古代呪文 「あーもう……直ぐに見つかると思ったのに」 花と草の群生している一帯に座りこみ、はため息と共に声を上げた。 それを聞いたは苦笑いしながら人房の草をむしる。 「同感だよ。このままじゃ朝になっちゃうな」 昼間ならば緑色の絨毯の上に、それは美しい花が見られるだろう場所で、と、そして仲間モンスターのスライムナイト・ピエールと同じくスライム族のスラリン、腐った死体ことゾンビのスミスが、あれでもないこれでもないと、たった一つの草を探してまわっていた。 敵が襲撃して来た際に備え、草を探す者たちの周りを竜族のコドラン、それからとその幼馴染が以前助けたというキラーパンサー・プックルが警戒している。 プックルはの側により、頭を撫でつける。 大きな体躯を撫でてやりながら、は視線をあちこちに走らせた。 まだ、目的のものは見つからない。 「……必要な事とはいえ、これはちょっと辛いねぇ」 プックルがゴロゴロと咽喉を鳴らした。 サンタローズの村から出てかなり経つ。 ここはサンタローズのある場所から南西に位置している大陸。 ラインハットで皇后が魔物に取って代わられているという事件を、たちは修道女マリアの協力を得、真実を映すラーの鏡を用いて解決した。 かの地は無事に平和な王国へと戻り、その王子であるヘンリーは戦線離脱することになった。 離脱後、と、そして仲間になった魔物たちは一緒にこの西の大陸へと来た。 船着場ポートセルミで頼まれごとをして南のカボチ村へ。 カボチ村の作物を食い荒らしていた――実は今仲間にいるプックルだが――魔物事件を解決し(かなり言われのない非難を轟々と浴びたのは、にとってははらわたが煮える事態だ)そしてルラフェンの街でとある呪文を完成させるために頼まれごとをされ――今に至る。 要するに草の中で四苦八苦しているのは、その呪文を完成させるために必要な草を手に入れるためだ。 夜の間しか見つからないというそれは、逆に夜に見つかりやすい特性を持っている。 ――光るのだという。 が、幸か不幸か(多分この場合は不幸)夜露に濡れた草に満月の光が当たり、パッと見ではどの草なのか分からない。 明るいに越したことはないのだが、明るいせいで余計な時間を食っている。 はプックルの背中に寄りかかり、小さく息を吐いた。 「ねえ、呪文を作る――じゃなくて蘇らせるのって大変なんだね」 はふ、ともう一度息を吐く。 も同じように息を吐いた。 「使うのと蘇らせるのじゃ大違いだ……古人に敬意を表するよ」 「ほんと。昔の人は偉大だね」 言った瞬間、コドランが一方向に向けて威嚇の声を上げた。 はすっと立ち上がり―― 「メラミ!!」 間髪入れずに呪文を放つ。 孤を描いて離れた地面に着弾したそれは、こちらを狙っていた魔物を散らした。 倒してはいないが、威嚇で逃げてくれるなら万々歳だ。 それを見たが笑む。 「随分上達したなあ……剣も上手く扱えるようになったし」 「それは勿論、旅程の賜物というか」 苦笑いし、また草を探し始める。 今までの旅の過程で散々に苦労をかけつつ、はいっぱしの旅人になった。 呪文は習得できそうなものは片っ端から覚えて行き、剣もまあそこそこの扱いができるように成長した。 今では立派にの片腕だ。 「……それはともかく、ほんとに朝になっちゃうよー……あれ?」 ふと目に止まった一角が、不自然に瞬いた気がした。 「ねえ、そこ、そこ」 がいる位置から少し離れた場所――花の群生しているその中を示す。 彼も不自然さに気づいたのか、その部分を手で探った。 「――あった!」 も側に近寄る。 淡く光り、自身を主張する草。 ルラムーン草。 確かに、目的のものだった。 ルラフェンに戻った一向(さすがに仲間モンスターは馬車と一緒に外待ち)は、早速、研究家の老人にルラムーン草を渡した。 既に準備は整っていたようで、との目の前で、老人とは思えないような動きを見せてさっくりと最終段階にまで持ち込んだ。 「最後に、この草を……」 大釜の中にルラムーン草を放り込んだ――瞬間。 「ぎゃー!! なにこの煙ーーー!!」 は手で釜から不自然に流れ出した煙をパタパタと仰ぐが、次から次へと吹きこぼれのように現れるそれは、あっという間に部屋中に広まった。 「けほ、げほっ!」 「……だいじょ……げほっ」 心配するもむせている。 「お爺ちゃん、これ、だいじょぶ……なのっ……?」 「間違いはないはずじゃが」 濃厚な煙が一切の視界を遮る。 と、大釜からバチリと火花が上がった気がした。 「――?」 口元を押さえながらが釜を見た瞬間。 煙が竜巻状になったかと思うと――釜から閃光が走った。 「!!!???」 反射的に目を閉じる。 そして、そのまま意識が薄れていった。 「……!!」 声が聞こえる。 次に頬に小さな痛みが走り、はゆっくりと瞼を開いた。 歪む視界。 もう一度瞼を閉じて、開く。 「……」 心配そうな顔のが目の前にいた。 彼はを抱き起こすと、心底ホッとしたような顔をする。 「よかった。どこか痛いところはないかい?」 「あー……うん、平気」 倒れたせいか、心持ち腰が痛い気もするけれど。 見回せば老人は既に立ってこちら側を見ている。 「ところで、呪文は?」 「これから使ってみるところだよ。も使えるようになってる――ってお爺さんは言うけど、どう?」 どう、と聞かれても。 老人が言うには、蘇らせた呪文は『ルーラ』。 任意の場所に瞬時に移動できるという優れもの。 ただし、当人がいったことがない場所には移動できない。 明確な場所のイメージが必要だからだそうだ。 さっそく、と家から出ると、はすっと目を閉じ、の手を握った。 彼の体から発せられた淡雪の如き光が、をも包み込む。 何処へ向かうか聞いていなかったが、言葉にしなくても通じた。 にも彼の思い描いたイメージが流れ込んできたからだ。 が宣言する。 「――ラインハット」 一瞬の浮遊感。 そして、引き上げられる感覚。 次に目にしたのは、ラインハットの街並みと、王宮だった。 ルナルーラ草…って名前だったよなぁと思いつつ書いた一品。 ※ルラムーン草でした!教えてくださった方感謝!! 2005・8・9 back |