サザンビーク 1


「ぷは。……やっと一息つけそう?」
 先ほどからずっとキラーパンサーの背の上にいるは、携帯用水入れから微妙に温くなった水を咽喉に流し込む。
 キラーパンサーも人を乗せて走るのは辛いように思えるのだが――乗っている事など意にも介していないほどの速度でひた走る。
 とはいえ、全力ではない。
 もしキラーパンサーが全力疾走をしてしまうと、後ろからついて来ているミーティアの脚力では、どうしようもないからだ。
 が馬車に術を施して、単身で走っている程度の重さしか身に掛かっていないとはいえ、純粋な獣についてゆけるほど、ミーティアは持久力がなさそうだ。
 同じように、キラーパンサーの背に乗っているククールが、横にぬっと現れた。
「おい。実際どうする?」
「え、何が?」
「鏡だよ、鏡。王族が、そう簡単に秘宝を貸してくれるとは思えねえんだけど」
 は真っ直ぐ道を見ながら答えた。
「それはそうだけど、貸して貰わないと遺跡に入れないだろ。――とにかく話をしてみないと」


 目下の目的はサザンビーク。
 ベルガラックから情報を集め、闇の遺跡へ向かった一行は、遺跡の中にドルマゲスが入るのを見た。
 勢いづいて中へ入ってみると――全てが闇で閉ざされていて。
 すぐ隣にいる人物すら見えない状況下の中、手探りで歩き続けた結果、元の場所へ戻ってしまった。
 強力な結界で護られた遺跡の中に入るには、ササンビークにある『鏡』が必要だという事で、ラパンハウスでの頼まれごとをこなした上で、ササンビークに向かっているのだった。


「しかしキラーパンサー5匹が道を走ってると……さすがに誰も近寄らないでがすね」
 ただでさえ魔物が多いらしいこの一帯。
気合の入った商人も、たちが乗っているものを見ると、悲鳴を上げて逃げて行ったり。
 としては非常に不愉快だ。
 可愛いのに。
 そうこうしているうちに、サザンビークの城壁前へと辿り着いた。
 門番なるものは、とりあえず外にはいない。
 ありがと、とお礼を言ってキラーパンサーを解放し、少し遅れてきたトロデ王とミーティア両名と合流した。
「じゃあ王、僕たち中へ――」
「ちょっと待て! 先に言っておく事がある!!」
 扉を開けようとしていたに、トロデが声をかけて止める。
 全員が一斉にトロデの方を見た。
「こほん。よいか、わしとミーティアがこんなナリじゃ。お前たちは普通の旅人として、この場所に来たという事にしておくんじゃぞ! 万が一にもミーティアが馬になったと知られたら、せっかく決まった婚約が」
 よよよと泣き崩れる素振りを見せるトロデに、は頷く。
「分かりました。気をつけますから」
「うむ、頼んだぞ」



 サザンビーク。
 王城の下に広がる大きな街。
 トロデーンは自然と調和しているのだけれど、こちらはどちらかといえば人工物が乱立している感じだ。
 としては、やはりトロデーンの方が好きだけれど。
 いつも通り、分担作業であちこちに散らばっては、情報を集めていく。
 あちこち情報を集めてみたものの、目的の『鏡』についての情報は殆どなかった。
 ベンチに座って休んでいると、ゼシカが小走りにやって来た。
「ゼシカお疲れー」
「ええ。何かいい情報あった?」
 手と首を横に振る。
「私が掴んだのは、鏡を知ってる人はお偉方だってだけ」
「わたしはもう少しいい情報掴んできたわよ」
 言い、ゼシカが告げた情報は、まあそうだろうなあという予想できる範疇のものではあった。
 『鏡』は、サザンビーク王家の宝として、宝物庫に厳重に収められているらしい。
「うーん、それってトロデ王とかが、トロデーン関係者だって言えれば、非常に簡単なんだよね」
「……まあね、でもそれは無理でしょう?」
 ううむ、と悩んでいるとゼシカが立ち上がった。
「まあ、考えていても仕方がないから、とりあえずもう少し情報集めてみるわ。たちにも話しないといけないし」
「うん、私ももう少し調べてみる」
 じゃあねと手を振り合い、ゼシカはその場から立ち去った。

