漠然とした思い。前もって知っていたような感覚。
 サラボナでなにかがある。ただそれだけは分かっていた。
 ないはずの記憶がそれを体に伝えていた。
 刻一刻と迫っている、その時を。
 迫り来る刻に名をつけるならば。
 ――別れ。


ルドマンの試練


「うーん、確かに富豪だね」
 他の家より一回り以上大きいその邸宅を目の前にして、は呟いていた。
 も同感なのか、静かに頷いている。
 街の規模としては一般のそれより少し大きいかな、という程度のサラボナの中にあって、この邸宅――ルドマン邸――だけは異質だった。
 淡く白びかりしたレンガ(多分大理石の種類だと思われる)で作られた壁、入り口手前には何段かの階段があり、入り口の扉は両手で押して入るという、貴族の家にはよく使われている造り。
 扉は木製だが、装飾品一つ取っても金細工、銀細工が趣味よく取り入れられていて美しい。
 扉の横の壁には黄金を使ったランプが置かれている。
 さすがに昼間なので点いてはいないが。
「門番はいないけど、昨日の犬がいるね。室内犬かと思ったら番犬だったみたい」
 が庭の方を指差す。
 そこには昨日に戯れた犬がいた。
 特にこちらを気にした様子もない。
「ともかく、ルドマン氏に話を聞いてみないとね、天空の武具」
「そうだな。じゃあ、行こう」
 いつまでも概観を見ていても意味がない。
 二人はノックをし、中の応答を待った。
「はい」
 すぐさま扉が開かれ、中からメイドらしき人物が顔を覗かせた。
 がお辞儀をし、もそれにならった。
「すみません、こちらはルドマンさんのお宅でよろしいでしょうか」
 の言葉にメイドは微笑む。
「はい。ルドマン様の邸宅でございます」
「――俺、あ、いや、僕はと言います。ルドマン氏に伺いたい事がありまして」
「そうですか。今ルドマン様は、一人でも多くの勇敢な若者をお求めでいらっしゃいます。どうぞ中へお入り下さい」
「――?」
 はメイドの言葉に顔を見合わせた。
 勇敢な若者とか何とか――よく分からないことを言っているが、ルドマン氏に話を聞かないことには天空の武具のことが分からない。
 彼は少し考え、メイドに聞いた。
「すみません。僕には連れがいるのですが、一緒に入っても問題はないでしょうか」
 ちょこん、と彼の横に立っているをちらりと見やり、メイドは困ったような顔をした。
 不都合でもあるらしい。
 メイドは困った様子で、でも無理矢理笑顔を作った。
「ええと……申し訳ないのですが、今は男性のみをお通しするよう言われておりますので」
 ……さっぱり意図がつかめないが、は自分の存在が話を聞く邪魔になるのだとはっきり理解した。
 二、三段ほどの玄関までの階段を、たたっと下りる。
?」
「私がいたら邪魔になりそうだから、街の散策してるよ。必要な道具とかも買っちゃっておくね」
「ああ、じゃあ頼むよ。悪いね」
「旅仲間にそんな遠慮しないの」
 手をパタパタ振り、はルドマン邸を背にした。


 改めて見ると、街の造りは教会の前の噴水を基本として、南に広がるように作られていた。
 ルドマンの屋敷は教会を北にするとその西にある。
 噴水広場の南側に、住宅地、そして店が並んでいた。
 ルドマン邸の直ぐ南には別荘らしき建物がある。
 やはり白地の大理石を使って作られたものだ。
 他の一般家屋は、普通の茶色いレンガを使って造られたものが多く、木材で建てられたものも数点あった。
 道はとりあえず区画整理されているようではあったが、どちらかというと家が先にできて、それから道を家の前にまで引っ張っていったような感がある。
 それでも不思議と街全体としては統一感がある気がするのは、やはり噴水広場を中心として、なにかしらの線引きがされているからかも知れない。
 ただサラボナの街の真西にある塔が、微妙に街を圧迫しているように見えてしまうのは、大きさの問題だろう。
 はまず武器を品定めし、とりあえずは現状維持で平気だろうと考えつつ道具屋へ向かった。
 非常時のためにと毒消しやら薬草やら数点を買う。
 応対してくれた男の人は、どうも気が散っている気がした。
 男性の視線の先はルドマン邸の方向だ。
 興味半分で質問した。
「今日って、ルドマン邸でなにかあるの?」
 道具屋の若い男性は、自分がかの家を見ていた事に気づかれた気恥ずかしさかなにかからか、頬を掻いた。
「いやあ、君は旅人さんだから知らないんだね。実はルドマン様の娘――フローラさんって言うんだけど。彼女の結婚相手を選別するんで、いろんな男性を招いてるって話なんだ」
「は? 結婚相手??」
 微妙な顔になっているだろう自分を自覚しつつ、話の先を促す。
「フローラさんは暫く修道院でいろいろな勉強をなさって、つい最近帰ってきたんだ。ルドマン様はフローラさんにふさわしい男性を求めててさ。今日、その選考のためにお家に多くの男を集めてるんだと」
 ルドマン邸でのメイドの言葉をふと思い出す。
『一人でも多くの勇敢な若者をお求めでいらっしゃいます』
 ……つまりあれは、勇敢な結婚相手を探してる、という意味だったのか。
 の胸に、急に膨れ上がる感情があった。
 それこそ、漠然としたものではなく、はっきりとした不安の嵐。

