翌朝、早朝。
 くちゅんとひとつクシャミをし、起き上がった途端にヤンガスの叫びが聞こえてきた。
 何事だと飛び起きるたちに、ヤンガスは崖の下の方を示しながら言う。
「アニキ! でっけえ、でっけえのがいるでがすよ!」
 荷造りを完全にトロデ王に任せ、は走り出す。
 ゼシカとククールもそれに続いた――その後ろからチャゴスも。



アルゴンハート 2




 朝一発目の戦闘は、物凄く大きなアルゴンリザードと相成った。
 は矢を右手にしたまま、アルゴンリザードから繰り出された尻尾攻撃を飛び避ける。
「うっわ! なにコイツっ、リザードなんて可愛いもんじゃないでしょ! グレートだ、グレート!」
 叫びながら距離を取るに、ヤンガスが斧を片手にしつつゲラゲラ笑った。
「アルゴングレートでがすか、強そうで……うぉ!!」
 余裕でいたヤンガスに、グレートの尻尾が唸る。
 避ける事が出来ず、わき腹を張られて地面に転がった。
 すかさずククールがスクルトをかけ、皆の守備力を上げる。
 攻撃を仕掛けたの剣が魔物の固い肌を斬るが、反撃とばかりに腕を振るわれ、ギリギリでそれを避けた。
「今までのよりも外皮が硬い!」
「あっしの出番でげすな」
 体勢を整えたヤンガスが地を蹴り、空気を切る低い音を立てて攻撃を喰らわせる。
 肩口から入った攻撃は魔物の皮を切り裂いたが、そう深い傷ではない。
 更に攻撃をしようとしたヤンガスを、邪魔臭そうに尻尾で払った。
「おぉっと危ねぇ!」
 ひょいと避けるが、斧の重量で少々ぐらつくその瞬間に、また尾が戻ってきて弾き飛ばされた。
 が慌ててべホイミをかけた。
 防御力を上げているにもかかわらず、一撃が重い。
「た、助かったでがすアニキ」
「ヤンガスであの程度じゃなあ、俺の攻撃なんざ食わないかもな」
 ククールが苦笑いした。
 確かに、力の一番強いヤンガスで皮膚を切り裂く程度では、やゼシカも当然たいしたダメージを与えられない。
ならば。
「ゼシカ、、頼む!」
 が指示をし、達はそれに従う。
 ゼシカがとヤンガスにバイキルトをかけ、ククールが改めてスクルトをかける。
 は矢をつがえて鏃に魔力を載せた。
「力は水を斬る如く――ルカニ!!」
  がひゅうっと音を立て、の矢が魔物を射る。
 振り払おうとした腕にそれは刺さり、そこから青色の閃光が走った。
 光が収まらないうちに魔力によって増幅された力を載せ、がアルゴングレートに斬りかかる。
 易々と深い一撃が入り、敵が悲鳴のような高い声を上げた。
 ククールとヤンガスが一時に攻撃を仕掛け、背中と腹を切りつける。
 攻撃は効いているようだが、余りに大きくて先が見えない。
 が2本の矢をつがえて肩に打ち込んだ時、アルゴングレートの腹が盛り上がるのが分かった。
 ゼシカが警告を発するより先に、は短く呪文を詠唱する。
「身を包むは輝ける薄布――フバーハ!」
 口から炎が吐き出された瞬間に、防壁が展開された。
 一帯に炎が噴出されるが、呪文で軽減された熱と炎はたち体力を熱で奪う程度で、火傷などの傷はない。
「灼熱の炎よ……メラミ!!」
 簡易詠唱を終えたゼシカの両手から、炎の球が打ち出される。
 アルゴンリザードの顔面に当たり、視界を奪われたそれは闇雲に暴れ出した。
「ようし、もう少しだな!」
 ククールが攻撃を仕掛けて一旦下がったのと同時に、の視界に岩陰からぼてぼてと出てきた緑色の服の――チャゴス王子が入って来た。
 彼は暴れ、けれど確実に弱っているアルゴングレートにナイフを向け、ふふんと鼻を鳴らす。
「はっはっは、このぼくがトドメを刺してやる! いくぞ、とぉぉぉ!!」
 ぼってんぼってんと走ってアルゴングレートに近づくチャゴス。
 は魔物に刺さった剣を引き抜いた直後に彼の存在に気付き、危ないと叫ぼうとした。
 ヤンガスからは影で彼が見えておらず、只必死にダメージを与えている。
 ノロノロと、けれど遠慮なく近づいてくるチャゴスに目をつけたアルゴングレートは、鋭いカギ爪を振り下ろした。
 驚き悲鳴を上げ、チャゴスは転がった――否、突き飛ばされて転がった。
 転がったまま、岩に背中をぶつけ、何をするのだと文句を言おうとしたその口からは言葉が出てくる事はなかった。
 あんぐり口を開けたまま、目の前の光景を見つめている。
 ゼシカが悲鳴を上げた。
ッ!!」
 駆け寄ろうとするゼシカを炎が襲う。
 ククールが慌てて彼女を引き止め、自分がに駆け寄った。
「おいっ、しっかりしろ!」
「……っつ、ぅ……あの、馬鹿は……?」
「王子なら無事だ! 畜生っ!」
 ククールがこんなに慌てているのか、悔しがっているのか、にはよく分からなかった。
 今この場に鏡があれば、は自分の傷の深さに驚いているかも知れなかったけれど。
 肩と背中が熱い。痛いのかも知れなかった。
 どくどくと流れているのが汗なのか血なのかも判断がつかない。
 呼吸が荒いなあと妙に落ち着きつつ自己判断しながら、わき目で魔物を見やる。
 の目が、ビックリするぐらい鋭かった。
 ――、どしたの? ちょっと、いつもと、違うね。


