月の導



 結果だけ言うと、アスカンタでのドルマゲスに関する情報は皆無だった。
 そんな結果を引っさげ、一行はアスカンタ王家の下仕え、キラという少女に頼まれたお願い事を果たすため、川近くの小さな村に住む彼女の祖母を尋ね、そこで得た情報を元に、今ひたすら山を登っていた。


「お伽話を真に受ける旅の一行か」
 ククールが鼻先で笑う。
 そんな彼の背中を、ゼシカが思い切り殴った。
 ちょっと痛そうな音がする。
「しょうがないでしょ。トロデ王は乗り気だし、それにパヴァン王もそうだけど、あのキラって女の子を放っておけないじゃない」
 うん、とも頷く。
「結果はどうあれ、やれる事はやっといた方がいいよね」
「自己満足に過ぎないとしてもか?」
 の顔を覗きこむククールを、が引っ張った。
 顔を近づけすぎだと目線で咎めている。
 ククールは肩をすくめた。
、お前過保護に過ぎるんじゃねえの」
「そんな事ないさ。は無防備過ぎると思うから、丁度いいと思うけど」
「彼女がそれを望んでいないとしたら?」
「望んでないなんてそんな事ない」
 ばちばちと火花を散らし気味のとククールを見て、はこっそりゼシカに問う。
「ねえ、あの2人一体何をしてるの」
「……さぁ」
 何か知っている顔をしながら、ゼシカは答えをはぐらかす。
 後ろをついてきている王は、ため息をつくばかり。
 ヤンガスは二人の争いを、完全に無視する方向に決めたらしい。
 騒ぎはともかく、夜までに山の頂上に着かなければいけない一行は、足を休めることなく進み続けた。


 頂上には奇妙なものがあった。
 元々は家だったのかも知れないが、少しの壁と窓枠、そして窓枠の逆側にある崩れた大きな壁だけしか残っていない。
 草が生い茂るその場所。
 夜風が体を撫でてゆく。
「特に何もないでげすな」
 ヤンガスが周囲を見回して言う。
 確かに、窓枠と壁があるだけで、他に目立つ物は何もない。
 満月の夜に何かがあるという言い伝えだけれど、現状で満月は空に浮かんでいるのに――。
「……ねえちょっと。この影どんどん伸びてない?」
 足元にある影に気付いたゼシカの言葉通り、窓枠の影が伸びている。
 ゆっくり壊れた壁に向かってそれは向かい、壁に扉のような形を作った。
、扉みたいだね、これ」
 が何の気なしに触れた――瞬間に窓枠の影でしかなかったそれが開いた。
 開いたそこから薄青色の光が溢れ、気づいた時には別の場所へ移動していた。
 柔らかい群青色の世界。
 いくつかある大岩の上からは、緩やかに水が落ちて着ている。
 普通だったら滝のように凄い音がしそうなものだが、全然そのような音はしない。
 中央には建物があり、そこへ続く道は、円状の階段のようなもので構成されている。
 建物の頭上には、新月から満月までの工程を描いたような月のかたちが、ゆっくりと回っていた。
「どうする?」
 ククールが言い、
「このまま突っ立っていても仕方がないよ。あの建物へ行ってみよう」
 の進言を受けてそれぞれ歩き出した。

 建物の内部に入ったは、思わず声を上げてしまった。
 左右に不思議な物体がある。
 金色の丸いものが、これまた金色の円の上――太鼓みたい――で跳ねている。
 液体みたいでもあり、固形のようでもあり。
 その奥には金色の楽器があり、静かに音を奏でていた。
 面白いと純粋に思う。
 興味深そうにそれらを見ているに、誰かが声を掛けた。
 見知らぬ声に目を丸くしつつ後ろを見ると、少し上の方から見知らぬ人が姿を見せていた。
 たちも声を掛けたその人を、驚きの眼差しで見ている。
「わたしはイシュマウリ。月の導きを受けた貴方たちを歓迎しよう」
「……あ、ありがと。ええと、上がっていいかな」
 どうぞ、と答える代わりにイシュマウリは笑みを深くした。
 皆、階段を上ってイシュマウリを間近に見る。
 美しく、不思議な揺らめきをみせる布地に身を包み、柔らかな青色の長い髪を背中に流したイシュマウリは、片手に持ったハープを指で弾くと、たちにお辞儀をした。
「あの門を通ってこられた理由を聞かせて頂こう」
「僕たちは――」
 説明しようとするを、イシュマウリは手で制した。
 首を傾げるに向かって目を細めて笑みかける。
 彼はハープを二度弾いた。
 音と共に光が昇り、空気に溶けて消える。
 イシュマウリは頷き、たちがここに来た理由を口にした。
 アスカンタ王妃を、もう一度アスカンタの王の元へという、その理由を。
「ど、どうして分かったの!」
「記憶は人の物ののみにあらずだ、殿」
「……あたし名乗ったっけ」
 ゼシカに聞くが、首を振られた。うん、言ってない。
「貴方の名も彼の記憶から……」
 優雅な動きでを示し、に微笑んだ。
「ともあれ、願いは分かった。月の導きを受けた者たちを、わたしは拒まぬ。さあ、ともにアスカンタへ――」


 入って来た扉を抜けると、ぐらりと視界が揺れて光が溢れ、は思わず瞳を閉じた。
 ぎゅっと閉じた目をゆっくり開くと――見覚えのある景色が目の前にあった。
 噴水に赤い絨毯。
 周囲を見回し、アスカンタのお城の内部だとすぐに気付いた。
「うわ、どうなってるんだろ」
 の隣にいたイシュマウリはくすりと笑む。
「驚く事ではない、殿。夜は月の導きが濃い世界。記憶という道を辿れば、門はどこにでもその口を開くもの」
 便利なんだろうけれど、どちらかというとルーラの方が心臓には悪くなくていいなあと内心思う。
 それに、イシュマウリ限定の技だろうしね。
、王様のとこに行こう」
 上を示しながら言うに、は頷いた。


 そうしてパヴァン王はイシュマウリのハープの力により、彼の望み通り、もう一度王妃と再会した。
 ただし、王妃は彼自身の記憶の中にあるものだった。
 だが、彼はその記憶のおかげで、今まで悲しみにくれて忘れてしまっていた大事な事を思い出し、朝日が昇るとともに、アスカンタ城を覆っていた黒い垂れ幕は全て引き上げられ、王家の紋章が入った赤い垂れ幕が下げられた。
 ――王は、誰でもない、王妃と自身との記憶によって救われた。



ストーリー流れ以外の何者でもない回ですな。
2007・1・6