アルゴンハート 1



 城門を出たたち一行は、まず必要なものを買い集めた。
 回復系のものは必須だ。
 何しろチャゴスが一緒の旅程であるし、彼が大怪我をして動けなくなるなんて事態に万が一陥れば、鏡はまずもらえないだろう。
 買い揃えた薬草類を道具袋にしまい込み、は外の空気を思い切り吸った。
 少しの間しか王宮にいなかったのに、何だか凄く肩が凝って疲れてしまっていた。
、少し疲れた顔してるな」
 一緒に買い出しをしていたククールが、道具屋の店主から聖水を受け取りながら言う。
 まいどありーの声を背に、集合場所である大扉付近へと歩いていく。
「いやー、トロデーンは勝手知ったる何とやらで、どうとでもないんだけど……慣れない事したし」
「あぁ、いきなりお姫様モードに入ってるのは驚いたぜ。本当にお姫様なんだって、初めて実感したな」
「失礼な、と言いたい所だけど。かなり無茶苦茶してたかなと思う。礼儀作法なんてかなり胡散臭かったと思うけど……まあ乗り切れたみたいだし、いいかなと」
 あははーと軽く笑うと、ククールも小さく笑んだ。
 そこら辺のお嬢さんより綺麗で、並みの男性よりカッコイイ笑顔。
 周囲の女の人が、色めきたった声を上げたりしているが、は余り気にしていない。
 普通はドキドキするらしいが、ずっと一緒にいるので慣れたのかも知れない。
 当人のククールは、そんな周囲の女性に目もくれず、の荷物を
「オレが持ってやるよ」
 奪うようにして取り、顔を近づけて言い含める。
「いいか。あのチャゴスって野郎に何かされそうになったら、すぐ言えよ」
「……大丈夫だと思う」
 はそう苦笑して答えた。



 外に出たとククールは、チャゴス王子が何やら文句を言っている様を見て顔を見合わせ、深々とため息をついた。
 が引き攣り笑顔を浮かべながら、チャゴスの文句を受けている。
「こんな魔物と一緒に旅をしろと言うのか!」
 ……早速やってるなあ。
 文句を言われているにも関わらず、王はダンマリを決め込んでいる。
 何を言うでもないが、心持ち緑色の肌に、青筋が立っている気がしないでもない。
 に近づき、まだギャンギャン文句を言っているチャゴス王子を無視して話しかけた。
「遅くなってゴメン。こっちは準備いいよ」
「お疲れさま。それじゃ……行こうか。……王子、馬車にお乗り下さい」
 チャゴスは、小さくて細い目を剣呑色に染めて、を睨みつける。
「なんだとっ、このような狭い場所に、ぼくを乗せようというのかっ! くそ……この釜さえなければ多少は広くなるだろうに。おいソコの男!」
「あ?」
 ククールを示してチャゴスは言う。
「この釜を持って歩け!」
「ふざけんな。そんな事誰がするか」
 険悪を通り越して凶悪な雰囲気をかもし出すククールの袖を引っ張り、は首を振り、チャゴスに言い含める。
「あたしたちの手がふさがるような事があれば、敵が出たときどうすんのよ。チャゴス王子、あなたが前線で戦って下さいます?」
 ぐっと詰まり、鼻を鳴らして荷台に乗り込むチャゴス。
 ゼシカが静かに拍手をしていたりした。
 ……全てが終わるまで、怒り狂わないでいられるかは非常に不安なところだ。


 不安な存在を荷物にしながら道を行く。
 王家の山は、サザンビークから東にある。
 キラーパンサーに騎乗しているために、行程は非常に早い。
 激しく馬車に揺られているチャゴス王子から不満の声が上ったりしたが、その都度、がある事ない事吹き込んで事なきを得ている。
 魔物はあまり出ず、順調に進んでいはするのだが、王子の我侭も実に順調である。

「おい、咽が乾いたぞ。水だ、水を寄こせ」
 はい、とトロデ王が差し出せば、
「汲み立ての水ではないではないか。このぼくが口にするのだから、もっと清らかな水にしろ!」
 ……パーティの不機嫌度がほんの少し上がった。

「腹が減った」
 まだ普段食事を摂るまでには時間があるため、ちょっとした保存食を渡すと、
「ふざけているのか。高貴なぼくが、こんな干し肉など口にするか!」
 ぽーいと投げ捨てられ、パーティ内の更に不機嫌度が上がった。

