ぶら下がり注意




 部屋の外に影が走った気がした。
 なんの気もなしには自室の窓を開いて、これまたなんの気もなしに視線を左に向けた。
「…………こんちわー」
 挨拶をする。
 視線の先にいた人はちょっとびっくりしながら
「……ど、どうも」
 返事を返してくれた。


 は兵士の訓練を終え、ミーティアに誘われて彼女と一緒に庭を散歩しているところだった。
 いつもならここにが入るのだが、今日は2人だけ。
 ミーティアが散歩を誘いに部屋へ行ったのだが、はいなかったのだ。
「……2人で庭を散歩するなんて、久しぶりですね」
 ミーティアが言う。
 は頷いた。
 しかしミーティアはこっそりとだけれど、この状況を幸せに思っていた。
 がいないのは勿論寂しいけれど、と2人でいられる事は、彼女にとってはとても幸せな事だったから。
 大事な従姉妹。
 でも、ミーティアが思うようにを思っているとしたら。
 そう考えると、少しだけ胸がちくんとする。
(ずるい考えをしてはだめよミーティア)
 小さく息を吐き、ふと立ち止まる。……声を掛けられた気がしたからだ。
 同じようにも立ち止まっていた。
 2人で顔を見合わせ、きょろきょろと周りを見回す。
 しかし、誰かが声をかけてきたような気配はない。
「……今、誰か僕らの事、呼んだよ……ね」
 が問う。
 ミーティアはしっかりと頷いた。
 耳を澄ますと、やはり聞こえる声。
 それは間違いなくのもの。
 だが、周囲に気配はない。
(まさか)
 恐る恐るミーティアとが視線を上に――正確には城上部の壁に――向けた。
 求める姿を見つけ、ミーティアは手を口元へやり、は硬直した。
 城の高い位置にある見張り廊下の下辺りにある壁に、綱がぶら下がっている。
 そして、その綱に捕まってもぶら下がっていた。
 硬直していたが動きだし、叫ぶ。
! い、一体なにを――!!」
 彼女はいたって普通に言う。
「壁修理を手伝ってるんだよー!」

 なんでそんな事に。

 ミーティアの心境をそのまま反映したように、は声を上げる。
「やめろって! 王に知れたら――」
「そ、そうですわ! 職人さんが怒られて迷惑します!!」
 追随するように言うミーティア。
 は「えー」と不満気ながら、渋々と壁修理職人さんの手を借りて、窓から部屋へと戻っていった。
ったら、一体なにをしているんでしょう。ミーティアの命が縮んでしまいます……」
「僕も同感」
 いい雰囲気だったミーティアとの2人だけの散歩は、見事にぶち壊される結果となった。


 その後、に事情を聞いたところ。
「あのね、部屋の窓開けたら丁度あたしの部屋の横を外壁修理工事の人が作業してて。なんか面白そうだから、お願いして――」
「やってみた、と」
 ががっくりしながら言う。
 ミーティアは小さく息を吐いた。
 2人の様子には肩をすくめる。
「ご、ごめん。迷惑かけるつもりなかったんだよ? 修理の人も了解してくれたし」
 ――の押しが強くて、断りきれなかったという面は伏せておく。
「ミーティアは心臓がとまるかと思いました。……もう、やめてくださいね」
「は、はい……」
 いつになく厳しいミーティアの言葉。
 は素直に頷いた。



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旅を始める前のお話、結構好きなのです。…さっさと本編に入れ感もありますが(笑)
書きたいトコだけ書くをモットーに、なのであちこちブツブツ切れると思うのです。
……文章の調子が悪かった気がする、この回は。
2005・5・31
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