 ――結局の所、さしたる情報もなく、結局はため息混じりに城の前に立ち、慄然と立っているそれを見つめていた。
 ひとりの兵士が何やら珍しげに近寄ってきて――の手をがしっと掴んだ。
 目を丸くして驚いているに、兵士はあっと驚いたような顔をする。
「――!! あなたはトロデーンの!!」
「え」
「間違いありません! わたしはトロデーンへの伝達係でしたから!」
「や、ちょっと……あのっ」
「こちらへ! さあ、王に謁見を!!」
 ちょっと待てと言わせてももらえず、ただ引きずられていく。
 引きずられて城の内部に入りながら、ちょっとした事を思う。
 ……おそらく、普通に考えれば王家が所有しているものを、簡単に貸してくれやしないだろう。
 だったら、自分個人で――。

 そんな事を思っているうちに、周囲の状況を確認する間もなく、謁見室へと引きずり出された。
 赤い絨毯が真っ直ぐ敷かれ、その先には大仰な玉座。
 王座の脇には小柄な大臣が立って、王と何やら会話をしていた。
 と兵士に気付いたのは、王が先だった。
「……何だ、どうした。その娘は?」
 王の前に引き立てられたは、居心地の悪さに背中をむずむずさせながら、それでもきちんと佇まいを直して立つ事にした。
 場合によっては、やミーティア、トロデ王のためになる事を、個人でできるかも知れないからだ。
 の横に立っていた兵士は王にかしずき、礼をする。
「畏れながら、こちらにおられるお方は、トロデーンの第2王女さまです。我が城の前にいらっしゃったので、お連れいたしました!」
「……この者がトロデーンの?」
 怪訝そうな顔をしている大臣とは違い、王はすっと立ち上がる。
 の前に来た。
 威厳のある顔、威厳のある顔……と念じながらその場に立っているのだけれど、に余り自信はなく。
 もう少しお行儀作法をきちんと習っておけばよかったと、こんな時だけは思う。
「……この兵のいう事は本当かね?」
「はい。このような格好で御目にかかる無礼をお許し下さい、陛下」
 スカートというほどに長い裾も何もないため、仕方なく胸に手を当ててお辞儀をする。
 これって、騎士とか近衛兵とかの礼だよねーと思いながら。
「わたくしはトロデーン王家第2王女のです。真偽についてはありましょうが、わたくしの腕にありますこれは、由緒正しき王家のものです」
 す、と右腕を出す。
 銀色の光を放つブレスレットを王と大臣がみつめ――
「ふぅむ、確かにこれはトロデーン王家の紋章……」
 大臣の言葉を受けて腕を引っ込める。
 は続けた。
「勿論、これについても真偽の疑いはありましょう。拾った、盗んだ――他にもたくさんの方法があります。ですが、残念ながらわたくしは、これ以上に自分を示すものを持っておりません」
 王が兵士の顔を見る。
「お前はトロデーンへの伝達係だったな」
「は。この方は間違いなく王女様です。王城で何度もお見かけしましたし、わたしにお声をかけて下さった事もあります。わたしの首を賭けても構いません。様はれっきとしたトロデーンの――」
 言われてみれば、何となく兵士の顔に覚えがあるような、ないような。
 苦笑して王を見ると、彼は深くため息をついた。
「分かった。王家の紋章を身につけている以上、完全な嘘偽りとも思えんし、このような真っ直ぐな瞳をした盗犯もいなかろう。
 ――姫、よくおいでになった。しかしお1人でか?」
 認めてくれたのは嬉しいが痛い質問だ。
 素直に答えてはいけないが、全てが嘘というのも問題である。
 考える素振りを全く見せずに、けれど思考をフル回転させてにこやかに答える。
「いえ、ひとりではありません。仲間がおりますから、こちらにも長くは滞在できないのですけれど……」
「仲間? トロデーンの兵士ではなくて?」
 問う王を大臣が止めに入る。
 ここで立ち話もなんだという事で、別室に移動する事になった。
 兵士が
「わたしはこれで」
 戻ろうとする彼を呼びとめ、深々とお辞儀をした。
 色々な意味を込めて。


2007・3・20