2つ目の指輪


 ルドマンの船を借りた一行は、まず北へ向かった。
 サラボナの上流へ出なければ、探すものもさがせない。
 さほど揺れもしない船内の一室で、は地図を広げていた。
 ちなみに、船を操縦しているのはルドマンお抱えの船乗りである。
 仲間モンスターたちは思い思いの場所に散っているため、今はこの場にいない。

「水の指輪かあ……。確かにルドマンさんが言うように、水辺に関係してるところにありそうな名称だねー」
 船はルドマンが指輪を捜すために貸してくれたものだ。
 炎の指輪は火山にあった。
 ならば水の指輪は水関係だろうとあたりをつけて。
 と二人、地図を見て、ありそうな場所に目星をつける。
 じっと地図を見つめていたが、そういえば、と思い出す。
「ねえ、前にルーラを使うための草を探しに行ったじゃない?」
「ああ」
「そこの近くに、滝があったでしょ。その滝の裏側にさ、黒っぽい穴があった気がするんだよね」
「……洞窟か?」
 首を傾げつつ、言葉を続ける
「自信はないよ? でも、よくあるじゃない。滝の後ろになんとかーって」
「うーん、よくあるかどうかは分からないけど、第一目標にしてみよう」
「そんな安直に決めちゃっていいの……」
 彼はなんでもなさそうに言う。
「仕方ないだろ? あてもなく彷徨ったって労力の無駄だし。それに、俺、結構の目を信用してる」
「――? それってつまり、私を信用してくれてる、ってこと?」
 そういう事だとあっさり言い、は笑んだ。
 ……顔が赤くなるような事を言ってくれるなあ。
 かといって、こんなに長いこと一緒に旅をしていて、その上で信用されていないとなると大問題だが。


 船は順調に進む――かに思えた。
 思えたのだが。

「……あれ?」
 体に感じる揺れが何だか少なくなったような気がして、は窓から外を見た。
 進行方向に向かって東側の窓から外を覗いた彼女の目に映ったのは、少し離れた場所にある陸地だ。
 離れているといっても、さほどではない。
 この船で直ぐに寄せられる程度の距離にしかない陸地。
 景色が動いていないから、船は進んでいない。
 は景色を眺めつつ呟く。
「船、動いてない……」
「ちょっと船首に行ってくる」
 言うとは部屋を出て行った。
 ――暫く後に戻って来たが、彼の顔はすぐれない。
 問題発生、と小さく告げる。
「水門が閉まってて通れないんだ。で、管理者がいる村が直ぐ近くだから、そこまで行く」
 言いながらは旅支度を始めた。
 慌ててもそれに倣う。
 薬草の数を確認。
 腰に剣を装備する。
「村ってどの辺?」
「山村だっていうから、山の中だろうな……。日はまだ高いし、夜までには着ける事を祈ろう」
「そうだね」

