滝の洞窟 2



 敵を屠り、洞窟を奥へ奥へと歩き続ける。
 はビアンカを守り、仲間たちはを守る。
 そんな状況で、水の指輪の探索は続いていた。

「うわ、ここ段差が殆どないな」
 がこれから進むべき場所を見って言う。
 同じようにそこを覗いたビアンカは眉根を寄せた。
「ちょっと危ないかしら」
 とはいえ、立ち止まっているわけにも、戻るわけにもいかない。
 別のルートがあればそちらへ回る事も可能だが、調べ尽くしてここへやって来たのだから、やはり通るしかない。
「じゃあ、俺が先に行くから。ビアンカはその後を。は――」
「分かってるってば。心配しないで行く行く!」
 無駄に元気な声を出すに、は少しだけ眉を潜め――じゃあ、と先に下へ降りた。
 傍目にも、少し滑りつつ降りているのが分かる。
「うわ、凄いな……下は広い空洞だ。……いいぞビアンカ。ゆっくり降りて」
「ええ。じゃあ、先に行くわね」
「うん」
 腰を地面につけるようにして、足を小さな突起にひっかける。
 その突起に若干体重を乗せた途端、ビアンカの体がずるりと下へ落ちた。
「きゃあ!」
「「ビアンカ!」」
 が慌てた声を上げる。
 地面に手をつけたまま、彼女は勢いをつけての方へと滑り落ちてゆく。
 上にいるにはどうにもならず、ただ成り行きを見守るのみ。
 滑り落ちてくるビアンカを、は落ちきる寸前で抱きとめた。
「ご、ごめん」
「大丈夫か? 怪我は」
「ええ、怪我はないわ」
 抱きとめた格好のまま、とビアンカは話をする。
 ごく近い距離での会話。
 恋人同士のように。
 ――は、無意識に自分の胸の辺りを掴んでいた。
 暫くすると、自分たちの格好に思い当たったのか、2人は勢いよく離れた。
 が視線を上げ、を見やる。
、俺が受け止めるから――」
 彼の申し出を首を横に振って断る。
「けどビアンカみたいに滑ったら」
「大丈夫」
 心配そうに見つめる彼の視線を受け流し、はプックルの背中に乗った。
 そのまま彼に任せて下まで飛び降りる。
 唖然とするとビアンカに、苦笑いを浮かべた。
「ごめん。みんなこうすれば良かったね」
 わざとではない。
 プックルが引っ張るので、乗ったというだけの話だったりする。



 水の広間。
 一見したイメージをそのまま言葉にすると、そんな感じだった。
 先ほど通ってきた滝の見える石橋がかなり上にあり、滝はこのフロアにある湖に落ちている。
 それが満杯にならないのは、当然ながら、どこかに水をはける箇所があるからだが、が見る限りでは、外に繋がりそうな場所はない。
 今自分たちが立っている場所は、しっかりと踏み固められた道で、少し歩いた先には設(しつら)えた階段がある。
 そこから下は、今自分たちがいる場からはよく分からないが、水が薄く張られているようだ。
 湖の端には申し訳程度に道があるので、そこを通れば何とか歩けるだろう。
 中2階の位置にいるたちは、とりあえず階段を下りることにした。

「不思議ね。人の手が入ってるみたい」
 ビアンカが階段を下りながら言う。
 彼女の先を歩くは頷いた。
「そうだな。今までの場所はそうでもなかったけど。そこ滑るから気をつけろよ」
 足元に注意しながら階段を下りきる。
 道が左右に広がっており、左は滝の方、右は少し歩いた場所に上り階段があり、その奥に入り口が口を開けている。
 は右の方を示し
「とりあえず、近い方から行こうか」
 進言した。

