怪我人アンディ


 死の火山から出た一行は、火山入り口でへたり込んでいるアンディを助け、とりあえずルーラでサラボナへと戻った。
 既に家々からは仄かな温かみのある光が零れている。
 薄暗くなり始めた空に、街の人々はそれぞれ家路を急いでいた。


 が炎の指輪を持ってルドマン邸へと足をむけ、彼に指輪を渡し、船を貸してくれるという話を聞き、宿へ戻ろうと歩いていると――
「……ああ、あなた方は……無事でよかったですわ」
 フローラが道の先から歩いてきた。
 彼女は心底ホッとしたように見えた。
「アンディから伺いました。あなたが炎の指輪を取ってきたと――大丈夫でしたか?どこか火傷や怪我は……」
 は首を横に振り、微笑んだ。
「いえ、俺――いや、失礼。僕は大丈夫です。アンディさんは」
 彼女の顔が少々曇る。
 無理もない、とは思った。
 彼の傷は――が多少なりと呪文で応急手当したものの、普通の青年には辛いだろうものだった。
 魔物との戦いを全て逃げ切れるわけではないし、マグマの熱を避ける呪文も持ち合わせてはいない彼にとって、初めての冒険にしてはかなり難度が高い。
 は申し訳ない気持ちになった。
「フローラさん、ごめんなさい。私がもっと上手く上位魔法使えれば、アンディさんの――少なくとも傷は完治できるのに」
「いいえ、彼の傷は大きなものはなかったので、直ぐに治るだろうってお医者様が。さんのおかげですわ。あなたの魔法がなければ、もっと酷かったろうと思います」
「そんな。――じゃあ、今、彼の状態は落ち着いてるんですか」
「ええ。火傷はあちこちにありますけれど……」
 顔を曇らせるフローラに、は進言した。
「……お邪魔じゃなければ、私、今から火傷を軽くする塗り薬、作りに行きますけど」
ぱっとフローラの顔が明るくなる。
「本当ですか! ああ、それじゃあお願いいたしますわ。
 アンディの家はこの道の角を曲がった、3軒目の家です」
「はい。……んじゃ、私ちょっと行ってくるね」
 話を振られ、は少し考え――
「俺も行こうか」
 進言した。
 しかしはフローラの視線がに固定されているのに気付き、苦笑いする。
 彼は気づいていないのだろうか。
 それとも、気付いていて気付かない振りをしているのだろうか。
 どちらにせよ、にはありがたくない光景だ。
「平気。街の中だし。うん、と……終わったら宿に戻ってるね」
「食事はが戻ってくるまで待ってるから」
「ありがと。でも遅くなっちゃったら食べちゃってね。じゃあ」
 それきり後ろを向かず、アンディ宅へと向かって一直線に歩いた。



