女盗賊ゲルダ パルミド。 以前そこに住んでいたと言うヤンガスの前情報によると、そこは何らかの事情により、まともな生活が出来なくなった者などが集まる、いわゆるゴロツキの街。 しかし情報の吹き溜まりでもあり、他人に干渉しないというモットーを持つその街は、トロデ王が久々に入れる場所でもあった。 ――が。 ちょっと目を離したスキに、馬姫ミーティアがさらわれてしまった。 その上、売られた。 冗談ごとではない。 ヤンガスの馴染みの闇店で情報を受けた一同は、ミーティアを助けるためにゲルダという女盗賊の家へ向かっていた。 「随分と遠いんだねー」 パルミドがある方向を見やり、は呟いた。 背後には明らかに疲れの見えている王がいるが、さすがに誰かがおぶって歩く訳にもいかない。 ふうふう言いながら歩く王は、ブツブツと文句を言っている。 「おお可哀想なミーティア。わしが今助け出してやるぞ……ぜいぜい……うぬぅ、年寄りにこれはキツイのう」 「王、もう暫く我慢して下さい」 に言われ、うむ、と頷く王。 倒れられても困るので、休憩を入れようと進言するのだけれど、王はそれを断固拒否。 『ミーティアを助けるのが先決じゃ!』と、決して足を止めない。 そうして歩き続け――ふと、の横を歩いていたゼシカが、丘の向こうを示した。 緑の大地に、ちょこんと茶色い物体がある。 家だ。 「あれがそうじゃない?」 「……正解でげす」 どうやら、その家が女盗賊ゲルダの居城らしい。 「……という訳で、あの馬を返してもらいてえ。言い値を払う。正直厳しいがな」 いつもの、『でげす』口調ではない盗賊口調のヤンガス。 耳慣れないからか、はどうも違和感を感じてしまうのだけれど、ゲルダはそれが当然なのか、何の反応もしないで、ふてぶてしく揺り椅子に足を組んで座っている。 女盗賊ゲルダは灰の強い黒髪を持つ、目つきはキツイが美人な女性だった。 ヤンガスの後ろにいるたちは、ハラハラしながら事の成り行きを見守っている。 彼女に駄目だと言われてしまうと、力ずくで取り返す羽目になってしまう。 それは避けたい所だ。 動きやすい赤い服――と言うよりどちらかと言えば露出の高い鎧――を着たゲルダは、ヤンガスの言葉に鼻を鳴らして立ち上がった。 「あの馬はいい馬だからねぇ……手放す気はないんだよ」 「頼む! あれは俺の仲間の大事なものなんだ! 返してくれるなら何でもする!」 「ふぅん……じゃあ、別の条件を出させてもらうよ」 「別の条件?」 「ここから北にある洞窟に眠っている、『ビーナスの涙』を取ってきな」 「な、何だって!? お前、まだ諦めてなかったのかよ」 ゲルダはヤンガスに詰め寄った。 ビッと指を顔の前に突きつけ、鋭い目で威嚇する。 「アンタ、何でもするって言っただろう。男が一度約束した事を破るつもりかい」 「う、うぅ……いや、けどよ」 歯切れの悪いヤンガスだったが、結局ゲルダの条件を呑むしか手がなく――そのビーナスの涙とやらを取りに、洞窟に潜ることになった。 はミーティアの様子を見に行き、元気そうなのを確認する。 しかし、その足には鎖がつながれていて痛々しい。 「、あたしミーティアの側にいる。ひとりじゃ心細いだろうから」 「……うん、そうだな。じゃあ僕たちは、条件に出された宝石を取ってくるから……頼むよ」 「気をつけてね」 は頷き、馬屋の外へ出た。 「ミーティア、足痛くない?」 問うと彼女は小さく嘶き、首を縦に振った。 外見は馬とはいえど、彼女はれっきとした人間だ。 足を枷で繋がれているのを見ると、痛々しくてたまらない。 「水は――あるみたいだね。たちが戻ってくるまで、がんばろ」 ひん、と頷く。 体を撫でてやり、ふと思いついて彼女の鬣を結んでいる赤い紐を解く。 不思議そうに顔をこちらに向けるミーティアに笑みかけた。 「久しぶりだから、髪の毛整えようよ」 ブルル、と体で喜びを表現する彼女。 置いてある馬車の中から櫛を取り出し、髪をすく。 さらりと柔らかい感触が、手の上を滑る。 「……前は、ミーティアがあたしの髪の毛よくいじってたなぁ。人間に戻ったら、またやってね」 独り言のように呟き、髪を梳かす。 そうしてから、きちんと赤い紐で結いなおした。 気分の問題だが、どことなく整った気がする。 「うん、上出来!」 「おいアンタ」 声を掛けられ、は振り向いた。 馬屋の入口に、ゲルダ宅の扉前を守っていた、いかつい男が立っている。 不安そうな瞳で見るミーティアの背を撫でて安心させ、男の側に寄った。 「なに?」 「ゲルダ様がお呼びだ」 何の用事か知らないが、とにかく機嫌を損ねるような真似は避けるべきだろう。 素直に応じ、ゲルダの家へ入る。 彼女は相変わらず、揺り椅子に座っていた。 「来たかい」 「あたしに何か用事?」 「茶でも飲みな。あいつらが戻ってくるまで、まだ暫くかかるだろうからね」 は素直にお茶を飲むことにした。 好意は受けておくべきだし、何よりゲルダという人は、信用ならない人物ではないと思ったのだ。 盗賊という時点で、警戒しておくべきなのかも知れないけれど、ゴロツキとは全然違う。 鋭い雰囲気は、人によっては怖いと思わせるものだろうが、は余り気にしない。 深く考えていないとも言う。 「……ゲルダさん、ありがと」 「礼を言われるような事をした覚えはないね」 突き放すように言うゲルダに、でもは笑顔を零す。 「だってミーティア……馬を返してくれる気があるんでしょ」 「それはどうか分からないだろ。ヤンガスが宝石を持ってこなかったら、返さない」 「でも、宝石を持ってくるって信じてる気がするんだもん」 お茶を口に含んで咽喉に流す。 ふうわりとした柔らかい風味が、口の中に広がった。 うん、美味しい。 ゲルダは眉を潜め、でも嫌悪しているという感じではなく、荒っぽく酒瓶を掴むとグラスに注いで一気に煽った。 「それを飲み終ったら、あの馬に馬車鞍を付けてやりな」 「ほらー、やっぱり」 「うるさいね。ひっぱたくよ」 むすっとしてゲルダは言うけれど、何か可愛かった。 急いでお茶を飲み干し、はミーティアの元へ走る。 既に使用人らしき男性が馬車の手入れをしていた。 「あちこち綻びがあるでな、直してやったべ」 「ありがとう! ミーティア、もう少ししたら馬車つけようね。皆すぐに帰ってくるから」 ニコニコ笑いながら言うと、彼女も安心したように目を細めた。 2007・2・13 戻 |