 船を陸に着け、仲間と共に船から下りる。
 操舵主は居残りだ。
「お気をつけて」
 丁寧なお辞儀を受けてから、一行は山村を目指して歩き出した。




 道なき道、とまではいかないものの、獣道に近いものはあるそれを、ただひたすら歩き続ける。
 運のいい事に、今のところ魔物に出合っていない。
 は水で口を軽く湿らせ、先を歩くの後ろにぴったりとついて歩く。
 彼は後ろ――――に気をつけているせいか、普段より少しだけ歩くペースが遅い。
 山道では常にそうだが、こういう時、は自身の体力のなさを痛感する。
 男性であると比べてはいけないのだが。
 あまりにヘバってしまった場合、の後ろに控えているプックルが彼女を乗せる場合もある。
 スラリンは定位置のように既にプックルの上だ。
 延々と歩く事数時間。
 夕暮れ近くなってきた頃に、やっとそれは見えた。
「凄い所に村造るんだね……人の偉大さを痛感しちゃう」
 村を見て、思わず呟く。
 山と森が融合したような場所に、その村はあった。
 名付けるなら、山奥の村。
 ほんの少しだけ落ち窪んだ山間の部分にあるそれは、畑や水田などもあるようだった。
 は今現在自分たちがいる場所と、山奥の村の位置を目測している様子だ。
 暫くすると彼は振り向き、周囲を確認し、
「今日は残念だけど、ここで野宿だな」
 まだ日は落ちないが、山は夕暮れに入ってからの陰りが早い。
 先を見て行動するのが旅人の常というもの。
 無論、苦い経験の上に成り立っている。
「それじゃあ、枯れ木、集めてこないとね」
「俺が行く。は草と囲いを頼む」
「うん」
「じゃあぼくはについていくよー」
 プックルの上にいたスラリンが、ぷるぷると震えて意志を表する。
 はスラリンを肩に乗せた。
 役割分担を済まし、やるべき事を速やかにこなす。
 夕暮れまでには寝床を確保しておかなければならない。
 は木にあまり近くなく、尚且つ道からあまり外れない程度の適度に開けた場所に、焚き火をするための石の囲いを作ると、火付けのための草を集め出した。
 プックルがいるので、魔物に対しての警戒をする必要はあまりない。
 何かあれば唸って教えてくれるからだ。
 日はどんどん落ちていく。
 薄い暗闇が幕を下ろし始めた頃、は両腕いっぱいに枯れ木を抱えて戻ってきた。
「遅くなった。早く火熾し(ひおこし)して、夕食にしよう」


 完全に夜の帳が下りてしまうと、すぐ側にあるはずの道ですら暗くて不可視に近くなった。
 月は出ているものの、時折顔を出すだけで、殆どの時間を雲に覆われている。
 食事を終え、一息ついたは空を仰ぐ。
「雨、降らないといいね」
「大丈夫だろ。雲に厚さがないから、雨にはならないと思う」
 言いながらにお茶を手渡した。
 必要量の水は持ってきているし、山奥の村に入れば補給もできるからの行為。
 これが長旅で休憩地点の目測もつかない場合だと、水どころか食事も制限するところだが。
 は、が簡易的に作った筒の中の温かいお茶を、ゆっくりと咽喉に流す。
 体の中が温かくなる。
 外気が特別冷えているとは感じないが、それでも夜の森の中というのは
 普通の場所より低気温である場合が多い。
場 所柄もあるのだろうが、サラボナより北で、海に近く――むしろ囲まれている感じ――のこの周辺は、夜に関して言えば少々肌寒い。
 多分、死の火山の灼熱を身に感じてしまったからだと、は思っているが。
「そういえば。今こうやって村の人に鍵を借してもらおうとしてるのが私たちっていうことは」
「うん?」
「他のフローラさんと結婚したい人たちは、全滅しちゃってるってことかな」
「あー……そう……かな? 俺たちの前に誰かが水門を開けて、また村の人が閉めたとか」
 それもアリではある。
 だがは少し考え、首を横に振った。
「ありえないよ。船を借りたのは私たちだけだし」
「他の人は、自分の船を持ってたのかも」
「でも炎の指輪を持って行ったのはでしょ? その状態でもう片方だけ持ってきても」
「……そうか」
 彼は頭をかりかりと掻いた。
「そうだな。俺とが片方を持って行ったんだから……ルドマンさんの中では、もうある程度決定してることもあるんだろうな」
 炎の指輪が持ってこれたのだから、水の指輪も当然――という確定的要素。
 つまり、以外をフローラの夫とする気がないという、意思の表れ。
 水の指輪を誰かが持ってきたら、それはそれとしてまた問題が発生するのだろうが。
 はお茶をゆっくりと飲み干した。
 あと何回、こうして一緒に話ができるだろうと考える自分に寂しさと、同時に嫌悪を感じながら。
 が幸せならそれでいいはずなのに。
「それじゃあ、、そろそろ寝ろよ」
「……ん。じゃあ先に休ませてもらうね。後で代わるから……お休み」
「分かってるよ。――お休み」
 にっこり微笑まれ、半ば無理矢理横にならされる。
 そのままは3時間ほど眠った。


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山奥の村に入ります。
2005・12・27