修道院


 船着場。
 ドルマゲスを追う一行は、彼の目撃情報をもとに歩きだした。
 とりあえず、次なる目的地は船着場から見えた修道院。
 決定的な情報が不足しているため、あちこち歩いて情報集めをしなくてはならない。

 緑色の絨毯を思わせる草の大地に、薄い茶色の道が延々と続いている。
 太陽は相変わらず地面を照りつけているが、風が吹いているため、汗だくになる気候でもない。
 もちろん、魔物との戦いの場合は汗をかくけれど。
 は少し先を歩くの背中ごしに進行路を見た。
 まだ距離はあるが、遠目に大きな建物が見えている。
、重くないの?」
「え?」
 隣を歩いていたゼシカにいきなり言われ、それが何のことを示しているのかさっぱり分からないは首をかしげた。
「それよそれ。弓」
 指し示されたのはが背中に背負っている弓一式。
 は剣を、ヤンガスは武器の買い替えをして斧、ゼシカは鞭が武器で、は弓。
 確かに武器としてはゼシカの鞭より当然重いのだけれど。
「別に大丈夫だよ? 旅し始めてからずっとこれだし」
「でもそれって木製より重いんじゃない? 金属みたいに見えるけれど」
 ああ、と弓を手に取ってゼシカに渡す。
 彼女はそれを手に取り――目を丸くする。
 弓を持ったまま手を上げたり下げたりした。
「これってどういう素材なの? 金属に見えるのに思ったほどの重さを感じないわ」
「うん。弓自体はトロデ王からもらった普通のものなんだけど、ちょっとした細工をしてあって」
 指でその部分を示す。
 弓の一部に文字のような、絵のような紋様が描かれていた。
「なにんなの、これ」
 不思議そうな顔のゼシカ。
「それね、あたしの一族の本に書いてあったのを施してみたんだ」
 の一族<シヴィラ>は、様々な魔法力を操る者たち。
 自身は覚えていなくとも、本があれば簡単なことはできる。
 たとえば、弓の重さを和らげるための小さな場――魔法陣――の記述とか。
「シヴィラ?」
「あ、ゼシカには言ってなかったっけ。あたし、そういう一族の名前の出らしいんだよね。
小さい頃にそこを出されたからよく覚えてないんだけど。まあ、便利だから使えるものは使っとこっていう――」
「……出されたって」
「ああ、まあ深く話すと長いから省略するけど。トロデ王の姉の娘なのね、あたし。お母さんはそのシヴィラっていう一族の人を好きになって、村で暮らしてたんだって。で、7歳ごろに村を出されてトロデーン王家に拾われたと」
 そうだったの、と視線を地面に落とすゼシカには軽く笑った。
「そんな暗い顔することじゃないよー。あたし生きてるし。やトロデ王やミーティアやヤンガスや、もちろんゼシカに会えたのも今があるからだしねー」
 けらけら笑い、ゼシカから弓を受け取って背中に背負う。
 彼女はウルウルと瞳を潤ませ、ぎゅーっと手を握ってきた。
「はえ?」
! 幸せになるのよ! わたしが絶対に守るからね!!」
「あ、あ? ありがと……え、いや、守るって」
 うむー? と首を傾げるに、が笑った。
「大人気だね」