 アンディの部屋は、さまざまな本が所狭しと本棚につめられており――いかにも勉学家という感じがした。
 その部屋の主である彼は、火傷と傷に呻いている。
 やはり応急処置程度の軽いホイミでは、到底まかなえない傷だったか。
 アンディのように、魔力波動に弱いと思われる人物に対して強い魔法をかけると、回復であれど対象の体力を酷く削る場合があるため、施せなかった。
 上位魔法を使い慣れていれば、そうでもないのだろうけれど、突付けば折れそうな人に――少なくともは――怖くて強い魔法なんてかけられない。
「う……あなたは」
 外来者のに気付くと、アンディは無理矢理体を起こそうとした。
 慌ててそれを止め、ベッドに横にさせる。
「手当てしに来ただけだから、起きなくていいよ」
「……フローラは……帰ったんですか」
 彼の言葉に素直に頷く。
「でもまた来るんじゃないかな。心配してたし。……ちょっと待ってね、今調合しちゃうから」
 手元に調合道具がなかったため、1階にいたアンディの両親に必要な道具を借りた。
 すり鉢にまんげつ草と薬草を入れてすりつぶす。
 そこに蒸留水を少量加え、粘り気が出るまでかき混ぜる。
「これでよしっと。後は……これを」
 四角く切り取った麻布に、緑色をした薬をぺったり塗りつけると、
「ちょっとしみるよー」
 アンディの火傷の部分にぴたりとくっつける。
「ううう……」
 酷く情けない声を上げる彼。
「大丈夫? あと……えっと2箇所ぐらい貼るけど」
「へ、平気です……」
「じゃあ遠慮なく」
 べたべたと貼っていく。彼は必死に声を押し殺していた。
 そんなに酷い傷でもないのだが、やはり普段戦いなどに行かない人は、擦り傷きり傷その他諸々は痛いだろう。
 かくいうとて、痛みに慣れるなどということは全くないのだが。
「……これでお終いっと。一晩もすれば大分良くなるはずだから」
「ありがとうございます……すみません、色々ご迷惑を」
「気にしないで」
 にこり笑うと、アンディは小さく頷いた。
 彼は困ったように視線をあちこち彷徨わせる。
 なにか言いたげだ。
「どうかしたの?」
「……その、あなたと一緒にいた」
「ああ、のこと? 彼がどうか――」
 どうかしたのか、と問おうとして止めた。
 あまりに分かり易いといえば分かり易い質問だろうからだ。
「フローラさんとが気になるんだね」
 無言で頷くアンディに、はなんと言えばいいのか――苦笑いをこぼした。
 気持ちは分からなくもない。
 フローラのを見る目は、なんというか、<そういう>目だから。
 アンディは沈痛な面持ちでを見やる。
さんは、フローラのことをどう思っているんですか?」
「さあ……。それは当人じゃないと分からないよ」
 そういえば、彼から結婚についてのことを、きちんと聞いたことがない。
 ただ――
「でも、私はの意見を尊重したいから、指輪を探すのも手伝ってるんだろうと思う。彼自身がどう思ってるかとか、そういうのは――あんまり気にしてないみたい、かな」
 微苦笑気味に言う。
 その発言に、アンディは眉根を寄せる。
「あなたは、彼が好きなんじゃ……」
「んー」
 は首をかしげ、瞬きの間だけ思考を巡らせ、答えた。
「それは確かにそうなんだけど。困らせたくないんだよね。私が彼の選択肢を潰すのだけは避けたいというか……うーん」
 彼にとって自分はただの旅仲間で。
 上手く言えないけれど、恋愛の対象には決してならないだろうと漠然と思っている。
 アンディにそう言うと、彼は更に深々と眉根を寄せた。
「ぼくは、あなたみたいに――考えられません。フローラが好きだから、この思いを捨てたくない……」
「それは否定しないし、普通の考えだと思うよ? ただ、私の場合は――なんていうかな」
 次に口に出そうとした言葉に、は自分自身で驚いた。

『私は、彼が選択する者に入ってはいないから』

 その言葉がどこから導き出されたものなのか分からず、は怪訝な表情になった。
 アンディが不思議そうに問う。
「あの、さん?」
「――あ、ええっと……ごめん、なんでもない。ちょっと疲れてるみたい」
「す、すみません……長々と引き止めてしまって。ぼくはもう平気ですから」
「うん。明日一番でまた様子と薬替えにくるから。それじゃ」
 にこりと笑い、はアンディの部屋を後にした。
 1階の両親にもきちんと状態を説明し、家を出る。

 宿までの道すがら、は自分の思考に戸惑いを覚えていた。
 彼が選択する者に入ってはいない――。
 奇妙な自覚があった。
 その思考は、間違いなく消えている記憶の一部からのものだと。
 しかし、細部を思い出そうとしても出てこない。
 ただ。
 の人生に、自分は不要なのだという確たる想いがあるだけだった。




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望まれたので出してみましたという…が出てこない!
というか、凄いタイトルだなぁ…自分でつけてるわけですが。
……アンディドリーム?(汗)
2005・12・6
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