔力をその体内に閉じ込めている石だ」 奥から出てきた店主は、なにやらケースを持ってきていた。 「魔力を体内に……?」 「こちらへ来い」 言われるままにカウンターの前に戻る。 店主はケースを開き、中から一本の剣を取り出した。 手渡され、受け取る。 ショートソードより少し長めの刀身は、鋼色でも、銀でも、灰でもなく、薄い白。 それもケース内の石のように、色に微小な明暗の揺らめきがある。 柄の部分にはどこかで見たような不思議な文字が、巻きつくように穿たれていた。 軽く振ってみると、ひどく手になじむ。 それこそ、長年使った愛剣のよう。 「……どうだ、使い心地は」 「はい……何だろう、凄く不思議……。どこかで使っていたみたいな気がする……」 「じゃあ、お前さんはその剣に気に入られたんだろうさ」 ぶっきらぼうに言い、刀身を眩しげに目を細めて見つめる店主。 は剣を見やったまま、店主に問う。 「一体、何で出来てるんですか? それにこの彫られた文字は」 「刀身は魔力をたっぷり含んだ希少な白光石。柄の部分の文字は、おれの専門外だが、お前さんには重要なもんだろうよ」 店主はケースの中から鞘を取り出すと、に手渡す。 くすんだ灰褐色の鞘にも、不思議な文字の刻印が成されていた。 は怪訝な顔で店主を見やる。 「……私にとっては重要って、どういう意味ですか」 「その文字は、魔力を保護するって話だ。己で作ったのは剣の部分のみだからな、正確な効力は知らんさ。まあ、お前さんのためにあしらえたモンだ。もって行け」 「――私のためにあしらえた?」 不審で眉根が潜められる。 店主は舌打ちし、剣の入っていたケースを床に乱暴に置く。 言い過ぎた、と感じているような表情だ。 彼は――何かを知っているのだろうか。 が知らない、何かを。 「もしかして、貴方は私を知っているんですか」 「――お前さんが」 彼は一旦言葉を切り、目線を床へ向け――それからまた口を開く。 「もし、お前さんが真実を求めるなら、その機会はまたあるだろうさ。残念だが、今ここで言う事は出来ないんでね。だが、ひとつだけ」 「はい」 「お前さんは、サラボナの住民ではない」 では、何故この人は自分を知っているのだろう。 疑問を口にする前に、店主はに帰れとばかりに腕を振った。 「……あ、あの、お金」 「いらん。お前さんのための剣だ」 「でもそれでは――」 いらないと言ったらいらないんだ、と眼光鋭く言われる。 食い下がろうとカウンター触れようとした瞬間―― 「……え」 は、店の外にいた。 「え、え? なんで……」 店を確認すべく、横を向いたが。 そこには一面の壁があるだけで。 絶句する。 その手には、しっかりと剣が握られていた。 2006・9・5 戻 |