兵と姫様とあたし



 あたしは知ってる。
 立場上は一応従姉妹で、本質的には姉のミーティアが、を気にいってるってこと。
 それが恋愛上のものだって、やっとこ最近気付いたんだけど。
 いつもあたしが料理の手伝いとして、ジャガイモ剥きをしてるおばさんに言わせると、
「今頃気付いたのかい? はまだお子様だったんだねえ」
 だそうで。
 お子様ですか。
 とミーティアとは一歳しか違わないんだけど。

 もひとつあたしは知ってる。
 近衛兵(こちらは立場上兄っぽい)も、少なからずミーティアを気にいってること。
 これまたジャガイモ剥きを――のおばさんに言わせると、
「立場を越えた恋っていうのはいいもんよねぇ」
 ……まあ、こちらはよく分からない返答が返ってきたけど。

 そんなとミーティアにとって、あたしという人間がどういう風に映ってるか分かんないけど、少なくとも嫌われてはいないだろうと思う。
 あたしは2人とも大好きで、ずっと一緒にいられたらいいなとは思ってる。

 ミーティアには昔から決められた婚約者がいるそうな。
 彼女はそれに同意してるようなんだけど、相手の顔すら知らないってどうなんだろ?
 トロデ王(あたしは今まで一度たりとも『叔父さま』とか呼んだことない。言われないし)も、それに関しては深く追求してないみたいで。
 なにやら昔にあった事件らしきものから、ミーティアはその婚約者と結ばれることになったらしい。
 えーと、確かトロデーンと……なんだっけ。
 ああ、サザンビーク? の王子だっけ。
 とにかくそのサザンビーク城の人と、結婚する予定なのだそうだ。

 あたしはミーティアがを好きなのを知ってる訳だから、当然みたいに聞いたことがある。


「ねえミーティア。その婚約って取り消せないの?」
 ミーティアと一緒に、城の見張り場廊下(2階中段ぐらいにある、外の廊下)で外の空気に当たってる時に聞いてみた。
 彼女はいきなり言われて、なんの事か少しだけ考えたみたいだったけど、言われた事柄に思い当たると首を横に振った。
「取り消すなんて、できません。ミーティアが決めた事ですもの」
「それは確かにそうだけど。でも、おかしいじゃん……顔も知らない人なのに」
 教育係のルシルダに、王家ではよくある事です、と言われた事がある。
 でも、納得できない。
 ミーティアは小さく微笑んだ。
「でも、顔を知らなくても、結婚してそのかたを知っていくという方法もありますよ?」
「怖くないの?」
 この質問には、彼女はほんの一瞬詰まった。
「……怖くないとは言えません。ミーティアだって、本当に好きな人と、と思いますもの」
とか?」
「――はミーティアのお兄様のような人ですから」
 ほんのり頬が赤くなってるのを、あたしは知ってる。
 だから、考えて――言った。
「じゃあ、あたしがミーティアだって偽って結婚してみたり……って駄目かな」
「だ、駄目に決まってます」
「じゃあじゃあ、ミーティアの代わりにあたしを」
「……、そんなの駄目です。ミーティアはに幸せになって欲しいんです。王家の役目とか、そういうものでを縛りたくありません」
 すっぱりと言われてしまうと、あたしは次の言葉を出せなくなってしまった。
 あたしはミーティアに幸せになって欲しいのに。
 勿論にだって。
 どちらも口を開かなくなって静かになった。
 あたしたちの間を、少しだけ冷えた風が通っていく。
 ミーティアのドレスの裾がゆらりと揺れた。
 ちなみに、あたしはドレスなどという殊勝なものは身につけていない。
 動きにくいったらないから、教育係の文句を尻目に、私服の兵士みたいな格好してる。
 ……流石にスカートではあるけれど。
「ミーティア、があなたの事を好きだって言ったら、婚約破棄できる?」
「え?」
「ねえ、できる?」
 真剣に聞く。
 ミーティアはどうしたものかと、かなり答えに窮している様子だ。
 暫く考えた後――彼女は微笑んだ。
「きっと、無理です」
 この頑固者めー!
「なんで」
「いずれにせよ、がどなたに心を寄せるかで変わってしまいますもの。ミーティアが今『できる』と答えても、本当にできるか分からないでしょう?」
 むー、確かに。
 憶測の話じゃ意味ないか……。
 あたしが肩を落としていると、横にある出入り口から声が掛かった。
「ミーティア姫、トロデ王がお呼びです」
 だ。
 兵士の格好って重そう……と、どうでもいい事を考える。
 その間にミーティアは「分かりました」と言うと、あたしに手を振って室内へ入って行った。

 残ったあたしに、が話しかけてくる。
「面白い話してたね」
「うーわー、聞いてたの? 盗み聞きなんて悪趣味なんだー」
「うっ……出て行くタイミングを逃したんだよ……僕の話してる時に、流石に堂々と 出て行けないよ」
 ごもっともで。
 でも、聞いてたなら話が早い。
 隣で背中を縁に預けている彼に聞いてみる。
「じゃあ、ミーティアがの事どう思ってるかとか聞いた?」
「……いや、聞いてないよ。僕が聞いたのは、僕が姫に好きだって言ったら――ぐらいから」
「まあいっか。んと……はミーティアの事好きだって、言える?」
 彼は頷いた――が。
「でも、が期待してるようなのとは違うかと思うんだけどな」
「えっと、お付き合いするしない、だったら、できない、って事?」
「そうなるかな」
「なんでっ」
 ぐい、と顔を寄せて問う。
 はちょっと腰を引いて、あたしとの顔の距離を取った。
 ……嫌なら嫌って言えばいいのになぁ。
「か、顔近づけ過ぎ……。はもう少し僕を……まあいいや。ミーティア姫はトロデーンの姫様で、僕は近衛兵。立場が違うだろう? それに、僕よりいい人が絶対にいるはずだよ」
 確信たっぷりに言う
 そうかなぁ。
 立場が違うっていうのは……まあ大変なんだろうけど。
 あたしが男だったら関係なく突っ込んでいきそうだ。
「あたしも一応姫様なんだけどなぁ……好きな人作るのに苦労するのかなぁ」
 首を捻るあたしに、がため息をついた。
 なんでため息つかれなきゃいけないのさー。





 そんな事があったりして、でも、とりあえず今のところミーティアは結婚してない。
 もし、3人バラバラになったらなんて想像するのも嫌だ。
「……あたしってワガママなのかなぁ」
 現状維持をずーっとずーっと続けたいと思う気持ちに、一片の曇りもないけれど。
 他2人にとっては迷惑なのかも。
 それこそ、考えたって答えは出ない代物だが。
「……とりあえず。やる事はやろ……」
 言い、あたしは『シヴィラの本』を持って、封印の間――強大な結界の張られた、杖のある場所――に足を踏み入れた。

「毎日強化呪文って、結構きっついなー」

 あたしの文句など、神様は聞いてやしないだろう。




割と珍しく1人称…のつもり。じゃあいっつも書いてるのは何だと言われれば、
…3人称のつもり。(結局つもりで終わるという)。
こんな事がありましたよーな話。
2005・6・6
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