トロデーン


 西大陸に渡ったらしいドルマゲスを追うために、一行は船を必要とした。
 当初は定期便で西へ渡ろうという話もあったのだが、現在、西海域の魔物増加、凶暴化で、定期便は運行を見合わせているのだと言う。
 仕方なくパルミドの情報屋から聞いた話を受け、乾いた岩山の中にある船を発見するも、周囲は完全に陸地。
 動かせるはずもない。
 その船がどんな物なのかを調べるために、トロデーンへ戻り、書籍から情報を募る事に。
 どうやって陸地の中に運んだのか、その方法が分かれば船を手に入れられる。



 敷石でしっかり固められた入口を抜け、門扉をくぐる。
 かつて、が笑って過ごしたその場所は、荊で無残に切り裂かれたままだ。
 ドルマゲスを追って出て行った、あの時のままに。
 ――いや、もっと酷くなっている。
 、ミーティアと共に縁に腰かけて食事ををした噴水は、淀んだ水を湛えている。
「……こんな」
 ゼシカが震える声で、酷いと呟く。
 王は荒れ果てた城の有様や、植物と化した人々の姿に怒りを滲ませる。
 ククールは周囲の状態に眉を潜めた。
「……今の今まで信じきっていなかったが、こりゃあ……馬姫さまたちが呪われたってのを、本当に信じるぜ、心の底からな」
 ぽっかり口を空けているヤンガスは、近くにいる植物化した兵士を見て、ぶるると身震いを起こしていた。
 そっと植物化した人に手を触れ、ゼシカは首を横に振った。
「皆、生きてるのよね。かすかに温もりがあるもの」
「死んでないだけ救いがあると見るべきだな。ドルマゲスを倒せば……呪いを解けば、この人たちは生き返るんだろうし」
 が「必ず助けてみせる」と小さく呟いたのを、は聞き逃さなかった。

 ――これは、あたしのせいでもある。
 止められなかった。力のなさゆえに。
 過ぎてしまった事だけれど、目の前にある光景には、そうやって割り切らせてくれないほどの力がある。
 酷く胸が軋む。
「嘆いても始まらん。今はただ、奴を倒す事だけを考えねば」
 俯くに王は言う。
 もそれに同意した。
。みんな生きてる。早く助けられるように、先を見よう」
 ただ、頷いた。


 城の中は荒れに荒れていた。
 壁は崩れて道を塞ぎ、窓は荊で割られ、寒々しい風の音を通している。
 雨風にやられて、同時に魔物によってか切り裂かれた絨毯。
 完全に水気をなくして、萎れた花瓶の花。
 所々に飾ってあった豪華な剣はほとんど全てが錆付き、赤い色をあちこちに浮かせている。
 壁にはツタが這い、光の時刻でも暗い室内を更に暗鬱にする。
 が生活していた頃の面影が、全て消えたとは言わないが、ツタが絡まり、時折魔物の咆哮がかすかに聞こえる現状は、とてもではないが笑えない。
 植物になっている人たちは、当然ながら全てが知人で。
「……あ」
 ひとりの人に目を留め、は小さく息を飲んだ。
、何か――」
「ルシルダ……」
 ツタからメイドを守るように立っている女性は、の教育係の女性だった。
 厳しい眼差しを前に向けている。
 背後のメイドを守ろうとしたのだろう。
 当時は凄く嫌だったが、今はルシルダのお小言がとても懐かしく、耳にしたいとさえ思う。
 の肩に手をやり、そっと撫でた。
「平気?」
「ん、だいじょぶ。ごめんね」
 グシグシと目を手の甲でこする。
 泣いている場合じゃない。
 今は、やる事があるのだから。
「ねえ。ちょっと私の部屋に寄ってもらってもいい?」
「ああ、いいよ。みんな、の部屋へ寄って行くけどいいよね」
 仲間は快く同意してくれた。
 ククールは若干、よからぬ事を画策している顔だったけれど、まあ気にせず。