 修道院は大きかった。
 トロデーンにある教会とは比べ物にならない。
 入り口で突っ立って大きく口を開け、ふはぁーと上を眺める
 その姿を見ても動じない修道士たちは、そういう行動に慣れているのか、それとも動じないのか――とにかくなんらリアクションはない。
 いつもの通り近くで待機しているトロデ王とミーティアを除いた4人は、修道院内部に入った。
 ゼシカ、ヤンガスと別れて情報収集に努める。
 修道院内部は落ち着いた色合いの煉瓦で構成されていた。
 清潔で清浄な空気。
 清められた室内だと肌で感じられるけれど――。
「なんか、刺々しい感じがあるような」
 一見信心深そうなのにな、と内心で呟く。
、奥へ行ってみよう。ここの人たちに話を聞くのは難しそうだ」
「うん、そうだね」
 周囲を見回せば、一心不乱に祈りを捧げている者、仕事中の修道士たちばかり。
 礼拝堂だから仕方がないが、もう少し気持ちにゆとりのある人でないと話が聞けない。
 部屋の奥手にある扉を抜けると、白石の敷き詰められた場所に出た。
 各部屋との交流点らしいが――その奥に扉がある。
 扉の前にはなんだか物凄く刺々しい気配を出している騎士が2人。
「ねえ、あの扉の奥って何かな」
「多分話に聞いた聖堂騎士じゃないかな」
「でも、なんかヤな感じがするけど」
 聖堂騎士というものは、もう少し柔らかい雰囲気があるものだと思っていた。
 は彼らからなにか話を聞けないかと思い、声をかける。
 の制止の言葉が後ろから聞こえた気がしたが、時遅し。
「あの、すいません」
「なんだ小娘。この扉の向こうはお前のような、下賎の娘が行けるような場所ではないのだぞ」
「立ち去れ!」
 勢いづいて言われるが、その言いようにはムッときた。
「なによー! あんたら性格悪いなあ。見知らぬ人に対してそういう態度を取るのがここの騎士の人たちなわけ!? 心が狭い! 性格ワルー!」
 ぎゃんぎゃん噛み付くと、騎士たちの手が剣にかかりそうになった。
 と騎士の間に入る。
「ム、貴様も我々にたて突くと言うのか!」
 騎士の一人が、ずらり、と音を立てて途中まで剣を引き出したとき――上から声がかかった。
「止めないかお前たち。確かに私は怪しい者を中へ入れるなとは言ったが、脅しをし、品位を落とすような真似をしろとは言っていない」
「マルチェロ様。……失礼いたしました」
 剣を戻す騎士。
 が上を見ると、黒髪で眼光の鋭い騎士が窓から姿をのぞかせていた。
「ありがと、そこの人」
がお礼を言うと、取り巻きの騎士が口を挟む。
「キサマ、マルチェロ様に向かって無礼な」
「えーと。じゃあ、マルチェロ様、ありがとうございました。無礼をお許しくだされば幸いと存じます」
 トロデーンで散々教育係から教わった、貴族風お礼と共にお辞儀をする。
 嫌味でやったのに、マルチェロは口の端を上げて笑んだ。
 動じない人だな。
「どちらにせよ、この中は部外者や素性の知れぬ者を入れることはできぬ。頭の痛い事象をこれ以上増やしたくはない。ただでさえあの男が――」
 マルチェロの言葉にが顔を見合わせる。
 彼は苦笑し、首を振った。
「いや、こちらのことだ。話が反れたな。ともかく立ち去れ。中へ入る許可は出せぬ」
 言い放つと窓を閉めてしまった。
 は眉根を寄せる。
「うはー。感じ悪いなぁ……どうしよう」
「とりあえず、ほかの皆と合流しよう。ここじゃ情報収集はできなさそうだからね」



「空気最悪じゃない?」
 ゼシカの言葉にも深々と頷いた。
 マイエラ修道院から出た一行は、ヤンガスの情報により、近場にあるというドニの町へ足を進めていた。
「村のシスターたちはすごく優しかったわよ。それなのに、なんなのかしら、あの修道院の連中!」
 憤慨やるかたないと言った表情のゼシカ。
 はまあまあと取り成しているが、それでも内心は気分がよくないのだろう。
 余り本気で止めているようには聞こえない。
「聖堂騎士って、性格の悪い人がなれるってワケじゃないよね」
、それはありえないでがすよ……話を聞くと、そうかもしれねえでがすが」
「まあとにかく、ドニの町で情報収集して休もう。日が完全に暮れてしまう前にね」
 の言葉に反対する者はいなかった。


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ククがそろそろ出てきますが…波は余りないです、多分。
2005・12・13
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