アスカンタ


 マイエラ修道院を出た一行は、地図とヤンガスの情報を元に、一番近い場所――アスカンタ城を目指して歩いていた。
 緑色の緩やかな起伏が続き、踏み固められた道がその上を走っている。


「じゃあ何か? この緑色のがトロデーンの王で、この馬姫さまってのは本当の姫君だっていうのか」
 信じられんと目を細めるククールには苦笑した。
 王はフンと鼻を鳴らす。
「これも憎きドルマゲスの阿呆のせいじゃ! ミーティアなど婚約が決まっておったというのに……ああ不憫な娘じゃ」
 よよよと袖で涙を拭う王。
「……で、はそのトロデーンの兵士で……は?」
 話を振られ、の隣を歩いていたが答える。
「あたしはと同じで、トロデーンに仕える……」
、嘘を言うでないぞ」
 ピシッと王に釘を刺された。
 嘘じゃなくて、自分の中ではそういう位置づけになってるのに。
 はぁ、とため息をつき、ちゃんと周囲一般が認識する立場を聞かせる。
「あたしは、トロデーン王家のー……一応立場上では第二王女って事になってるんだっけ? あんまり気にしてないから、詳しくは分からないけど、ええと、そういう事で」
「は!? が姫……?? もしかして、呪いによって性格が変化したか? 本当は凄く淑やかとか――」
 結構な言葉を吐いているククールに、が言う。
「嘘じゃない。彼女はれっきとしたお姫様だよ。と言っても、僕と一緒に兵士訓練所で訓練したりする、ちょっと姫さまっぽくない姫だけどね」
酷いなぁ。間違ってないけど」
 クスクス笑いあう
 ゼシカが呆れたような声を出した。
「今、ちゃんと聞いても不思議だわ……って全然そういう素振りを見せないから」
 トロデ王がそういう態度でいるかどうかと言われれば、にはよく分からないのだけれど。
 第一自分は、他の王家の人間を見た事がない。
 交流がある王家はいくつかあるけれど、ミーティアの婚約者がいるサザンビークですら尋ねた事がない。
 それはミーティアも同じだったが。
 殆どが使者を通しての交流だったし。
 は表舞台に出る事を極端に嫌って、きちんとした立会いの場には出なかった。
 それでも、サザンビークの王家にの名ぐらいは通っている……かも知れないが。
 ククールはふぅんと頷き、の姿をまじまじと見やる。
 見られ、も自分の姿を見てしまう。
 魔力の織り込まれた青色のローブの下に、膝下ほどの長さの薄橙色のスカートを着込んでいる。
 動き易さを考えればもっと短いスカートの方がいいのだけれど、はしたないと王に言われ、この風体だ。
 じーっと姿を見たククールの一言。
「……姫っぽくはないよな」
「悪かったね。ご期待に沿えず」
 ぷいっと横を向くと彼は手を振った。
「でもオレは今のがいいと思うぜ。いきなりおしとやかになられたら、そっちの方が薄気味悪い」
「それも充分失礼な言い草」
 ぷーっとむくれるに彼が笑った。
 遊ばれてる気がするなぁ。



 延々と歩き続け、川のほとりの村で一晩の休憩を取り、それからまた歩き出す。
 ずっと東に向かって歩き続けると、大きな門が見えてきた。
 白い石柱が並び、敷石が入り口に向かって敷き詰められている。
「凄いお城ね」
 ゼシカの言葉に王がむくれた。
「わしの城の方が……ぶつぶつ」
「まあまあ。王、僕らは中に入って情報を集めてきますから」
「うむ。わしらはいつも通り表で待っておるぞ」
 王とミーティアを残し、たちはアスカンタへ入った。
 しかし。
「……暗いね」
 中へ入って一番に感じたのは、空気が重い、という事だった。
 どことなく圧迫感を感じては空を見上げる。
 その際に目に入って来た王城に、視線を戻した。
 重苦しい空気の正体が分かった気がする。
、お城に黒い垂れ幕が」
「ああ、確かに。あれは――喪に服している、っていう事かな」
「その通りだと思うでげすよ。外に出てる殆どの人が、喪服を着てるでげす」
 周囲を見回すと、本当に喪服の人が多い。
 多いといっても大体表を歩いている人が少ないため、城下は物凄く閑散としているのだが。
「とりあえず、話を聞いて回ろうぜ」
 ククールの言葉に皆それぞれ散った。


 表を歩いている何人かに話を聞いてみたが、これといってドルマゲスに関する事は耳にしない。
 殆どの人間が喪服で過ごしているこの地に、道化師風の男が現れたなら、すぐに分かる、と民は口を揃えて言い、ついでに
「だからそんな人物は見ていない」
と付け加えて話を終えるのだった。

「はぁ、情報なし……」
 石段に腰かけて休憩する。
 空気が重いせいか、心なしか少ない動きですぐ疲れる気がする。
 気が滅入るからだろうか。
 たちは何かをつかめたかなと頭の隅で考えながら、ふう、と小さく息を吐いた。
「お嬢さん、お暇かい?」
「……ククール、仲間にイタズラしないでよ」
「心外だな。本気で誘おうと思ってるんだぜ」
「あんたの本気はちょっと信じがたいなぁ……まあ、今度ね」
 残念、と苦笑し、彼はの横に座って神を括りなおした。
「何か話聞けた?」
「いいや駄目だ。誰も知らないそうだ。ああ、この国がどうしてこんなに陰鬱なのかは分かったけどな」
 どういう事かと聞くと、この国の王妃が2年前に亡くなり、王はそれを酷く悲しみ、それ以後ずっと喪に服しているのだという。
「2年もあんな黒い服着て生活してるんじゃ、気分だって落ち込む一方だろうぜ」
「確かに。……人の死を悼むのは当然としても、長すぎて普通の生活が病んで行くのは違う気がするなぁ」
 頬杖をつく
 視線の先には閑散とした広場がある。
 誰も彼も暗い表情。
 商売をする商人たちですら軒並みそんな表情なのだから、国民たちの顔が明るいはずがない。
「2人してこんな所にいたんだ」
 背後から声がかかり振り向くと、が立っていた。
 彼はをククールとはさむようにして座る。
 浮かない顔をしているのは、やはり情報がなかったためだろう。
「やっぱ駄目だったんだ」
「ああ駄目だった。……城の中でも情報収集してみようか」
 背後にある城に目をやる。
 は頷く。
 もしかしたら、何か知っている人がいるかもしれないと期待を込めて。



久々更新。
2006・10・13