 ――彼の側に、いられなく、なる。

 鎌首をもたげたその考えを振り払うように頭を振り、ぺちぺちと頬を叩く。
 不安は直ぐに消えた。ちょっとのシコリを残しつつ。
「それで、何人ぐらい希望者がいるのかなあ」
「さぁ? おれは知らないけど――なにせフローラさん美人だし優しいしな。狙ってる奴は多いんだよ、サラボナん中でも。
 そこに輪をかけて外から噂を聞きつけてきた連中もいるからな。ここんとこ旅人なんてあんまり見なかったのに急に増えたもんな。アンタは女だから関係ないけど」
「フローラって人と結婚するために、わざわざ旅してくるっていう根性が凄い……」
「だろ? 途中で魔物にやられる可能性だってあるのになあ……旅人って考えが時たま分からんよ」
「同じ旅人でも分かんない」
 クスリと笑い、はその店を後にした。



 あちこち見てまわり、噴水広場に戻った時、丁度よくの姿を見つけた。
 なにやら考えている様子だったが、とりあえず声をかける。
ー!」
「……ああ、
 彼の側に駆け寄り、そのまま宿へと向かう。
 宿に着くまで、は始終無言だった。
 備え付けの机に荷物を置き、話を聞く。
「で、どうしたの」
「――うん」
 言いにくそうな顔をしている彼。
 は大きくため息をついた。
「フローラさんっていう人との結婚の話になっちゃったんじゃない?」
「な、どこで聞いたんだ??」
 純粋に驚いている彼に、道具屋で聞いたことを話す。
 は苦笑いをこぼし――それから小さく息を吐いた。
「ルドマンさんの家には、大勢男性がいて――それで、結婚の話を持ち出された。彼は娘さんの花婿たる資格を求めていて、2つの指輪を持ってくるように言った。2つの指輪をそろえれば、娘さん――フローラさんと結婚できる、って」
「うん」
「他の男性が出た後で、俺はルドマンさんに話をしたんだ。天空の武具を探してるって。あるって言うんだ。ただ――」
「ただ?」
「家宝をおいそれとくれてやれない。娘の婿なら話は別だ、って切り替えされちゃってさ」
 やっぱり、という思いが先にたった。
 面倒なことにはなりそうだったが、やっぱりなった。
「天空の武具は必要だもんね……。うん、協力するよ」
 あえて結婚に協力する、とは言わなかった。
「旅仲間だもんね、しっかりかっちり頑張るよ」
 なにやら言いたそうな顔をしているを完全に無視し、は宿の部屋から出ようとした。
「どこ行くんだい?」
「ルドマンさんち。ほら、一応私女だし、仲間っていってもちゃんと許可取っておかないと、後々面倒なことになったりするかなーと」
「……俺も行く」
 そう? と言いながらは先に宿の外へ出た。
 変に意識しては駄目だと、必死に自分に言い聞かせながら。
 一緒に行動すると決めた時から、分かってたはず。
 彼はいつか結婚して、誰かと一緒になるのだと。
 思っていたより少し早いけれど、その日が直ぐ目の前に来たのだと――。


「……ふむ。旅仲間か」
 ルドマンは恰幅のいい男性だった。
 を見やり、暫し考え、それから頷く。
「いいだろう。他の連中とて、たった一人で指輪を取りに行ったとは聞かないからな」
「ありがとうございます!」
 思い切りお辞儀をする
 その後ろにいたに、女性の声がかかった。
 が顔を上げると、ルドマンの横に青色の髪をした女性が立っている。
「あ、昨日の……」
「ああ、いらしてたのですね。わたくしがフローラですわ。宜しくお願いいたします」
 丁寧にお辞儀され、も反射的にお辞儀する。
といいます。ええと、宜しくお願いします」
 良家のお嬢様だと思ったが、ルドマン邸の娘だとは思わなかった。
「あまり無理をなさらないでくださいね……」
 それはに向けての言葉だった。
 なんとなく、所在がなくなった気がするは、知らず髪を弄くっていた。
 彼は優しい声でフローラに返答する。
「大丈夫です。――それでは失礼します」
 お辞儀をし、を引っ張って出て行った。


 それから3日後。
 一行は炎の指輪を探して火山洞窟へと入った。


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ここら辺が書きたくて始めたDQ5なんですが、案外すっきり終わりそうで…。
ゲームプレイ当初、お子様だった私はフローラとビアンカどちらを選ぶか、で
『強い方はどっちだ!』という形でを選んでました。…レベル上げ嫌いだったもんで。
2005・10・25
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