ラインハット


「いやぁビックリしたなぁ……音信不通だった奴がいきなり現れるとは」
 とは、ヘンリーの言。
 それに対して、は苦笑いを浮かべた。
 確かに旅を続けていると、どうしても音信不通になる。
 わざわざ手紙を届けて、『今このあたりにいる』などと逐一報告したりはしないし、して意味があるかと問われれば――否、と答えるだろう。
 は隣で紅茶を飲んでいるを見やり、それから正面にいるヘンリー、そしてその隣に座っている元修道女マリアを見た。
 ラーの鏡を探して一緒に旅をした者が、今、一つのテーブルについている。
 それ自体は別段どうという事ではないが、不思議な感じがするのは――ヘンリーとマリアが結婚していた、という現実が目の前にあるからかも知れない。
「なんだ、どうかしたか?」
 親友の言葉には首を横に振る。
「いや。……今更だけど、結婚おめでとう」
 ありがとうございます、とマリアが答えた。


 ルラフェンから、ルーラの呪文を使ってラインハットにやって来たたち一行は、折角だからと王宮に立ち寄った。
 そこで聞かされたのは、かつての旅仲間であり、ラインハットの王子でもあるヘンリーと、修道女マリアが結婚した、という報告だった。
 部屋に案内されて、それが確実なる真実だったという事に、は盛大な拍手を送ったりした。
 ヘンリー曰く、
『結婚式に出てもらおうと思って散々探したのに、見つからなくて断念した』
 だそうで、その辺については少々申し訳なかったと思う。
 とて親友の結婚式を見届けたかったのだが。


 口当たりのいい紅茶を飲み干すと、はカップをソーサーに置いた。
 ヘンリーがにやにやしながらを交互に見やっている。
 どうかしたのかと口にする前に、ヘンリーが口を開いた。
「なあ。伴侶がいるっていうのはいいぞ? お前もさ、早く結婚しろよ」
「わー、いきなり斡旋してる」
 が小さく笑いながら言う。
 は少々困った。
 自分でも微妙な顔になっているのが分かる。
「いや、ほら……今はそれどころじゃないだろ」
「そんな事言ってるとな、今に後悔するぞ」
 何に対しての言葉なのか、は薄々――いや、かなり気付いている。
 ヘンリーは回りくどく、
『さっさとモノにしないと、が誰かに持っていかれるぞ』
 と脅しをかけているのだ。
 それは分かる。
 だが――
さんもも、お疲れじゃないですか?」
 窮地を救ったともいえるのは、マリアの柔らかな言葉だった。
「あなた。二人は旅の疲れもあるんですから、休んでいただいたら?」
 ヘンリーは今更気付いたかのように頷く。
「そうだな。。今日はウチに泊まっていけよ。部屋なら腐るほどあるからさ」


 割り当てられた部屋の一室で窓の側に立ち、は静かに考え事をしていた。
 そこへノックの音がし、無遠慮に入って来たのは――ヘンリーだ。
「よう相棒」
 彼はどっかと部屋備え付けの椅子に座ると、片手を持ち上げる。
「ワイン。純国産モンだぜ。少しやらねえ?」
 は苦笑いをこぼす。
「一応、俺たちはまだ未成年じゃないか?」
「昔の定義で言うならとっくに青年だから気にすんな。――ちょっと話もあるしさ」
 勝手にグラスを用意して注ぎ始めたヘンリーに呆れつつ、
 も彼と同じテーブルについた。
 かちん、と軽い音を立ててグラスをぶつけ合い、それから注がれたワインをひとくち、口にした。
 テーブルに肩肘をつきつつ、ヘンリーはを見やる。
 は視線を受けつつ、首をかしげた。
「どうか、したか?」
「いや、話の続き。さっきはが隣にいたから言い辛かったのかと思ったんだが」
 ――モノにしろ、の話か。
 小さく息を吐き、グラスを置いた。
 その様子にヘンリーは少しばかり眉根を寄せた。
「まさか、旅仲間だから『女』として見てないとかそういうオチか?」
「……いや、そういう事でもないと思うんだけどさ」
 艶やかな黒髪に手を差し入れ、頭をかり、と掻く。
 どう答えればいいのだろう。
 考える一方で、どんな風に答えてもヘンリーには納得してもらえなさそうだ、と思う自分もいたりする。
「なんて言うのか……女性としては見てるよ、ちゃんと。でも結婚がどうとかそういうのは」
 困ったように俯いた。
 実際、ひどく困ってしまっているのだが。
 ヘンリーは大仰にため息をつく。
「じゃあ、誰かのものになっちまっても、お前は一向に構わないと」
「――それは、が決める事だからさ」
 都合のいい言葉だ、とは自分でそう思った。
「ふぅーん。なんだかんだ言って、恋愛対象とは少し違うのかもなぁ」
 の言葉に不満そうな顔をし、ヘンリーはワインをぐいっと飲み干した。



 ヘンリーが立ち去った後、ベッドに入ったは目を閉じて――思考を巡らせていた。
 を恋愛対象として見れるか、と言われるとひどく困ってしまう。
 側にいるのが当たり前とは言わないが、実際はその言葉に近い感覚を持っている。
 知らない男性に声を掛けられることもしばしばな彼女だが、一度たりともそれに答えた事はない。
 だからだろうか。
 全般の信頼を置いているからこそ、彼女がどこで何をしていても――少なくとも危険のないと思われる場所では――余り互いの行動に関与しなかったりする。
 怪我をすれば心配する。
 不必要だと言われるほどに。
 でも、女性だからという理由で常に気を配り、守っているとは言い難い。
 背中を預けて戦っている以上、守ったり守られたりする。
 戦闘後のケアはしっかりするが。
 もし彼女を恋愛対象としてしっかり見ているのなら、そんな風に背中を預けて戦うだろうか。
 行動に浅い感心のみでいられるだろうか。
 旅仲間としてと、女性としてとを混同してはいないか。
 にはを結婚相手として見る傾向が希薄だ。
 彼女は仲間で、友達で、でも女性で。
「……は、どうなんだろうな」
 呟き、これ以上考える事をやめる。
 答えはでないだろうからだ。
 ――まだ、今は。



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捻りのないタイトル…(汗)そして捻りのない内容…(滝汗)
2005・8・16
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