修道院



 額に当たる柔らかい布の感触に、薄っすら開いた瞳から入り込んでくる光を、無理矢理なじませながら閉じていた目をゆっくりと開く。

「お目覚めになりましたか?」

 布と同じぐらい柔らかくて優しい声。
 くるくる回って混乱している思考の中から、自分の名前と記憶を引っ張り上げる。

 ――、奴隷、脱走。

 油の切れた歯車が体のあちこちにあるのではと思わせる鈍痛を堪え、ゆっくりと体を起こす。
 額にあった布が、ぽてん、と布団の腿の部分に落ちた。
 目を擦って状況を確かめる。
 自分の額に乗せてあった布は清潔で、奴隷として働かせられていた場所では、兵士が使う以外はお目にかかれない物だ。
 周りを見回すと簡素な造りの小部屋だが、それすら豪華に感じる。
 俗世離れしていた証拠だろう。
 己の寝ているベッドの横には女性が立っていて、こちらを見ていた。
「あ……けほっ……」
 咽喉がカラついてるやらベタついているやらで、上手く声が出せない。
 女性は水差しからグラスにたっぷりと水を入れて渡してくれた。
 お辞儀してから、少しずつ水を咽喉に流し込む。
 久々に綺麗な水を飲んだ気がした。

「ふー……ありがとうございます。あの、ここは」
 女性――服装はシスターのものを着けている――は、柔らかく微笑みながら、しっかりと質問に答える。
「オラクルベリーの南にある、修道院でございます。貴方と、それから他に3名様が浜辺に着いたタルの中から死にそうになって出ていらっしゃいました」
「――み、みんなは!?」
 焦ったような声を出すに、シスターらしき女性は頷いた。
「もう皆様、元気でいらっしゃいますよ」
「よかった……」
「服は貴方の御荷物の中から勝手に出して着替えさせていただきましたよ。歩けるようでしたら、礼拝堂に皆様いらっしゃいましたから……」
「ありがとう……。あの、あなたのお名前は?」
 シスターは微笑み、
「シスター・ルシンダですわ」



 部屋の外に出ると、を見たヘンリーが目を丸くしたが、すぐに笑顔になって手招きをする。
 彼がいる場所は1階で、が今居るところは2階部分だ。
 タルの中などにいたからだろう。
 体の関節という関節が一歩を踏み出すたびにギシギシいう。
 なるべく自然にほぐしてやりながら階段を下りた。
「ヘンリー、無事だったんだ、よかった」
「こっちのセリフだぜ。オレは4人の中で一番回復が早かったんだからな」
とマリアは?」
 あっち、と指で示す。どうやら外のようだ。
「行くか」
「うん」

 ヘンリーの後について外へ出ると、とマリアが花畑の近くにいた。
 2人ともに気付くと駆けて来た。
 ――そんなに焦らなくてもいいのに。気持ちは分かるけど。
「おはよう、みんな無事でよかった」
 の言葉にマリアが微笑む。
「ええ、本当ですわ……。が目を覚まさないので、とても心配しておりましたのよ?」
「ごめんね、心配かけて」
 に抱きつくマリア。
 その横から忍び笑いが聞こえてきて思わず顔を上げると、笑っているのはヘンリーで、その横にいるは実に――微妙な顔をしていた。
「……?」
 どうかしたのかと問う口調で名を呼ぶ。
 彼は手を一度だけ振った。
「い、いや……びっくりしただけで」
「は?」
 驚かれる要因など何処にもない気がするのだが。
 マリアは抱きつくのをやめ、の姿をマジマジと見やると――
「ああ……何だか分かる気がしますわ」
 という不可思議な言葉を呟いた。
「なに、どういう事?」
「そのお姿ですわ」
 姿――と言われ、改めて自分の格好をよく見る。

 服はシスターが言っていた通り、荷物の中に入っていた物なのだろう。
 セピア色の短いズボンに、アンダーシャツ。
 その上からフードつきで下は膝丈程度の、ライトパープル色よりもっと薄めな色彩の上着を羽織っている。
 腰のベルトで止めているのであまり邪魔にはならないが。
 ブーツはそれよりブラウン系。
 リストバンドを左右に着けていて、こちらは完全なライトパープルだ。
 頭に手をやれば多分知らぬうちに洗われたのか、やたらとサラサラになった金色の髪がテール状に結ばれている。

 ……別に変なところはないと思うのだが。

「変?」
 が問うと、マリアは思い切り首を横に振った。
「いいえ。とぉってもステキですわ。ただ――」
「ただ?」
「今までとのギャップがありますでしょう?」
 クスクスと笑うマリア。
 とヘンリーを見ると、苦笑いが返ってくる。
 ……確かに、今までの奴隷生活からしたら……ちょっと様変わりしすぎか。
「そだね」


 その日はもう1日修道院で休ませて貰う事にして、翌日には出発する事になった。
 にはまだ生きている母親がおり、それを探し出すという目的がある。
 は同行を申し出て、彼はそれを了解した。

 なかなか寝付かれず、外の空気を吸おうと修道院表の花壇へ行くと――
「あら、先客がいた」
か」
 がいた。
 の隣に立ち、柵に体を預けて彼の顔を見る。
「……眠れないの?」
こそ」
「うん。寝付けなかった。明日から旅暮らしだから、寝ておかないといけないっていうのは分かってるんだけどさ」
 それでも奴隷の苦役よりはマシなのでは、と軽く言うと、
 もそれに同意した。
 風が潮の香を運んでくる。
 以前は己を捕らえておく監獄のようだった海が、今は恩恵を与える存在に感じるのは、を取り巻く環境が変わったからだろう。
 暫く無言で風に当たっていると、が声をかけてきた。
「なあ、本当に俺の旅に付き合ってくれるのか?」
「なに、今更同行拒否?」
「そうじゃないよ。でもさ……、記憶の事はもういいのか?」
 記憶。
 そう、は記憶喪失――今でも。けれど。
「記憶を無理に探そうとしても、深みにはまるような気がするし。には奴隷時代にいっぱい助けてもらったし、私も色々探したり決めたりしなくちゃならないし……」
「そう、だな……。ありがとう。ごめん、変な事言って。がいてくれると心強いよ」
「魔法使えないかなー……ちょっと勉強してみよ。武器は剣って決めてるんだ!」
 わくわくしながら言うに、は微笑む。
「元気だなぁ……」




書きたい所だけを書こうがコンセプトなドラクエ夢。あっちゃこっちゃ飛びます。

2005・3・15

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