 3人歩けば目1杯の道を、とビアンカが並んで歩く。
 その後ろにと、プックルをはじめとする仲間たちがぞろぞろ続く。
 ビアンカは実に楽しそうにしているが、は時折を振り返る。
 意識して、なるべく目を合わせないようにしているは、それに気付かない振りをしていた。
 今までの洞窟内での探索ではありえないほど、無駄にスラリンやスライムナイトのピエールと会話している。
「スラリンとかって、泳げるの?」
「うーん。みずのそこを、あるけるよ」
 要するに泳げないのか。
 ふよふよ浮いているベホマンに話を振ると、こちらは泳げるとの返事。
「プックルはネコかきで泳ぐのかなー」
 ぐるると困惑したような声が上がる。
 先を行くビアンカがクスリと笑った。
ってば、変なこと言わないでよ」
「え、変かな。でもやりそうじゃない? ネコかき」
 どうでもいい事を喋りながら、階段の前に着く。
 はふぅ、と息を吐いた。
「ねえ。ビアンカと2人で中見てきなよ。私と皆で、表張ってるから」
「いや、でも」
 困惑した風な表情を浮かべる彼。
「中でなにか異常があったら、呼んでくれればいいから」
 押し出すようにして、とビアンカを中に入れる。
 魔物の気配がないからこそ、そんな行動を取ったのだが。

 彼らが洞穴の中に入ってしまうと、大きく息を吐き、階段の段差にすとんと腰を落とした。
 その横にプックルがやって来て、体をすり寄せる。
 彼の背中に乗っていたスラリンが、ベホマン、ピエールと一緒に固まって外敵を警戒するが、とりあえず今のところ、敵の気配はない。
 はプックルの体にもたれかかり、瞳を閉じて、洞窟内の空気を肺いっぱいに吸い込み、ゆっくり吐き出す。
 ピエールが不思議そうにを見やった。
殿。如何しました」
「……うん。別に何でもない……少し、疲れただけ」
 スラリンが体を弾ませた。
「いっぱいあるいて、てきとたたかって、つかれた?」
「少しね」
 目を閉じたまま苦笑をこぼす。
 少し疲れたという言葉に嘘はない。
 確かに、自分は疲れていた。
 ただし、徒歩や戦闘の疲れではなく――気疲れだが。
 とビアンカの仲を邪魔しないようにするのは、にとって少なからず難しい事だった。
 敵と戦う時も、いつもならばが最前に立つものを、が勢いよく飛び出して前線で戦い、やビアンカに手間を掛けさせずに終わらせる。
 または、2人にメインを任せて、自分と仲間が脇にいる敵を屠る。
 いつもはがフォローしている部分を、全てビアンカに任せる。
 普段的に自分がしている行動を抑制するのは、にとっては難しい事で、何より神経を使った。
 そんな彼女の行動を、が怪訝に思っているのは確かだったが、はそれを完全に黙殺していた。
 彼も聞いてこなかったので、都合がよかった。
「……殿」
 ピエールの声に、は目を開く。
 彼の表情は鎧で見えないが、声色で心配してくれているのだと分かった。
 ……嘘を、見抜いている。
 プックルも「はふ」とため息に似た息を吐く。
「――やビアンカに言わないでね。私、あの2人の邪魔をしたくないから」
「邪魔など……殿を殿やビアンカ殿が邪魔にするわけが」
「まあ、私の勝手な気持ちなんだけどね……。2人に、たくさん話をさせてあげたいというか……分かるかなぁ」
 人の恋愛沙汰というのを、仲間の魔物たちが理解できるか不明だが、少なくともピエールは了解してくれた。
 聡いプックルも、特に何をするでもなくの側にいてくれる。
 スラリンもベホマンも、分かったと納得してくれた。



 暫くして2人が戻ってきた。
 がぱっと立ち上がる。
「どうだった?」
 は苦笑し、ビアンカは大きくため息をつく。
「宝箱があったんだけどね。中にあったのは別の物だったわ」
「エルフの飲み薬っていう……まあコレも貴重だけどさ。とにかく指輪じゃなかった」
 そっかと頷き、道をあける。
「じゃあ次は、滝の方いってみようか」
 笑顔の
 疲れを全く見せない表情に、仲間たちは内心で小さなため息をこぼした。



2006・6・30