アスカンタ王パヴァンは、王妃ともう一度合わせてくれたたちにいたく感謝をし、大いにもてなした。 もてなされた食事を、外にいるトロデ王にお裾分けしたのだが……逆効果だった様子で、いじけられてしまった。 その日は疲れが溜まっていたため、食事を終えた一行はそのままアスカンタで休憩を取る事にした。 夜に 深更。 宛がわれた寝室のバルコニーで、は独り、夜風に当たっていた。 同室のゼシカは既に眠りに落ち、静かな寝息を立てている。 縁に肘を乗せ、前傾姿勢になって頬杖をつく。 眼下にある街の灯りは殆ど消えており、月の灯りが周囲を青白く照らしていた。 アスカンタ王が立ち直った今、この国はきっと以前のような賑わいを見せ始めるだろう。 2年もの間ずっと喪に服していたから、そう簡単に旅人が増えるとも思えなかったが、南にある大きな国はここだけなので、旅商人たちがすぐに話を回してくれるだろう。 夜風避けに体に巻いた外套がはためいた。 ――イシュマウリさんは、もうあの場所に戻ったんだよね、きっと。 夜明けと共に消えたシセル王女の姿。 それと共にイシュマウリも殆ど同じくして姿を消した。 月が太陽の時刻に変わったからか。 何となく日の光には弱そうな気がした。 どこぞの書物で読んだ吸血鬼みたい。 「こんばんは、」 「あ、こんばんは……ってじゃない」 考えにふけっていたため気づいていなかったが、が自分と同じように、バルコニーに立っていた。 彼の部屋は隣で、距離は少しだけ離れているけれど。 「こんな遅くに何してるんだい?」 はのほぼ横に立ち、眼下を眺める。 何かを見たいと思っている様子ではなく、ただ目に映しているだけだ。 「こそ」 「僕はの姿が見えたから。また何かやらかすんじゃないかと思って」 「うあー、酷いなあ」 そうかい? と彼は微笑む。 「だって昔、壁修理の人と一緒になって宙吊りになってた事があっただろ」 「随分と前の話を。もうしないよ、多分。あたしだってちゃんと成長してるんだから」 「成長ねえ」 含み笑いをする。 ――本当にもうやらないってば。 もしかしたら、トロデーン復興のためにやってしまう事もあるかも知れないけれど、現状ではない。 はの横顔を何となく見た。 とっても美形さんだ。 今のところ一緒にいるククールが行く先々で騒がれているが、彼は非常に目立つからで。 がもてないかと言うと、そうではない。 顔をじっと見られるのはさすがに居心地が悪いのか、彼はの方を向いた。 「僕の顔に何かついてる?」 「何でもないんだけど……ってカッコイイよね」 彼は顔を赤くし、こほん、と咳払いをした。 照れ隠しかな? 「きゅ、急に何だよ。それで人の顔じっと見てたのか」 「えへへ、ゴメン。でもって強いし優しいし。うん、分かるなあ」 ミーティアがを好きになるの、と心の中で思う。 それと同時に、言葉を交わせないミーティアと自分が、逆だったならばよかったのに、と心の隅に小さく浮かんだ。 考えると同時に気分が下降していくのが分かった。 ――あたしが呪いにかかって、ミーティアが何事もなければ。 「? 落ち込んでるのか?」 顔を近づけて言うにはっとなり、は首を振った。 平気だという意味を込めて。 「……ねえ。あたしとミーティアが逆の立場だったら……もっと……変わってたかな、色々な事」 「そりゃあ、と姫さまじゃ全然違うよ」 彼は言葉を続ける。 真っ直ぐな瞳でを射抜きながら。 「僕にも王にも、2人はとても大事だよ。どちらかが欠けていいなんて思ってない。それに、僕は――が無事でいてくれて、凄く嬉しかった」 口をつぐんだままの目を見返す。 「こういう状況じゃなきゃ、と一緒に旅をする機会なんか、なかったかも知れないし。ああ勿論、だからってドルマゲスの事は別格だけど」 「うん。あたしも同じ。と一緒に旅したら面白いだろうなーって思ってた。……あたしの実力不足が招いたも同じだけど」 どういう事かと聞かれ、は答える。 「あたしの施術がもっと強かったら、こんな事にならなかった。マイエラ修道院に現れたあいつを縛ろうとして、失敗しちゃったし」 「ああ……ドルマゲスを縛ろうとした光の呪文?」 うん、と頷く。 急ごしらえだったからとも言える。 シヴィラの本が手元になかったからとも言える。 でも結局最後に行き着くのは、本の助けを借りなくとも平気な力がなかった。 それだけだ。 「最近、城にいた頃みたいにしょっちゅう術を使ってないから……弱くなっちゃったのかも。頑張らなきゃ」 ため息をつくの肩をが軽き、額同士をこつん、とあてた。 わぁ。とっても顔が近い。 「僕がを支えるから、ひとりで突っ走らないように。いい?」 「――うん。ありがと」 の温かい言葉がを満たす。 どうしていつも、この人はこんなに優しいんだろう。 ……いやまあ、怒られたりケンカしたりもするけれど。 心の中でミーティアに謝りつつ、の優しさに寄りかかった。 その様子を見ている男が一人。 「……あいつら、実はすでに恋人同士だったりするんじゃないだろうな」 銀髪のその人は腕を組み、唸った。 2007・1・13 戻 |