暗い道を通って


「……怒っていいんだよね、こういう場合は」
 土色をした壁に背を預け、はぼやいた。
 頑丈な格子の入り口にはヤンガスがへばりつき、扉をがたがたと動かしながら悪態をついている。
 ゼシカはと同じように壁に寄りかかり、こんな所などに入らされるとは思っていなかったであろうトロデ王は、外に一人で置いてきてしまったミーティアを心配している。
 そしての横で、腕を組んで立っていた。

 マイエラ修道院地下独房。
 そこに一行は捕らえられていた。

「あの軽薄男……今度会ったらぶん殴ってやるわ」
 ゼシカが形のいい口唇を歪めながら言う。
 軽薄男とは、一行が独房に入れられる羽目になった原因の聖堂騎士のこと。
 名をククール。
 指輪を返そうとしてマイエラ修道院に入ったたちに、彼は頼みごとをした。
 禍々しい気がオディロ院長の部屋にある。
 原因を知りたいが、馬鹿な聖堂騎士が橋を渡らせまいとしている。
 だから、秘密の入り口から裏手に回って入ってくれ、と。
 は快くそれを引き受け、地下の旧修道院跡地を抜けた。
 院長の部屋へ入ったところでドルマゲスが現れた。
 彼はそのまま何事もなく立ち去り、後から入って来た騎士団長マルチェロに尋問され、囚われた。
 結果――今こうして独房に入っているわけなので、ゼシカの『ぶん殴ってやる』という言い分も分からなくない。
 が深いため息をつくと、独房内に反響してやけに響いた。
 更に気分が下降しそうだ。これ以上ため息をつくのを止めよう。
「ねえ――」
「……静かに」
 指で口唇を押さえられ、は驚いてそのまま固まった。
 ……。
 足音。
 それは独房の前に来るとピタリと止まった。
 赤い騎士装束。
 ゼシカとヤンガスの目が釣りあがる。
「ああああー! あんた!!」
「よぉ。居心地はどうだ?」
 軽く手を上げるククール。
 ギャンギャン噛み付くヤンガスとゼシカを手で制し、ククールは懐の中から金属音のする小さなものを取り出した。
 ――鍵だ。
「いいか、ここじゃ上に声が届いちまう。オレがいいと言うまで、絶対に喋るなよ?」
 助けてやるからさ、と口の端を上げて笑む彼。
 罠かとも思ったがそれならば、既に捕らえられている以上、それより酷い事なんてない気がした。
 が彼の申し出を了解し、それが一行の決定になった。




 地下の別の部屋へ通されたたちは、話をして平気だというククールの言葉に息を吐く。
「ねえ、一体なんだって言うのよ」
 睨みつけながらゼシカが言う。
ククールは肩をすくめた。
「悪かったな。でも、オレが団長殿に進言したとしても状況は悪化してただろうぜ。嫌われてるからな」
 ひょい、とトロデ王を持ち上げる彼。
 は顔を見合わせた。
 ククールは暴れる王を無視し、部屋の壁に備え付けられている物々しい鉄のオブジェを開いた。
 真ん中から左右に開かれた扉の内側には、びっしりと鉄の棘が。
「うわぁ、ナニコレ!!」
 驚くにククールがニヤリと笑う。
「こいつの棘が中にいる人間を刺すのさ。――ちょっと体験してみるか?」
 ひょい、と王を中に入れると開いた扉ががしんと閉まった。
 中から王の悲鳴が。
「ぎゃーー!」
「お、王!!??」
 が焦って扉を開こうとする。ククールはその手を止めた。
 ヤンガスとゼシカにいたっては、余りの事に声も出せないのか体を固めて顔を引きつらせている。
「――ん?」
 中から王の声が。どうも無事らしい。
「なんじゃこれは。床が……おお、抜け道になっとるぞ!」
「とまあ、そういう事だ。ここを抜けて脱出するぜ」
 あまり脱出口としては快くない場所からの逃亡だが、正面から堂々と出てゆけるはずもないし。
 ゼシカ、ヤンガス、の順で降り、次いで
 最後に松明を持ったククールが降りてきた。
 降りた先は洞穴。
 空気が湿っているので、あまり長居したくはない場所だ。
 ククールは灯りをつけて一行を先導し出した。


 皆を先導しながら、ククールは
「オディロ院長を助けてくれて感謝してる」
 礼を言った。
「マルチェロはお前らを逆賊扱いしてるけどな。あの妙な気配……お前らが院長のところへ行ってくれなかったら、きっと院長はこの世にいなかったろうぜ」
 は唸る。
「でも、騎士の人だって弱いわけじゃないわけでしょ。神の栄光を受けたうんたらかんたら……な人たちなんだから、少しの時間稼ぎぐらいは」
 ククールは首を横に振る。
「殆どの聖堂騎士はお飾りさ。確かに強いヤツもいるが、それだってあの妙な気配のヤツに敵うとは思えない」
「……ククールって、騎士団の中では嫌われ者?」
 ずばり聞くが肘をつつく。
 問われた側の彼は気にした風もなく、クスリと笑った。
「気にするな。言ったろ? オレはマルチェロに嫌われてる。だから大概の騎士には疎んじられてるんだ」
「あの団長に嫌われてるから、疎んじられるっていうのか?」
 が眉を潜めた。
 彼が何を考えているのか、には分かる気がした。
 きっと、一部の権力者の意見で振り回される騎士というのが気になっているのだろう。
「仕方ないさ。団長の権限は大きいしな、嫌われるより好かれた方がいいに決まってる。出世もできるしな。かく言うオレも、指輪の事でお前らをダシにした。本当に悪かったよ」
「……あの団長さんにコビ売りかしら?」
 嫌味をふんだんに含んだ声色でゼシカが言うが、ククールは違うと首を振る。
「オレの場合は、修道院から出されたら行く所がないってだけさ。あいつはオレを首にする理由をいつも探してるからな……指輪の件で突っ込まれてたらマズかった」
「……人に渡すような事しなきゃいいのに」
 の呟きに、同感だとは頷いた。
 そんなに大事なものを人にホイホイ与えるものではない。
 ましてナンパなんかに使うな。
 思うところはともあれ、行き止まりにまでやって来た。
 ハシゴを上り切ると、川の音が耳に入った。
 そういえば、修道院に向かう途中、川のほとりに小屋があったことを思い出す。
 外に出ると、確かに見覚えのある場所だった。
 は外の空気を胸いっぱいに吸い込んで、吐く。
 洞窟の湿った空気を追い払うみたいに。
 ミーティアの元へ走っていった王を見やり、それからククールはたちに顔を向けた。
「さて、それじゃオレは戻るぜ。あなた方の行く末に神のご加護を」
 うやうやしくお辞儀をし、じゃあな、と去ろうとした彼の動きが止まる。
 視線の先を追うと――マイエラ修道院の奥、オディロ院長の部屋がある場所への橋が赤く染まっていた。
「燃えてる……」
 呟くゼシカ。
 ククールは炎を見て、すぐさま走りだした。
「みんな、僕たちも行こう!」
 の号令で、体を固めていた一行も修道院に向かって動き出した。


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さくさくと進みます。
2006・2・3