近衛兵訓練所 石の敷き詰められた広間。 その壁際には、いくつもの剣や槍――その他多くの武具が手入れされ、置かれている。 とはいってもそれらの得物は単なる訓練用の代物。 きちんと油をのせて手入れされているのは、兵士詰め所だったり、兵士たちの部屋だったりする。 窓は天窓のみで、訓練する時だけ開かれている。 ――近衛兵の訓練所。 兵士達が得物をぶつけ合うその場所にそぐわない少女が1人、広間の外れのほうで、一点に意識を集中させていた。 左手には弓。右手には矢。 彼女は弓を構え、矢を的に絞る。 弓を引き絞る音は、周りの剣撃の音に掻き消された。 呼吸を整え、左手の人差し指で微妙に位置を調節し――放つ。 空気を割いて的に的中する。 彼女は弓を下ろした。 「くはー……バッチリだと思ったのになぁ」 「弓が苦手な僕としては、それでも凄いと思うんだけどなあ」 後ろにいた少年――が声をかける。 かけられた側の少女は、彼のほうを見ないまま、左手の指の位置と的を確認しつつ返事をする。 「あたしはど真ん中を狙ったのに、ほら、ちょっとズレてる。あんなんじゃ全然ダメなの。凄くもなんともないよ」 大きく息を吐き、を見やる。 彼は片手に長剣を2本持っていた。 なんとなく、この先に言われることが分かってしまったは嘆息する。 「ー、あたし剣は苦手なんだってばー」 文句っぽく言うに、彼は小さく笑った。 「少しは練習しなくちゃ駄目だよ。遠距離武器ばかりだとバランス悪いし」 「それはそうなんだけど」 「練習しないと上達もしないよ」 「それもそうなんだけどっ」 結局、いつも最終的に言いくるめられてしまう。 今日もやっぱりあれこれ言いくるめられて、剣のお相手をする羽目に。 が剣を片手に一礼する。 もそれにならって一礼した。 ――構え、動く。 がきん、と音がして2人の剣がかちあった。 長く組み合うことはせず、は後ろに数歩下がる。 それを追うように地を蹴る。 「わ、わっ!」 繰り出された刃をなんとか避け、は剣の重みを利用して大きくスウィングした。 それは難なく避けられてしまう。 大振りな攻撃というのは、とっても見破られ易いものなのだ。 スウィング攻撃のおかげで激しく隙ができる。 は下から上に、の持つ剣を弾き飛ばした。 「――!」 力を入れる暇すらなく、柄が彼女の手から離れ、剣はがらんと音を立てて後ろの床に叩きつけられた。 「終了」 にっこり笑って言う。 は思わずその爽やかさを憎らしいと思ってしまったりする。 訓練後の一服、というつもりで兵士詰め所にやって来たとは、各自好きなお茶を淹れると適当に空いている席に着いた。 同じようにここを使っている兵士の1人が彼女に声をかける。 「、またにやられたのか?」 「ま、ね。しょうがないじゃんか……苦手なんだもんさ、剣って」 むくれる彼女。 兵士は豪快に笑う。 「そりゃな、筋力の問題もあるだろうしなぁ……。それよりあんまり生傷作るなよ? 王にお叱り受けるからな」 それだけ言うと、兵士は「俺もちょっくら訓練してくらー」と立ち去った。 他にも兵士はいるが、にかまけるより自分たちの話で手一杯のようだ。 が苦笑いする。 「それにしても、凄い打ち解けたよなぁ」 「なにが」 「覚えてない? 最初が訓練所に来るようになった時――」 「あーあー、覚えてる覚えてる」 が訓練所に通い始めた当初、既に王宮内にはが『姫』だと、おおよそ伝わっている状態であった。 ミーティア姫のような可憐さを想像していた兵士達は、いきなり訓練所に現れた新しい姫君に驚き、次いで口々に「こんなむさくるしい所云々」と言って、別の部屋へと移動してもらおうとした。 しかし彼女はすっぱりと、 「本業が姫じゃないから、姫様とか呼ばれたくないし、名前でいい」 などと言い放ち、ついでに 「あたし、今日からここで訓練するからねー」 と爽やかに宣言した。 兵士詰め所でお茶を飲む時も、兵士たちを恐縮させてしまったりと色々あったものだが、本来の元気すぎる性格で、次々と兵士たちを友達にしていってしまった。 王にの行動をどうぞ止めてくださいと進言した兵士もいるようだったが、はトロデに「もう少し姫らしく」と言われても完全黙殺状態で。 しまいにはトロデも、元気があっていい、ぐらいに思うようになっているようだった。 「だってあたし、お姫様ーっていうガラじゃないんだもん。ミーティアと比べると歴然としてるというか……太刀打ちしようと思うほうが無理というか」 は自分が姫と呼ばれるような性格構成ではないと思っている。 粛々としていられる自信など全くないし、優雅さも持ち合わせていない。 黒茶色の髪をいじくりながら息を吐く。 肩まである長さは、訓練中の間は後ろでくくられている。 「残念ながらお姫様家業には全く向いてないんだなぁ……。おしとやかになりたいとは、思ってはいるけど」 「おしとやかな? ……想像つかないな」 に笑われ、は小さく膨れた。 「別にいいもん。ええそーですとも。あたしは全然おしとやかじゃないもんね。男の人は、おしとやかで清楚でミーティアみたいな美人さんが好きなんだもんねー」 でも、との声が挟まる。 きょとんとしては彼の顔を見た。 「でも僕は、からたくさん元気貰ってるから。おしとやかじゃなくてもいいかな」 毒気の全くない笑顔で言われ、思わずの顔も緩んだ。 「えへへー、がそう言うならいいや。それにミーティアも元気な方がいいって言うしね」 「まあ、それでも姫としての振舞い方は必要になってくるかも知れないけどね」 不吉な予言のような言葉を残し、はぐびっとお茶を飲み干した。 むむー。甘さの欠片もないですね…旅前ってこんな感じです…。 2005・5・26 back |