 ゼシカが馬車の中の荷物を取ろうとしたところ、
「今、ここはぼくが仕切っている。取り出したかったら、『チャゴス王子様、愛しています』と言え」
 ニヤニヤしながらそんな事を言い、ゼシカはぶん殴りそうな手を必死の思いで止めていた。

 そんなこんなで、王家の山のふもとにつくまでの約1日とちょっとで、たちは精神的に疲れてしまっていた。
 それでも、もう少しでこのストレスから解放されるという気持ちがあり、一行は殆ど休まず入山した。
「普段ならおやつの時間だな……まったく、面倒な」
 ぶつくさ文句を言うチャゴスに、入山してすぐは小瓶をもらった。
「そいつはトカゲのエキスだ。これをふり掛けておかないと、リザードたちは逃げるからな」
 ふぅん、と思いながらもそのエキスを身にまとう。
 実に爬虫類の香りだ。……たぶん。
 ゼシカは即刻風呂に入りたいと文句を言うが、アルゴンハートを手に入れない限りは暫くこのままだろう。

 1匹目のアルゴンリザードとは、すぐに対峙した。
 チャゴスは意気揚々と戦いに出たものの、自分の攻撃がダメージを与えていないと分かると、すぐに逃げ出した。
 残ったたちが(まあ、当然のように)倒して手に入れたアルゴンハート。
 チャゴスは小さすぎると文句をつけ、次の得物を見つけに行くぞとさっさか歩き出す。

 2匹目、3匹目と倒したが、どれもチャゴス王子の気に入るサイズの宝石を持っておらず、その上
「疲れたから、今日はここで休むぞ」
 と、割合開けた場所で大の字になってしまった。
 たちも散々歩き回り、リザードを倒して体力を消耗していたので、すぐさま野営の準備を始めた。



 夜の帳が落ちきり、周囲には薄暗い闇が広がる中、はひとつため息をついた。
 ゼシカと、ククールは既に眠っており、今起きているのはとトロデ王だけだ。
 チャゴス王子は、荷馬車の中で大イビキをかいて眠っている。
「……トロデ王、あれを本当にミーティアと結婚させんの?」
 の言葉に、トロデ王は無言で枯れ枝をバキリと折り、焚き火の中へ放り投げる。
 火の粉が少しだけ舞う。
「仕方があるまい。ミーティアが決めた事じゃ……」
「で、でも……でもさ、王子を見て気持ちが変わったかも知れないし」
「あいつは頑固者じゃからのう。それにの、もはやミーティアだけの問題ではない」
 呟くトロデ王に、は胸の前で足を抱える。
「……王家の威信?」
 沈黙の肯定。
 はぎゅっと唇を噛み、じっと炎を見つめた。
 ミーティアもも同じ王女ではあるが、その責任の重さは比べ物にならない。
 が好き勝手できていたのは、ミーティアがきちんと王女としての責務を果たしてくれていたからだ。
 彼女だって、好きなように遊びたかっただろうに。
 トロデーン宮廷内で、くちがさない連中に非難されても、必ずミーティアが――勿論も――助けてくれた。
 そんな彼女が婚約した時、はその経緯を耳にしていた。
 トロデーンとサザンビークの間にあった、過去の叶わなかった想いを、ミーティアとチャゴスで叶えようというものらしいのだが、は彼女が好きな人を知っている。
 知っているからこそ、そんな婚約は今すぐにでも破棄して欲しい。
 チャゴスのような相手が婚約者だと知った今は、尚の事。
「トロデ王、もし……もしだよ? あたしが婚約者に……チャゴス王子の婚約者になるって言ったら――」
「お前の気持ちはよく分かるが、しかしミーティアは納得せんぞ」
「……うん。でも、ミーティアにはちゃんと好きな人がいて」
 トロデ王は頷く。
 は焚き火から目を離し、王を見やって首を捻った。
「知ってるの?」
じゃろう。わしの目は節穴ではないからな。しかしの奴はお前を気にして……」
「お兄ちゃんだからね」
 小さく笑むに、トロデ王は内心でため息をついた。
 本当に『兄』としてだけなのだろうかと。
「あたしは、とミーティアに絶対に幸せになって欲しいの。……ミーティアの言葉が聞ければいいのに。そうしたら、本当はどうしたいのか聞き出せるのに」
 ――聞き出せたら、きっとあたしは。
 瞳を閉じ、夜空に向かって長く細い息を吐く。
 不安を乗せた息は、風に流れて消えて行った。



2008・12・17