 ミーティアの部屋のすぐ近くに、の部屋はある。
 その扉にはツタが絡まっていた。
 顔をしかめ、仕方なく魔法でツタを焼き切ると扉を明けた。
 自室は他の部屋と同じく荒れていた。
 ベッドはひっくり返っていた。
 その茶色い腹の部分を、大きなツタ突き抜けている。
 クローゼットは前倒しになり、本棚は倒れていないものの、中の本は全て床の上。 しかも窓が割れているために雨風にやられて、文字は読めなくなっていた。
「こりゃあ……思った以上だ。他の部屋より酷い気がするな。綺麗だった頃を見たかった」
 ククールが肩をすくめる。
 彼はもしかしたら、何か荒らそうとしたのではないかと思えなくもない。
、何かを取りに来たの?」
 ゼシカに問われ、こくんと頷く。
 ただひとつ、割と綺麗な状態で残っている机の引き出しを、ツタが絡まっていたので力任せに引っ張って開けた。
 ククールが側に寄る。
「それ何だ? ブレスレット??」
「うん。これね、あたしのお母さんに、トロデ王がプレゼントした物だったんだって。
 城を出る時に、この城を守ってくれますようにって、呪文をかけて置いていったんだけど……力不足だったみたい。
 ドルマゲスの魔力が強すぎて抑えられなかったんだね、きっと」
 小さな留め金を外し、左腕に着ける。
 蓄積された魔力は、空っぽの状態だった。
 の部屋だけは魔力の中心で荒れ放題に荒れていたが、ミーティアの部屋辺りはそう酷く荒れていないのは、ブレスに込められた守護の魔力のおかげだった。
「持って行っちゃっていいの?」
 部屋の外にいるゼシカはそう言い、の手を見る。
 は銀色のブレスを見――こくんと頷いた。
「これから使うこともあるかも知れないし。持って行く」
 そうして左手に、トロデーン王家の紋章が入ったブレスが納まった。



 あちこち岩で行き止まりになっていたため、何度か迂回を繰り返し、やっとの事で図書室へ辿り着く。
 本棚が全部倒れていたらどうしようかと心配したのだが、ほとんどの棚はきちんと立っていた。
 いくつか倒れているものもあったけれど。
 全員で、例の船に関することを調べた結果――
「……つまり、分かったのは、あの船がある辺りは昔海だったという事ぐらいかの」
 全く身にならない知識が身に着いただけであった。
「それじゃあ船動かせないじゃないさ」
、仕方ないよ。でもどうしますか、王」
 の問いに、王はうーむと唸る。
 ヤンガスも同じような顔をして唸った。
「いっそのこと、無理矢理定期便を出してもらうとか、どうでげすかねぇ」
「何を言ってるのよ。無理に決まってるでしょう」
 間髪入れずに切り捨てるゼシカ。
 確かにその通りなのだが、少しヤンガスが不憫になる。
 ククールが空を仰いだ。
「……今日は満月か。部屋の中から見えるってのもいいもんだな」
 何を暢気な事を言っていると目線を移したは――彼のすぐ横にある壁に、見覚えのある影が映っているのに気付いた。
 扉のような影。
 ――イシュマウリ。
 月の世界の住人の扉。
 はみんなを呼び、決断したは扉を開いた。



 開口一番、珍しい、と言われた。
 イシュマウリが言うには、月影の門が人の子にその扉を開くのは、生涯一度きりなのだそうだ。
「君達はよほど月に好かれているらしい」
 ポロンと竪琴を弾く。
 今回も率直に用件を言い、答えをもらう。
「その船もわたしも古の世界に属するもの。――君達の願いをかなえられるだろう」
 竪琴を爪弾く。
 すぅ、と世界が広がった気がした。
 は瞳を閉じ、その音色に耳を済ませる。
 ――が。
 不愉快な音と共に、竪琴の弦が切れた。
「……この竪琴の力では駄目だ」
「そんな」
 肩を落とす
 他の者もそれぞれため息をつく。
「――いや待て。日の世界に望があるようだ」
 イシュマウリは<月影のハープ>を取ってくるように言い、自分はここで待つ、と背中を向けた。
 船を手に入れるために、月影のハープを探す事になる。




凄くあっちゃこっちゃ飛んでますねー。いやー、すみません。後で書き直したくなるんだろうなぁ。
2007・2・23