 が大怪我を負ったと理解した瞬間、は体の中に溶岩でも流し込まれたように身体が熱くなった。
 手に込めた力は痛いほどで。
 呆然としているチャゴスの事も、アルゴングレートを相手にする理由も、一切合切どうでもよくなった。
 分かっていることは、こいつはを傷つけたのだという確たる現実だけで。
 剣に自分の怒りが流れ込むかのように、は鋭い斬撃を幾度も繰り出す。
 一緒に戦っているヤンガスが驚くほどに。
「ア、アニキ!?」
「……よくも……をっ!!!」
 高々と飛び上がり、肩を斬る。
 爪が引っかかって服が避けたが、気にならない。
「うあぁあっ!」
 着地し、切っ先を後ろに向け、力と全体重をかけて腹部に刃を突きたてた。
 柄を握り、更に押し込む。
 アルゴンリザードは高々と悲鳴をあげ、その場に倒れ込んだ。
 が立ち上がって剣を引き抜くと、アルゴンリザードはじわじわ霧散していく。
 すっかり消えた後に残ったのは、大きなアルゴンハートだが、今のにはそれが目に入らない。
 慌ててに駆け寄った。
!」
 必死の形相で彼女をつかもうとするを、ククールが片手を伸ばして静止させる。
「落ち着けよ。今、回復をかけたが……最上回復呪文を会得してないのが辛いな。教会の神父に頼んで治療した方がいい。傷が残る」
 アルゴンハートを手に持ち、けれど視線はに向けているチャゴスが物凄く、とんでもなく苛立たしい存在に思えた。
 はククールからを受け取る。
 は眉根を寄せ、只ひたすらに瞳を閉じていた。
 苦痛の言葉を放てば周りを心配させると知っているからか、口唇を噛み締めて声を全く出さない。
 トロデ王が完全に青ざめながら、それでも怒りを押し殺してチャゴスに問う。
「……そのアルゴンハートで宜しいですかな」
「う、うム……」
「魔法で戻ります。ルーラ!」
 すぐさま呪文を唱え、一行はサザンビークへと戻った。
 先に入ったチャゴスを気にするヒマもなく、バザーが開催されているなんていう事も気に留めず、たちはを抱え、教会へと駆け込んだ。

 背中が痛い。肩も痛い。
 けれど、決して声に出してはいけない。
 出せば皆を心配させる。我慢できる程度だ、このぐらい。
、今治してもらうから……」
 優しいの声を耳にしながら、は背中の痛みに耐え続けていた。

 ぐるぐると腕を回し、はぁと息をつく。
 やっとの事――たかだか半日の事であるが――不自由なく動かせるようになった。教会の神父の治療魔法を受けても、思いの外深かった傷は違和感がなくなるまでに多少の時間を要する結果となった。
 服もざっくり切り裂かれていたので、仕方なく新調する事になってしまった。
「ごめん、心配かけちゃって」
 ゼシカは首を振る。
「いいのよ。だってあの馬鹿王子が悪いんだもの……傷残らなくてよかったわ」
「それで、どうなったの?」
 に問うと、彼は苦笑する。
「それが……鏡は手に入ったんだけど魔力がなくて。それでこれから西にある、魔術師の所へ行こうと思ってるんだ」
 手渡された魔法の鏡は、確かに魔力波動が感じられない。
 これでは何の力もない只の鏡に過ぎず、追っかけてきた意味がない。
「じゃあ、その魔術師さんのところに、とにかく行くんだね。あ、チャゴス王子はどうなった?」
 皆はそれぞれ顔を見合わせ、深いため息をこぼした。
 意味が分からなかったは、けれど話を聞いて納得した。
 あれだけ苦労して獲って来たアルゴンハートだったが、バザーで売り出されていた(ヤンガス曰く、当然盗品でがす!)巨大なアルゴンハートを買って、そっちの方をクラビウス王に渡したというのだ。
「バ、バカもそこまで行くと……」
 本当にため息しか出ない。
 はゆっくり立ち上がる。
 もう痛みも引き攣った感じもない。
 仲間のありがたみが身にしみる。
「どうしよう。すぐに出発した方がいいかな」
「クラビウス王には僕らが怪我をしたから、って説明したけど……どうする?」
は、行くなら付き合うけどと言ってくれたが、は首を振った。
「このまま出ていこ。また色々揉め事があると大変だし」
それに、チャゴス王子に会ったら激しく文句を言いそうだしね。


2011・11・6