初めての戦闘



 茨の呪いで、一日にして破壊されてしまったトロデーン。
 そこで生き残った、そして魔物に姿を変えられたトロデ王、馬に姿を変えられたミーティアは、原因であるドルマゲスという男を捜して旅に出た。
 は剣を持ち、は弓を持つ。
 ミーティアが馬車を引き、トロデ王が御車をする。
 その前をが率先し、歩く。
 目下の目的はトラペッタ。
 トロデーンから一番近い場所。

「今日はこの辺りで休むとしようかの」
 トロデ王の言葉に、は頷いた。
 まだトラペッタまではあるし、ここから先には橋がある。
 既に夕暮れを過ぎてしまっているこの時間で、巨大な橋を渡るのは少々危険だ。
 ミーティアも馬車などという慣れない物を引っ張っているため、疲れが見える。
 は兵士だし、も彼ほどではないにしろ、王家の姫らしからぬ体力は持っているので別段疲弊しすぎていることはないが、旅慣れているとはいえない現状。無理は禁物だ。
 はうーんと伸びをする。
 ほ、と息を吐き、背中に背負っている弓を下ろした。
「ほれほれを手伝え」
 見ればは夜のための備えをしている。
 馬車にはランプがついているが、それだけで一晩凌げる訳もないし、第一ランプでは暗すぎる。
 火が必要だ。
、あたしが木を集めるから」
 既にいくつかの木を手にしていたは、持っていたものをに渡した。
 そうしてから川の方を示し、
「じゃあ僕は水を汲んでくる」
 馬車の中から水汲み用として持ってきた桶(オケ。バケツとも言う)と長い紐を持って、川の下流へと向かった。
 は引き続いて木を集め、ある程度たまったところで、焚き火をするために火を熾し始めた。
「……上手く点かないなぁ」
 かりかりと頭を掻く。
 呪文で炎をつければ簡単なことだが、今のの攻撃魔法では全てを吹き飛ばしてしまう可能性の方が高い。
 そうこうしているうちにが戻ってきた。
「あれ、どうしたんだい?」
「んー……焚き火をするのに、どうやって火をつければいいものかと」
「なんだ。言っておけばよかったかな」
 クスリと笑い、は簡単に火種を作って、あっさりと焚き火をつけて見せた。
 あまりに簡単にやられてしまい、は驚いた声を上げる。
「ど、どうしてそんな事できんの?」
 は水を適当な入れ物に分別し、それから食料を目算してから切り分ける。
「兵士って、一応相当の訓練をするんだ。野外での行動の勉強とかね」
「いくら他国と戦闘する気がないとはいえど、野戦での行動も必要じゃからな」
 トロデがミーティアに水を飲ませ、食料を与えつつ言う。
 は肩をすくめた。
「あたし、兵士の勉強もちゃんとやっとけばよかった」
は一応姫様だろ? 守られる側なんだから、いいんだよ」
「よくないよー。あたしは、守られ続けるのとかイヤだ」
 守りたいんだ、と実に男らしいことを言うに、トロデは嘆息した。
「……多少でもよいから、身分を忘れんようにしてくれ」
 黙殺。
(あたしに身分は必要ないんだよーう……)



 食事も終わり、翌日の予定もたて、さあ寝ようという段階になって訪問者があった。
 いわゆる魔物という分類に属するかたである。
 訪問という言葉はふさわしくない。
 強襲だから。

 寝ようとしていたは弓を持ち、元々番をする予定だったらしいはすぐさま行動に移った。
 敵はスライム三匹。
 青い、でも透明な体を震わせて大きく跳躍した。
 トロデ王たちを標的にさせないよう、は2人から離れる。
 は走りながら弓を引き絞り、後ろを振り向いた瞬間に照準を合わせて矢を射る。
 だが走りながら――その上相手は動く――では、まともに攻撃が当たらない。
 そうこうしている間に、は一匹を撃破していた。
 剣だからという理由もあるだろうが、さすがに技量が違う。
 は今度は止まって、突進してくるスライムにしっかり照準を合わせて――射る。
 矢は正確に魔物を射止めた。
 ずるりと形を失い、消えていく。
 後に残ったのは矢だけ。
、危ない!」
「え……っぐえ!」
 可愛さのカケラもない声をあげ、前に倒れる。
 スライムが背中に突進してきたのを耐え切れなかった。
 の白刃がの近くで煌めく。
 振り向いたときには、魔物の姿は掻き消えていた。


 焚き火の前に戻ったは、矢を丁寧に調節すると、水を1杯飲んだ。
 既にトロデは眠っているし、ミーティアも眠りの中。
 起きているのはだけ。
、早く寝たほうがいいよ?」
「……うん。あのさ。旅ってさ、結構大変なんだね」
「そう、だね。いつ魔物が襲ってくるか分からないしね」
「気をつけたほうがいいことって、あるかな」
 彼は少し考え――うん、と頷く。
 にとって、は戦いの先生だ。
 同時に、旅知識の先輩であもある。
「武器はなるべく体から放さないこと、かな。僕は剣、は弓。戦えるのは僕らだけだから。はお姫様だから不本意だろうけどね」
「……本気で言ってるなら怒るんだけど」
 じとんと睨みつける
 は手をぱたぱたと振って苦笑いした。
「じょ、冗談だよ」
「ならいいけど。お姫様とか、そういうのヤダ。あたしは。そんだけの存在なの」
 きっぱりはっきり言い放つと、はころんと横になった。
 と交代で見張り番をしなくてはいけないから、さっさと寝る必要がある。
 横になって、それでもは口を開いた。
「……矢を敵に当てるのって難しいね……。今までは動かない的が相手だったから、楽だったけど」
「大丈夫。なら上手くできるよ」
「…………ん」
 彼に言われると、素直に頷けてしまう。
 できないことも、できると思わせてくれる。
 は、すぅ、と静かに眠りに落ちた。





魔法使いと弓使いが好きです。剣を持ってバシコッとやるのもいいんですが。
2005・7・8
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