サンタローズ



「……こんな」
 は村の中を流れる小さな川の上に作られた橋の上から、村の中をぐるりと見回した。
 軒並み壊された家。
 いや、形があるだけマシと言えるだろう。
 村のあちこちに、完全に破壊された家が沢山ある。
 田も畑も、井戸ですら。

 ここはが多くを過ごした村、サンタローズ。

 その当時の面影が残っているのかどうか、には分からない。
 けれど想像する事はできる。
 きっと、暖かで優しい村だった事だろう。
 村人の話によれば、この惨状はヘンリーをパパスが誘拐したという事で、ラインハットの兵士が村を徹底的に壊した結果だという。
 それを聞いたヘンリーは酷く辛そうな顔をしてに謝ったが、はその謝罪を素直に受け取とり
『きっと皆事情を知れば許してくれる』
 とだけ言った。


ー!」
……」
 橋の上でぼーっとしているに、が駆けて来た。
 どうしたのかと問うと、どうやら村の中にある洞窟に
 昔、の父パパスがなにかを隠していたという事実を掴んだそうだ。
「それで、今から潜ってみようと思うんだけど……」
「分かった、一緒に行く」
 は焼け焦げた痕が生々しく残った家を見つめ、誰のものにかわからない
 ため息をついた。


 洞窟の中に入って数時間。
 昔はこの洞窟に入った事があったが、その時のルートとは全然違う道を進んでいた。
 当時、子供であったが、今こうして父の渉ったであろう水路を越えて、洞穴の奥深くまで歩き進めているのは、父親の軌跡をなぞる事に等しい気がしていた。
 敵を蹴散らし、最深部についた頃には、3人とも結構な体力を削られていた。
 戻りはの呪文があるからいいとして。

「……これは?」
 はその部屋らしき場所に入って呟いた。
 明らかに誰かが何らかの形で使っていた場所。
 その形跡が残っている。
 湿気を孕みながらも何とか形を保っている本棚と本。
 灯りをともす飾台に木のテーブル。そして椅子。
 更に――部屋の一番奥には、1本の剣が地面に突き刺さっていた。
 その剣の周りにだけ、静謐な空気が漂っているとには思えた。


 3人は洞窟からふたつの物を持って出てきた。
 ひとつは地面に突き刺さっていた剣。
 もうひとつは、息子に宛てた、パパスの手紙。
 その手紙によると、の母親はやはり生きており、邪悪な力に囚われていること。
 世界は危機に瀕していること。
 そして、それを回避するには天空の武具を集めて勇者を探し出さねばならないこと。
 それらのことが綴られていた。
 がためしに地面に刺さっていたそれ――天空の剣――を引き抜き、鞘から出そうとしてみたが失敗に終わった。
 彼の力では、振るだけで体が持っていかれてしまう。
 もっとも、伝説の剣を扱う勇者が力でもってそれを振るうとは思えないが。
 試しにヘンリーも持ってみたが、一振りで腰を落とした。
 ――とはいえ、剣が鞘に納まったままでは話にならない。
 引き抜こうとしてみても、鞘と剣はぴたりとくっついて離れなかった。
 引き抜ける者――それが勇者たる人物なのだろう。
 言っておくと、も剣を振ってみたが――彼女の場合、剣を振っているのか、それとも剣に振り回されているのか、全く検討がつかないありさまだった。


 その日の夜。
 は教会の正面の壁に背を預けて、焼け焦げた村を眺めていた。
 打ち壊され、残った家のレンガは焼けてくすんだ色。
 畑は踏み荒らされ、人が育んできたものは殆ど全て焦土と化した。
 ――ふいに、急に月光が陰る。
 隣に座る彼の気配を感じながら、は呟いた。
「ねえ。多分私ね、今までこんな風に――なんていうのかな、本物の戦いの痕跡って見たことなかったんだと思う」
 の言葉を待たず、声を出す。
 心なしか震えているのに気付きながら。
「私っていう人間は奴隷になる前の記憶がなくて――どういう暮らしをしてたか分からないけど。でも、それでも」
 多分、平和に暮らしていたのだろうと考える。
 そうでなければ、この風景を見てこんなに体が冷えるものか。
 本物の戦いなどという言葉を使ったが、ここは殺戮の起こった場所だ。
(――殺戮)
 浮上した考えに囚われまいと、は頭を振った。
「私……私は凄く平和なところに住んでたんじゃないかって思う」
「貴族のお姫様だったり?」
「……そうは言わないけど」
 気を紛らわせてくようとしているらしい彼の言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
 はクスリと笑い、の片手を握った。
 冷えたの手に、の温もりが流れ込む。
 彼は改めて、という様子でに聞いた。
「父さんの手紙で俺の方向性はおおよそ決まった。――危険だよ。それでも、気持ちは変わらない?」
「変わらない」
 即答。
 は苦笑いした。
 は彼に視線を向け、まっすぐ見据える。
「世界の危機っていうのは実感ないけど。でもと一緒にあちこち行けば、記憶の端に引っかかる事だってあるかも知れない。それにね」
「うん?」
「こうやって旅をするの、気に入ってるの」
 夜風がの黄金色の髪を撫でていった。







凄いすっ飛ばし方をしてます、次も飛びます。
結婚イベントのために始めた小説だからなぁ…ううむ。
2005・7・22
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