サラボナへ


 ルラフェンの街から南。
 小さな教会を過ぎたその先に洞窟がある。
 更に南に向かうためのもの。
 山岳地帯を削り取って作ったらしいその洞窟は、南の街サラボナへと続くたった一つの陸路だ。
 今、たちは道なりにそってその陸路を進んでいた。
 サラボナの大富豪が、天空の武具の一つを持っているという話を風の噂で耳にしたからだ。
 真偽のほどはともかく、行ってみる価値はある。
 そう判断した一行は、サラボナに向かって進んでいた。


「うーん、教会で一泊しといてよかった」
 は洞窟内特有の空気にウンザリしながら、先を歩くの少し後ろ横を歩いていた。
 さすがに船以外でサラボナへ行ける唯一ともいえる洞窟だけに、馬車がゆうに入る大きさの空洞が広がっている。
 洞窟というよりは、掘られた通路という感じだ。
 壁は多少崩れてはいるもののレンガ造りだし、地面はやはり多少ボロになっているが石畳。
 今まで通ってきた砂漠やら森やらに比べれば格段にいい。
 ただ、流石に真っ直ぐ進む構造になってはおらず、魔物も出てくるために疲労する。
 小さな教会で一泊していなければ、苦戦を強いられたであろうことは間違いない。
 腰にぶら下がっている短剣の重みを噛み締めつつ、は後ろを見やった。
 馬車の裏では、スライムナイトのピエールが後方からの敵を警戒している。
 プックルはとは逆側にいるため姿が見えないが、警戒している様子はないようなので今のところ近場に敵はいないのだろう。
「サラボナってどんな街だろう」
 一人ごちる。
 意外に返事が帰ってきた。
「まあ、頑丈な船を一隻作るぐらいの富豪がいる、っていうのは確かだろうね」
 が進みながら言う。
 は「なるほど」と頷いた。
「あくまで街だから、ラインハットみたいなのを想像してがっかりするなよ?」
「別に街に期待してるわけじゃないもん」
 期待しているのは、天空の武具の方で。
殿!」
 後方のピエールから声がかかる。
 ばっと一斉に振り向くと、魔物ビッグアイが3体。
!」
「分かってる。ベギラマ!!」
 間髪入れず、ビッグアイに呪文を放つ。
 3体のビッグアイを、地面を這うようにして火花を散らした衝撃が襲う。
 うめき声を上げてひるむ魔物に向かい、の剣が煌めいた。
 も彼に続いて腰の剣を引き抜き、斬りかかった。
 プックルの爪にやられたビッグアイが、背中からばったりと倒れる。
 その間にピエールがもう一体を手馴れた様子で倒した。
「はっ!!」
 が剣を真横に引く。
 ざくりと音がし――の剣が鞘に収められた。
 魔物の気配は消えている。
「……ふいー。割合整備されてるこんなところでも魔物の出現頻度が高いんじゃあ、旅人さんとか運搬屋さんとか大変だろうなあ」
 汗をふきふき言う。
 本来サラボナへの通過点であるはずのこの洞窟。
 しかし行き交った人物はいない。
 魔物を警戒して、最低限の交通量で済まそうとしているからだろうと思われる。
、出口だ」
「あ、ほんとだー」
 一つ壁を曲がったところに出口があるのだろう。
 外の明かりを薄っすらと壁が反射していた。



 外に出ると別世界。
 ……とは言わないまでも、空気は断然おいしい。
 は大きく深呼吸した。
 も同じように深呼吸する。
「さて、と。サラボナはここから西にあるって話だから……どうする? が疲れてるならここで野宿しても――」
 そう言われて、『じゃあ疲れてるから』と野宿したためしは殆どない。
「さくっとサラボナ行っちゃって、ベッドでゆっくり寝ようよ」
 野宿はが見張りしたりしなくちゃいけなくて大変でしょ、とペロリ、舌を出す。
 彼はの頬を小さく突付くと、意を得たりとばかりに先に進み始めた。


 サラボナの街は直ぐに見つかった。
 洞窟からの距離にしてさほどでもない。
 大きな橋を通ると直ぐに塔が――そしてその直ぐ横に街があった。
 夕暮れ時。
 暗くなる前に着けて丁度いい時頃だ。
 は馬車を街の外にある馬屋へ預けると、サラボナの中へと入っていった。
 街は夕食時で人は余り多くなかったが、人々の生活する薄明かりと夕陽の橙の光がとても暖かな色合いを出しており、一見して綺麗な街だと思わせてくれた。
「わんっ!!」
「――??」
 急に犬の鳴き声がして、今まで遠くを見ていた視線を近場に戻す。
 もう一度犬の声がした。
 が苦笑いしながら足元を示す。
、こっち、こっち」
「あ、の足元か……って、人懐っこい犬だねー」
 シッポを千切らんばかりに振りながら、彼の周りをくるくる回る犬。
 が手を出そうとしたら、少々唸られてしまった。
 ……限定ですか。
「も、申し訳ありません! うちの子が……」
 急いて走ってきたらしい女性が、の足元にいた犬を抱いた。
 どうやら彼女がこの犬の飼い主らしい。
 艶やかな青色の髪に瞳。
 絹のドレスのような服。
 一見して、良家のお嬢様だと分かる。
 彼女はにお辞儀をし、姿勢正しく歩いて行った。
「……うーん、美人さん」
 が思わず呟く。
 呟きながら、なにか不思議な不安に囚われ、を見た。
 彼 は彼女が立ち去った方を暫く見やっていたが、の視線に気付いたのか――
「あ、っと……どうかしたかい?」
 微妙にごまかしたような声色で問う。
「別になんでもないけど?」
 さらりと流し、は入り口付近にある宿の看板を見つけ、を置いてさっさと宿へと入っていった。
 何故不安になったのか分からない。
 消えてしまっている記憶のせいなのかも知れなかった。
 別の理由かも知れなかった。
 そしてその予感じみた不安は、の心の中にしまわれるだけに終わってしまった。



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結婚イベントのために書き出した夢です。ある意味メイン?
…割に上手くいかないのが悲しいところ。
2005・9・13
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